第十二章 再開と愛の始まり-2
帰ってきた家の玄関前で、リーシャは小声でギリアムに「待っていてくださいね」と言って入っていく。その間にギリアムはリーシャの家の様子を心の中のアルバムに隅から隅まで画を残そうとしている。
ここは街からは少し遠く、喧騒も聞こえてこない、穏やかな場所だ。
「パパ、お客さんを連れて来たよ。誰だと思う?」
リーシャが弾むようにリドムにそう言った。最近はいつも明るいものだが、ここまで嬉しそうなのはいつぶりだったか……リドムは思い返すのと一緒に質問の返事をした。
「ん? 珍しいな。うーん、ギリアムくんとか?」
ピタ、とリドムは一度目で言い当てた。
「わぁっ、すごい、当てられちゃった」
だがリーシャにはその程度の驚きだ。解説とやらの妄想が消えた後のリドムは時たま信じられない洞察力や直感を見せるので、リーシャもあまり驚かなくなっているのだろう。
それにギリアムが今どんな事をしているかを知っていれば彼が街を転々としている事も知っているし、自然とこの回答に行きつくことはおかしくない。
もちろんリドムはそれを知っていて答えている。
「ほんとか? おぉ、やっぱすごいな俺の第六感」
だがリドムは毎回自分の勘の強さに驚いているようだ。まぁ彼にはもともとその力があったわけで、それを使いこなしたからこそ今こうやって暮らせているわけだが。
こうしてサプライズを一つ封じられてしまったが、特に残念がる様子も無くリーシャはギリアムを家に招いた。
「おぉ、本当にギリアムくんだ。久しぶりだね」
リドムが入ってきたハンサムな青年を見てその成長を祝うように迎えると、ギリアムもリドムに同様に挨拶をしようと彼と目を合わせる。
「リドムさんっ、……あ、お久しぶりです……」
だがギリアムは戸惑いに一瞬声を詰まらせた。
彼はもっと喜ぶはずだったのだ。リドムの様子を見るまでは。リドムは背を持ち上げたようなベッドに座り、髪の毛先以外を白く染めていた。まだ白髪になるような年では決してないにも拘わらずだ。
それ以外は元気そうでいるのだが、詰まれた本と窓に映しだされる湖畔と林の綺麗なバックグラウンドがただ「衰弱した世捨て人」というイメージを与えていた。
「驚いたか。すまんな、実は闘病中でさ、別に辛くはないんだよ、薬の副作用で髪の色が抜けるだけで、元気なんだぞ」
事実、リドムは狩りにも出られるほど五体の感覚は十分繋がっている。少し疲れやすくはなったが、見た目よりもずっと元気ではある。
「あぁ、すいません……あれからもうだいぶ経ちますから、イメージがあの頃のままで……」
リーシャが抜け出した次の日のレーディン家はかなり騒いだ。どこにもいないリーシャ、街の人が外へ出て行ったところを見ており、クロスはリドムの言っていた「シナリオ」を思い出したのだが、数日後にリドムから手紙が届いた。
そこには解説が聞えなくなって状況が一変したらしいことが書かれていた。それはギリアムには伝えられていない。
ただリドムもリーシャも無事で、二人ともどこかを旅しているという事だけが伝えられていた。クロスは数か月の間、自身の人生の寧日に『作られた』ような感覚に陥ったが、旅を続けるリドムに返事もかけず、彼に尋ねるはずだった疑問を元にやがて本を書き始めたようだ。
「はは、わかるけどな。だったらリーシャの変化には驚いただろう、俺も驚くくらい綺麗になった」
別に死ぬわけではないのだからと、状況を重く捉えられたくないリドムはわかりやすく笑って見せ、それから明るい話題にすり替えるようにリーシャの事を話す。
なんせリーシャの変化は当時と今を知る人間からすれば『明るい話題』の存在そのものと言えるだろう。
「えへへ……」
素直に照れて嬉しさを表現するリーシャ。ギリアムも照れながらうなずいている。その様子にリドムはくく、と小さく笑う。それから思い出したようにギリアムに話題を振った。
「って言ったら君もか。ギリアムくん、頑張っているのは新聞で見てるよ」
やるな。とリドムは自分まで嬉しいような口調で言う。ギリアムは照れくさそうなままだったが、それでもそのことについては少し真剣な面持ちを浮かべた。リドムはある意味当事者の一人でもあったからだろう。
