没章 (第六章後編)
「(何の音だろう、誰かが外に出たのか)」
「(……行ってみよう)」
「リドムさん」
「ギリアム君か」
「……」
「(雨でしけった風が涼しい)」
「あの、リドムさん、あなたは何故リーシャさんを助けようと思ったんです? 最初、犯罪者の穴倉の中で」
「ん? んー。なんでだっかな。ただ……俺は縛られるのが好きじゃないから、お節介しただけかもな、この子も自由になりたいだろうって」
「自由か……ちょうどそれを少し考えてました。僕は貴族です。没落しているとはいえ、まだこの家には父上のおかげで権力が多少は残っている。父の顔を利かせれば騎士団に有利に入団出来るでしょう」
「おいおい」
「いえ、もちろんしませんよ。でも僕は実際出来るんです、不当な手段も正当な手段も。他の事もたくさんできる。騎士をやめて別の事をしても良い。でも奴隷はどうでしょう、今どこかの家で囚われている彼らに何が出来るんだろう。
彼らの自由、つまり選択出来る事は単純に死か、生き残るための服従しかないのでは。そりゃあ抵抗も出来ましょうが、それは死に近くなる選択でしょう。それで死なないとしてもきっと生きる道は困難になる。それと比べれば、僕は自由です。選択の幅は広がっている」
「うん」
「と、思っていました。……でも先ほどの件で少し、その考えが綻びました。奴隷という存在は人間の縮尺だと、そう思ったんです。僕は間違いなく、ある意味での『奴隷』になりかけていた。『人間』に飼われるような」
「ん……」
「僕が奴隷を対等に扱うのは何故かと聞いた時、あなたは自分の自由のためと言いましたよね。……それがなんとなくわかりました。きっとあなたは『奴隷』の視点から『人間』を見ているんじゃないかって……いや、『人間の中の奴隷』というべきなのかな、まだうまく言葉に出来ませんけど」
「……そうかもな。解説も怖気づいたのか、止まってるよ」
「止まってる?」
「あぁ。君と話す少し前から一切解説されてない。……」
「そうなのですか。何故だろう。……でもリドムさん、『奴隷』は、自由になれるのでしょうか」
「俺はなれると思ってるから旅に出たんだ。いきたいと思った道を歩けたら、それは自由だと思ったから」
「出来そうですか?」
「少し前までは出来てると思ってた。でも正直、今はわからない。そうなりそうな気はしてる。きっと俺は自由でいられるって、今日の君を見て思った。だからまだ試してみる。……あの解説さえなければ、きっともっと単純に考えられた」
「今解説されていないのは気になりますね」
「……(本当の敵は解説なんじゃないか)」
「父上から聞きました。あなたはシナリオから抜け出せないのではないかと。さっきの事すらシナリオの中の事件の一つに過ぎないのではないか……」
「俺も思ったよ。きっとリーシャを連れ出して二人で逃げなきゃならないんだなって。でも君は二人を守った……」
「リーシャさんと離れるために、彼女をここに置いていくつもりなのですよね」
「そうだよ。みんなにはすまないとは思うけど、リーシャと一緒に居たら俺は死ぬみたいだから……でも、彼女を奴隷に戻すつもりもなかった。だから今のこの状況は、はっきり言って驚いてる、リーシャと離れる事が出来る展開……いや、展開なんて言いたくないな。お膳立てされているみたいで……とにかく、丸く収まるような流れが出来ていると思う」
「僕がこういう行動を取れたのはセリーヌのおかげかもしれません……彼女にはたくさんの優しさを貰ったから……」
「安心する。まだしばらくここにいるけど、出ていく時に土産を置いていくから、彼女にもいくつか渡しておいてほしい」
「わかりました。……あぁ見てください、綺麗な夜空だ」
「そうだな」
「(……気持ちよく眠れそうな気がする)」
「リドムさん」
「ん?」
「さっき言った『人間』と戦う事……僕は考えてみようと思います。『人間』を変えるのは人間しかいない。父上だってきっと考えたことがあるはずだ。あぁっ、父上が他の上流方に嫌われている理由もひょっとしたら……」
「したい事をやればいい。じゃあ……時が来たらリーシャを頼むよ」
「はい。もう泣かせません」
「おやすみ」
「おやすみなさい」




