第六章 絆という力-3
「彼とその娘君は吾輩の客である。すまんが巡査、彼らのことを預からせてくれないか」
「え、はっ、レーディン卿っ?! お客様でしたか、これは失礼致しました」
保安部の巡査は恐縮しながら敬礼をして一歩下がると、リドムにも礼をして捜査に戻っていった。
この出来事は爵位ある元上級騎士の横暴さを表したものではない。クロス・レーディンという男が恐れられているわけでもなく、この出来事は単純に彼の人柄に起因する。
クロスはこれまで数多くの人物を器用に救ってきた。だから下に立つものからの信頼は厚く、そのクロスの客だと言われれば悪人ではないと、この保安部の騎士は引き下がった。
ただその人望を疎ましく思うものは少なくないために様々な策略にかけられて失脚、没落している。足のケガすら本当に敵に撃たれたものなのかわからないと来ている。ともかく、リドムはそんな彼に窮地を助けられた。
しかし何故クロスがここにいるのか。理由としては昨日のリドムの手紙のせいである。突然リーシャを頼むと書かれた手紙に驚いて住所に来てみればこの事件に出くわした。
そして顔パスで状況の調査に参加したところ、その剣筋を辿る使い手は十中八九リドムであろうと踏み、彼を待っていたのだ。
「手紙の事も含めて説明します。ひとまずうちへ」
クロスが聞きたい事を先読みしたかのようにリドムがそう言うと、クロスも一瞬で状況を呑みこんだように頷く。それから部屋で二人になったリドムに、強い表情で問い詰めた。
「それでリドム殿、どういう事なのですかな、あの手紙と下の死体は」
「離れられなかったんです……リーシャから……いや、シナリオから」
「ふむ?」
「あれから何冊か本を読んで……それで確信したことが一つあるんです。俺は今シナリオの中に生きている。多分、傍らにはリーシャが居続けるシナリオの中にいる。十中八九、リーシャが幸せになるというストーリーです。シナリオの始まりが……声が聞こえ始めたのがそこだった」
「……いわゆるヒロインということですかな?」
唐突にまたリドムの妄想話が始まるのだが、クロスは律儀に取り合ってそう聞き返すとリドムは頷いて続ける。
「俺は俺の人生を生きたい。自由に生きるのが俺の人生の夢なんだ。気ままに旅して、心に落ちてきた何かと一緒に満足して死ぬ……何かの歯車に組み込まれたまま一生を終えたくないからこうして旅に出たのに、俺は何かのシナリオの一部に組み込まれている。行きがけで奴隷を助けただけだ、たまたま。『それなのに』なのか、『それすらも』なのかはわからないけど。その結果が昨日の夜で」
「昨日。それがあの死体の話になるんですな」
「えぇ。身勝手ではありましたけど、レーディン家にあの手紙を出した後で街を出た。自分の旅を続けるために。元々その予定だったんです。クリマイアを目指す旅に……でも、最近あまり聞こえなかった解説がどんどん増えて、街に出ようとしたときは特にひどかった。リーシャにピンチが迫っていると事細かに説明してきて……怖くなって戻ったらあいつがいた」
「下の男ですか。彼は一体?」
「あいつは強姦殺人を繰り返した男らしいと、解説は言っていたんです。俺が戻らなければリーシャにさんざん酷い事をして、それから絶望に落とした末に殺すと。だから戻らざるを得なかった。そして奴を殺した……殺さなければこれからもリーシャ以外にまで被害者が出ると解説は言っていて……俺は初めて、他人の言葉……なのかはわからないけど、そんなもので人を殺してしまった……生きていてもしょうがない奴だったかもしれないけど、すごく気持ちが悪い……」
リドムは自分の勘や妄想で出た考えを本気で信じ込み、そして本気で気分を悪くしていた。それに同情するように見ているクロスもクロスだ、本来ならば人の嘘を見抜ける大人であるはずなのに。
「……下の遺体は身元不明でしたが……本当に解説はそんな男だと言っていたんですかな? 保安部の人間すらまだ正体がわかっていないというのに、ですか?」
「間違いありません。解説は間違っていたことが無いから。俺の妄想だったらいい。どこかで妄想だとわかれば、聞こえたって無視すればいいだけだ。でも本当に危なかった。俺が無視していればリーシャは今頃心を砕かれていたかもしれない」
妄想を垂れ流すリドムだが、やはり勘は鋭いと言えるだろう。今まさに捜査は進展を見せ、これまで強姦殺人事件で得られた犯人の特徴と一致する部分を保安部が見つけ始めていたのだ。
じきに謎の死体の正体が極悪な犯人であると判明するだろう。
「多分、そろそろあの死体が誰なのか保安部が気付く。解説が言っています」
「ふぅむ……」
「きっと俺の運命はもう決まっているんだ……最初に言われたことが正しいなら、俺はリーシャに関わって死ぬ。どう死ぬのかはわからないけど、このままリーシャと一緒にいれば死ぬ……っくそ、どうすればいいんだ……」
疲れた様子のリドムを見たクロスがこんな提案をする。