「あぁ、はい、いえ……リドムさんのおかげでもありますから……」
そのやり取りに、リーシャは瞳の奥に綺麗な光を浮かべる。
ギリアムは今活動家になっていた。貴族出身で社会への反逆者。とはいえ政権転覆を狙う過激なテロリストではなく、彼は奴隷の解放を訴えたのだ。
つまり敵は勘違いされた社会の常識。始めは誰にも相手にされず、他の貴族からは露骨ないじめにもあった。だが彼は全くめげなかった。自分がセリーヌとリーシャを打とうとした時の心の痛みに比べれば何も痛くない。
彼が怖かったのは「誰かに愛されることが出来る人、誰かを愛すことの出来る人」が、今も奴隷として凄惨な目にあっているかもしれないということの方だ。
彼は奴隷が人間であり、愛も希望も持てる存在であると演説を重ね、少しずつ民衆の心を動かしていった。
始めは取り上げなかった新聞社だったが、小さな新聞社にいた同様の考えを持つ記者が記事に起こすと少しずつギリアムの声は広がっていく。
今では各地に支部を持つほどに成長しており、元奴隷の避難所をも築き上げている。一部の貴族学校では奴隷の扱いに対しての授業内容に新聞の話を知った生徒から疑問の声も上がることも少なくないようで、世界は緩やかに変化を始めていた。
「本当に英雄になっていると思う。立派だよ。元気そうだし充実してるんだな。あと他のみんなは元気か?」
リドムはギリアムと昔した会話を思い出しながら言った。
「あ、はい。セリーヌは父上が紹介した騎士の小隊長と結婚して幸せに過ごしています。父上も相変わらずですね。民事に足を突っ込んだり、そうそう、何冊か物語を出版したりして……老いなんて気にせずいろんなことをしていますね」
楽しそうに語るギリアムの言葉を、二人は嬉しそうに聞いた。それから他愛の無い話に花を咲かせると、晩御飯をつくるから食べて行ってほしいとリーシャが提案したときに時計を確認したギリアムが焦って飛びのいた。
「す、すいません、今日は活動の打ち合わせがあって……明日の朝にはもうここを発つんです。もっと話していたいけど……」
ギリアムは申し訳なさにもう一度「すいません」を重ねる。せっかくリーシャが誘ってくれたことを断らねばならないというのも心底残念そうにしているが、私情はすぐに押し込める。
彼は今救うべき人たちがいるのだ。ギリアムはその自覚もあったし、気を強く持って席から離れた。
「そうなんですね……でもギリアムさん、また来てくれたら私、おもてなししますから」
リドムやリーシャはギリアムの気持ちをわかって彼を引き留めることはしなかった。でもせめてと、リーシャはニコと微笑んで次の機会を提案する。
「わぁ……っ」
リーシャの気遣いにぽやっと顔を染めたギリアムだが、今は「ありがとうございます」とだけ返し、頭を切り替えるように振って玄関へ向かっていく。
「ギリアムくん、また来ると良い。もう酒も飲めるんだろう? 今度一緒に飲もう」
「あぁ~ずるいよパパ、私も一緒に飲んでみたい。……病気が良くなってからだけど」
リーシャはここ最近お酒を禁止していた。定住してからはたまに飲んでいたのだが、リーシャとリドムだけで飲むことは無いまま病気になってしまったのだ。
「そうだな。みんなで飲める日が来たら楽しそうだ」
「あはは……そうですね、僕はあまり飲めませんが、お二人とだったら付き合いますよ。今度は良いワインを持ってきます」
ギリアムが病気が良くなりますようにというエールを送り、リドムも爽やかに答える。
「待ってるよ。それじゃリーシャ、近くまで送ってあげな。俺は下ごしらえでもしとくから」
玄関まで一緒に歩いた三人、リドムはリーシャに上着を取ってあげながら彼女の背中を押した。
「うんパパ。それじゃあそこまでいきましょう」
リーシャの気持ちの良い笑顔は尽きることがない。
「あ、はい! ありがとうございます!」
そわそわとしながらリーシャと出ていくギリアムを、リドムはどこか悄然とした表情で見送っているの事は誰にも気づかれることはなかった。




