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第六章 絆という力-1


「さて。これでまた二人か」


 レーディン家に世話になりながらリーシャの独り立ちの足掛かりになりそうな部屋を探し終わり、レーディン家にしこたまお礼を言ってそこを出た。


 ギリアムはさぞ残念そうにしていたが、リーシャは同じ町に住むだろうという事を伝えるとすごく安堵していた。


 そうしてリーシャ名義の新たな住処に腰を下ろしながらリドムは続ける。


「まぁほんの数日ぶりだし、そもそも二人で過ごした時間なんて大したことないか。とにかく、ここがリーシャの新しい家だ。後は仕事を見つけて暮らしていけるようにって感じになったら、俺は旅に戻るよ」


 そもそもリーシャを連れて歩くことを考えてはいなかったのだ。


 ここでリーシャが人間として独り立ちできるようになったころを見計らって勝手に出ていくつもりで穴倉からこの街に連れてきているのだから。


「……パパは、ここに、住まないん、ですか……?」


「言ったろ。俺は旅をして……自分の好きに生きるんだ。まぁ安心しなって。しばらくはここにいるし、お金もかなり余裕があるからな。ひとまず軽く勉強を始めて……リーシャがやってみたいことを探してみよう」


 こうして二人での生活が始まる。勉強をするときのリーシャは何事にも興味津々で、特に文字を読むことには熱を持って取り組んだ。元々奴隷市に居た頃に他の奴隷から少しは習っていたようでのみこみも早い。


 ギリアムに貰った本のわからない場所は飛ばし飛ばしで読んでいたのだが、一か月もかからないうちに二冊ともほとんど一人で読めるほど言葉を習得した。


 基本的な料理も教えた。いろいろなものを食べて、自分で作ってみたいとは思わないかと尋ねると「私が作ったもの、パパは食べてくれますか?」と聞いたりして。それがきっかけで料理も教えることにすると、それもぐんぐんと吸収する。


「パパ、サンドイッチ、作ってみました」


「お、良い感じだな」


 最初は卵の殻一つ割れなかったリーシャ。彼女が熱心に取り組んでいたことには理由がある。早く独立したいからでは決してないのだ。


「うん、おいしく出来てる。本当にうまくなったな。リーシャの上達を見るとなんだか嬉しくなるよ」


 彼女はただ、リドムが嬉しがる様子を見たかっただけだ。上手く出来ると頭を撫でてくれて、これまで感じた事のない気持ちをたくさん教えてくれた。


 対価を要求する事も無く、無償の愛のカタチをただ体現して、彼一人の存在でリーシャの世界は色づいていったし、無自覚だった世界の形を歪なりに美しいものなのかもしれないと思い始めていた。


 だからそれを教えてくれたリドムとずっと一緒に居たいと、初めてリーシャは願いを持ったことを自覚した。リーシャは自分のしたい事を探してそれをすべきだと言ったのはリドムなのだ。


 だから数日心に留めたその気持ちを、一緒に暮らし始めて一か月ほどした頃に打ち明けた。


「私……パパと一緒にいたい。ここで一人で暮らすのは凄く寂しいです。パパと一緒に旅がしたい……ダメ、ですか?」


「んー……そうか……」


 リドムも薄々感じてはいたはずだ。リーシャと仕事を探して回っていた時はあまり楽しそうではなかった。


 でも自分に見せる表情は増えていったし、今のリーシャはリドムの前だと傍から見てもわかるように微かに笑うようにまでなっている。それにリドム自身がリーシャの存在を苦にしていない。だから少し悩んだ程度で、その答えはすぐに出せた。


