第十三章 死-2
「ねぇパパ」
暗い夜。手元で灯したランタンの火が揺れている。その火と同じような小さな声でリーシャは横たわっているリドムに声をかけた。
「うん……?」
弱弱しい声。単に眠い声にも聞こえる。
「パパは……旅の目的、達成できた?」
リーシャはリドムの手を握って、ベッドに寄り添いながらそう訊いた。
「さぁどうかな……俺はまだ……旅の……途中だから……」
その言葉がリーシャにはなんとなく嬉しかった。前に聞いた「もう終わる」という言葉を振り切って、リドムが生きる気力を持っているような気がして。
「リーシャ、君はどうだ? 今の生活は満足か?」
今度は逆に、リドムが尋ねる。優しくてはっきりとした声だ。いつもより生きる事に前向きな声音だったろう。どうしてリーシャが医者から安楽死させるための薬を貰った日に、そのような声を出すのだろうか。
「私は……幸せだよ。今、とっても。でも、パパの夢を叶えてあげたかったな」
リドムはこう思わざるを得ない。リーシャはギリアムと幸せになるべきなのだ。でもそれを阻害しているのが、何もできない自分。
いつ気絶するように眠るかもわからない疲れ切った自分……。リーシャですら今『叶えてあげたかった』と言った。つまりもう叶わないということなのだろう、リドムは覚悟を決めなければならない。
窓の外の木が風に揺れている。ザワザワと音を立てる木の葉たち。
「お薬持ってくるから、待っててね」
「あぁ」
キッチンへ向かったリーシャの足取りがいつもより重い。それが何故だか直感の鋭いリドムには察しがついている。
医者から帰ってきたリーシャが思い詰めていたことと、隠すように持っていた薬の袋も見ている。リーシャの仕掛けてきた会話の意味もなんとなく気付くところがある。
リーシャはきっとリドムのために安楽死の薬を用意しているのだ。リドムがリーシャを背後から見ていると、いつもならスッと取り出す薬を、今日は震える手で時間をかけて取り出しているのが見えた。それをトレーに、水と一緒に持ってきた。
「パパ、お薬だよ」
「ん……」
リドムはカップを持ち、思い出を走馬燈のように巡らせる。そして決意する。何が起こるかわかっていても、この子をここに縛り付けて置くわけにはいかない。それこそが自分の生きてきた意味だったのだ。
自由を求める。それはすなわち人間として人間らしく生きる事。
奴隷としての生を歩んできた小さな少女を見守り、その彼女を人間にした。自由にしたのだ。
リドムの求めた『自由』を体現するのが彼女。彼が育てた少女の通った道こそ人が自由であるという事の象徴である。
でもまだ完全な自由ではない。自分がいる限り、この子はこの家から……自分から離れられない。
そしてその少女に、最後の一押しをするのが彼の役目だった。自分から解放するために。彼女を真の自由にするために!
だからリドムはその薬を呑む。手に持った薬をそのカップに入った水で一気に押し込むのだ。
押し込むのだ。
「飲むかよ……」
押し込むのだ。押し込むのだ。押し込むのだ。押し込むのだ。押し込むのだ押し込むのだ押し込むのだ押し込むのだ何故飲まない
「聞こえているんだよ、解説は、まだ! ずっと!!」
リドムは薬を放り捨て、リーシャの持っていたトレーを払い落すと
何故だ。
リーシャのお腹に何故だ何故だ隠し持っていた何故だ何故だ何故だナイフを突き刺した何故だ何故だ何故だ!!!!
「かはっ、あ……え……?」
リーシャのお腹から血が……何故だ何故だ何故だ!なぜだ!!!服が赤く染まっていく!
「最初から消えてない!! ずっと聞こえていたんだよ!! 演技だ!! わかるか解説!! お前の言っていた妄想男を演じてやった!!! 最初から最後まで!!! 自分で頭を殴ったくらいで消えてりゃあ苦労はない!! 何が超発達した第六感だ! すべての解説は聞こえていたんだよ!! くそったれがあああああああああ!! げっほ! ゲホゲホ! かはっ」
喀血するリドム????死ぬのはお前だ??????意味が分からない???????????????なぜリーシャが血を流す???????????????????????




