第九章・第十章・第十一章 / 第十二章 再開と愛の始まり-1
(まるで読まれたくないかのように途中のページがごっそりとちぎれている)
「それじゃあパパ、行ってくるね」
「あぁ、いってらっしゃ……ケホ」
ひらひらと手を振ったリーシャが向かうのは行きつけの商店街。二人の食卓を彩るための食材の買出しだ。二人が出会ってからちょうど八年の記念日となる今日は、リーシャも腕に縒りをかけてご馳走を振舞おうと決めていた。
と言ってもレシピの中にはご馳走にはなりにくいであろうサンドイッチも含まれている。思い出のサンドイッチは大人になったリーシャにも大好物だったし、記念の日には毎年食べることに決めていたのだ。
ルンルンと足取り軽く歩くリーシャ。美しく成長し、ほとんどの傷跡が治ったり薄くなった彼女が歩けば数名の男が横目に見たり振り返ったりする。
商店街でもすぐに顔を覚えられたし、謙虚なふるまいは話した人から自然と好かれる魅力を持って成長したこともあり、リドムは感慨を持って今日を迎えた事だろう。
「リーシャちゃん、今日はいっぱい買うね、何かいいことがあったのかい?」
商店ではリーシャのいつもの購入量まで覚えられているようだ。
「えっと、記念日なんです、パパと旅を始めた日で……だからありがとうって、ごちそうをつくるんです」
気付かれたリーシャがほんのり頬を染めながら嬉しそうにそう言うと、店員もなんだか嬉しそうに対応する。
「ほぉーそうかいそうかい。リーシャちゃんの料理だったらリドムさんも喜ぶねぇ。よし、じゃあ店からも少し出そうか、ほら持っていきな」
「わぁっ、ありがとう。パパも喜びますっ」
……なんて店員のサービス、リーシャは記念日がなかろうとも週に一回は受けている。
それに丁寧にお礼を言ってにっこり帰っていくリーシャを見るだけでサービスした甲斐があったと店員も幸せな気持ちを持ったりして、それは本当に誰にとっても幸せな日々である。
そこを離れようとしたとき、店員との会話を偶然耳にした若者が一人、何かを考えながらリーシャの背中を見つめ、逡巡するように間を置いた後でリーシャを追いかけて声をかけた。
「り、リーシャさん?」
どこかで聞いたような覚えがある男の声にリーシャは「はい?」と振り返る。男はわたわたとしながら身振り手振りを交えながら自己紹介をしようとしているが、それはまるで有名人にでも話しかけたように興奮していた。
「あぁっ……あっは! やっぱりリーシャさんだ! こんなところで……っ! 僕、僕を覚えてますか?! レーディンの……」
目を丸くしながら話を聞くリーシャ、彼の言葉の最後に出た聞き覚えのある名前にやっと線が繋がったらしい。
「ぎ、ギリアムさんっ?」
「はい!」
そうして二人とも嬉しそうな表情を作った。ギリアムは二倍三倍で嬉しそうだと言えるだろう、久しぶりに見たリーシャの表情が氷のようだった昔と比べて柔らかく輝いていたから、そんな表情を見てしまっては昔の恋心もすぐに燃え上がって、顔を少し赤らめた。
「き、綺麗になられました、本当に。この街に居たのですね……っ」
「はいっ、パパと一緒に、治安の良いここに定住しようってことで、もう五年も住んでるんですよ」
にっこりと語るリーシャ。リドムも一緒にいる事がギリアムに伝わったが、そこに懸念が一つ生まれた。
「定住……旅はもうされていないのですね。それじゃあもしかして、二人はご結婚されていたりして……」
その質問にリーシャはまた深みのある微笑みで首を横に振った。
「パパはパパですから……いい人探せって言ってくれてます。でも私はパパと静かに暮らすのでもいいかなって……」
ギリアムは内心でほっとしていた。ギリアムもあれから数人の女性と付き合ったが心のどこかで美化したリーシャを忘れていなかったのだ。
その美化された姿を今のリーシャは上回っていて、ギリアムの心臓はバクバク鳴りっぱなしだ。
「そ、そうなのですね……っ」
「パパと会っていきませんか? 久しぶりだし、きっと喜ぶと思いますよ」
「え! あ、でも、少し恥ずかしいな……解説に……えっと、あはは」
誤魔化し笑いでリドムとの距離を取りたがるギリアム。リーシャが好きでずっと忘れられなかったことを言い当てられたらどうしよう、なんて心配をしている。
「解説ですか? 実はずっと昔に消えちゃったんです。解説があった事も今となっては半信半疑で。でもパパはパパですから」
「解説が消え……そ、そうなのですか。じゃあ、時間もありますし、お邪魔させていただこうかな……あ、荷物持ちます」
こうして二人で帰路につく。リーシャは何の気兼ねも無くギリアムの真横にぴったりくっついて、何もかもを警戒していた昔とは全く違う人間になっていたと言えるだろう。
表情も昔に比べて柔らかく多様に変化が見えて、これで好きにならない男がいるかとギリアムは頭の中にあふれる幸せな気持ちが外に出て行かないように抑えるので必死だ。