「それじゃあレーディンの家に挨拶を済ませたら、旅に出よう、一緒に。狩りの仕方も教えといてよかった」


「はい!私、足手まといにはなりませんから!」


 本当にこの子は変わった……リドムも照れくさそうに、でも嬉しそうに彼女の頭を撫でた。


 もう叩かれるなんて思わない、リーシャは優しいその手を受け入れて、数か月前までは考えられないほど欣幸に満ちた表情をするようになっている。


「パパの手はあったかくて優しくて、大好きです」


 撫でられながらリーシャは頬を少し染めながら、リドムを上目に見ながら続けた。


「ずっと一緒に居たいです……」


「そうか……それも、いいのかもな……」


 リドムの言葉にリーシャはパァっと表情を明るくさせる。それを見たリドムがどこか寂し気な様子で「明日は早い。もう寝よう」と提案した。


「はいっ……挨拶に行かないと、ですもんねっ……パパ、おやすみなさい」


 リーシャはかつてないほど幸せそうに、クス、と微笑んでリドムを見送った。


「あぁ……おやすみリーシャ」


 反面、リドムはただその微笑みを受け入れるだけで、返すことはなく自室の戸を閉めた。


 リーシャはその様子に気付くことはなく部屋で大事な人形を抱きながら毛布を被っているのだが、リドムはそうではなかった。ベッドの隅に座り込み、窓の外に見える月を眺め、何か物思いに耽っているようだ。


「ここが、お前のシナリオの転換点なんだろう……?」


 二時間ほど眠ることなくいたリドムは、物音を立てないようにリーシャの部屋に近づき、そっとドアに耳を当てる。


 微かに聞こえる静かな吐息を確認すると自分の部屋に戻り、先ほどしたためた手紙と自分の道具を持つと、そこは二階にも関わらず窓から飛んで出て行った。


 その部屋に残された書置きには「リーシャへ」と大きく書かれ、そこから先には解説などという妄想に支配された男のとりとめのない文章がつらつらと書かれている。


 リドムは先にレーディン家へ向かい、敷地のポストに手紙を一通投函する。その中にはリーシャの事を頼むという内容の他、やはり妄想や演技の話を大げさにつづった内容であり「聞こえてくる声に従わない生き方を探します」という一文にまとめられるだろう。


 そうしてリドムは、そんなふざけた理由でリーシャに内緒で離れることにした。自分をこんなにも必要としてくれている誰かを妄想の言葉に対抗するためだけに見捨てて去るなど、誰が見ても気が触れたとしか思えない行動であるが、リドムの意志は固かった。


 街の外れへ向かうと建物はどんどん少なくなって行く。その様子にリドムは何故か不安を覚えた。


 いよいよ自分一人でこの街を離れようとしていることを自覚していくからだ。――「不安なんてない……! 俺は行くんだ。自分で生きる」――そしてその不安は虫の知らせとでも言うべきものを孕んでおり、リドムの足を止めさせた。――「止まってたまるか」


 だが気付いているはずの不穏な感覚をも無理やり振り切って進むリドム。この瞬間にもリーシャの身には破滅が迫っていた。――「破滅?」――レーディン家のあった一等地を外れた地区にあるリーシャの眠るアパート。


 リドムの出た窓はしっかりとしまっておらず、小さく隙間が開いていることを見つけた男がいたのだ。


 そしてその男はそこに可愛らしい少女リーシャが住んでいることも知っており、ナイフを持って静かに部屋への侵入機会や方法を窺っていた。


「……」


 その男はかつて数度の強姦殺人を行ったことがあり、その対象はみんなリーシャと同じくらいの少女だった。


 親を殺し、数日の間その家に住み着きながら捕えた少女と歪んだ共同生活を送る。そして満足するまで少女の身体と精神を壊しつくすと、さんざん命乞いをさせて殺すのだ。


 リーシャもそのような目に遭うだろう、リドムの事を呼びながら無残に殺される。


 しかし歩みを止めないリドムはそれに気づく事も無く、どこか遠くへ行ってしまおうとしている。今戻れば間に合うのに。犯されるリーシャはリドムを呼び続けるだろう。「パパ、パパ」と。最初は声で。喉を潰されても心の中で。


 だがそれも心が壊されるまで。この殺人鬼が言うのだ「お前は捨てられたのだ」と。それに気づいた時、リーシャの心は二度と修復できないほど壊されてしまう。


 ほんの少し前までは粉微塵に砕かれていはずの心、リドムの優しさで少しずつ修復していた心を、もう一度壊されるのだ。そのあとにもし生還したとしても、彼女はもう全ての意志を失って消えていくことだろう。


 今リドムが戻るだけで、その惨劇は回避できるのだ。


「くそっ……くそっ!!」


 だが進むことを固く決めていたはずのリドムは何故か踵を返し、全速力でリーシャの家まで走る。何故突然心変わりしたのかはきっとリドムにしかわからないのだろうが、あえて言うとしたらそれはリーシャとの絆の力だ。――「黙れッ!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 地の文が聞こえてくるのは嫌でしょう。 それでも戻る方が悔いの残らない生き方でしょう。
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