没章(四章後)
「……うん、やっぱり」
「やっぱり?」
「解説が消えた……前と同じだ。解説が未来の話を少しすると解説が一時的に消える気がして……何か空白があるかのように……こうなると少し気が楽になるけど……、でもまたどこかで始まるんだ……気は晴れないな……」
「ふぅむ。その解説について、吾輩も少し質問をしたいのですが、良いですかな」
「はい、わかる範囲でなら」
「その声についての話の続きにはなりますがな、手合わせの最中も聞こえ続けていたのでしょう? ギリアムの背後からの攻撃も、吾輩の攻撃もすべて解説されていたと」
「そうです。だから見ないでも防げて……」
「ですが吾輩と息子の連携は一息でした。吾輩が剣を捨ててからはもっと早いはずです。何者かの声による解説を聞いてから防御や回避が間に合うでしょうか。言葉で説明されて、その理解を待つほどの猶予なんてありえないでしょう。吾輩には声などではなく、もっと脳へ刷り込ませるような解説なのではないかと思うのですが、どうでしょうな」
「刷り込み……? 確かに声にしちゃ聞いてる時間、って概念は無い……」
「なるほど、それであれば声色がわからないというのも納得できます、ですがそうなるとリドムさんが陥っている状態は脳の異常による幻聴ではなく、魔術による呪いに近いのかもしれませんね……であれば医者ではなく魔術師に見てもらった方がいいかもしれませんね」
「治癒の、魔術師……? あぁそんな……」
「パパ?」
「解説が最後に言っていたんだ、医者ではなく治癒の魔術師に診てもらうって……どうして……」
「つまり、解説は未来の情報を与えたという事なんですか?」
「……わからない」
「ともかく吾輩らにはリドム殿の状態はわかりません。騎士団時代の同期に治癒魔術師がいますから、ひとまず彼女に診てもらう事にしましょう」
「で、クロちゃん、この可愛いぼっちゃんがその解説がどうのって子かい」
「うむ。状況的に呪いの類にかかっているのではないかと思ってな。どうかねオーコ、そのような反応は見られないだろうか」
「……いや、ないね。この子は至って正常だよ。体力も満ちていて若さを感じるね」
「やっぱり、俺に異常は無いんですね……解説で言ってた通りだ。異常は見つからないって」
「そんなところまで解説されてたんですか。今は聞こえないんですよね?」
「えぇ、全く。そんなものなかったくらいに静かで……これじゃ完全に変人だな」
「あたしにも信じられんよ。世界でもこんな事例は一つもないと思うね」
「そういってもなオーコ、吾輩とギリアムは体験しているのだ」
「うーん。解説ってのはどういう言葉なんだい?」
「言葉? 俺と同じ言葉でした。俺に理解できる言葉だし……」
「結局その解説ってのは脳への刷り込みに近いものらしいけど、リドちゃんって言ったかい。あんたは最初喋っていると思ったわけよね? 声で聞こえるような感覚で」
「はい」
「口調はどんな感じなんだい? 命令を出されたりするのかい?」
「いえ、なんていうか……堅苦しさが少し。俺の内面から出てくる言葉ではないと思います、一度も使ったことない言葉まで出てくるし、とにかく説明的なんです。周りの事に対しても、周りの人物の心情なんかもたまに」
「し、心情も?」
「坊ちゃまぁ、坊ちゃまのその心情は誰にだってわかりますよぉ」
「せ、セリーヌっ。あ、あぁリドムさん、これはその……」
「いやいや、俺は別にいいと思う。君は良い人みたいだし、この子はそういう人に出会うべきだと思ってるし、この子を傷つけないなら応援していい」
「あ、ありがとうございます……っ」
「……?」
「とにかく、あたしにゃあわからないね。でも鬱陶しいだけで実害があるわけではないんだろう? だったら向き合ってみるのも手だとは思うがねぇ。聞く限りじゃ使いこなせば便利そうだ」
「みんなそういうけど……実は解説は一度俺の死を予言してるんです」
「なんと……」
「パパ……パパ、死ぬのはやだ……」
「もちろん、こんな解説の言葉で死ぬなんて御免だし、絶対生きるつもりだけど……解説はまるで未来が決まっているように、俺が一本しかないレールを行っているみたいに喋るというか……それがすごい嫌で」
「まるで本みたいだねぇ」
「本……」
「ほら、小説なんかのいわゆる『地の文』ってやつだよ。あんたの解説さ。人物の死を予言するなんて小説の常套手段だろう?」
「そうなんですか? 俺は全然読んだことなくて」
「リドちゃんの解説ってのと、試しに比べてみればいいじゃない。ぺらっと何かしら読んでみればいい」
「パパ……本、あります」
「り、リーシャさん、僕の差し上げた本、ずっと持っていてくださっているんですかっ? はぁっ……」
「あ、あぁ……そうか、リーシャが貰ったんだよな……」
「ちょうど二冊ありますしぃ、確かにリドムさんも読んでみてもいいかもしれませんねぇ~」
「まぁそんなわけで、クロちゃん、あたしは帰ろうかね。手伝えることはなさそうだよ」
「うむ、わざわざ来てもらったのにすまぬな」
「いいのよ、でもセリーヌちゃんと馬車貸してくれると助かるわ。帰りにいっぱい買い物出来たらって打算で来たから」
「そうか。セリーヌ、頼めるかな」
「合点ですぅ。それじゃあオーコさん、いきましょぉ~」
「元気でねぇみんな。リドちゃん、あんたは思いつめないようにね。死ぬなんて言われたって、あんたの気に乱れはないし大往生かもしれないんだから」
「……どうもありがとうございました」
「(リーシャに借りた本を読み終えた)」
「(やっぱりそうだ。地の文ってのと俺に聞こえる解説はこれにすごく似てる、というかこれそのものだと思う)」
「(つまりどういう事だ……俺の人生って、どうなってる……?)」
「(本の登場人物に自由はあるのか? 小説の中の世界はどうなってる? 本が終わった後の世界の住人は? そもそも世界についてがわからなくなってくる。俺は生きているのか? 俺は何か選択を出来ているのか?)」
「(俺の行動が解説されているという事は、俺は何かの筋書きによって生きている……?)」
「(俺の思考はどこにある? 自由に向かっていたはずの俺は今何に支配されている……)」
「(脱しなきゃ……俺は俺なんだ……誰にも支配されたりしない! ……でもどうやって? 解説は俺をどこに連れて行こうとしている? ゴールはどこだ? ……あ、俺の死?)」
「(そんなの嫌だ。自分で納得できる死に方をしたい。人生を振り返った時に後悔したくないから今こうして旅をしてるのに)」
「(閉じれば消えるだけの、世界なのか……?)」
―五は自由を表す数字―
―――道は常に開かれている。
―――気付けているのか、という点から進む道は分岐していく事もあるだろう。
―――自分の目指す自由についてを”彼は考えたことがあるか?”
―――征く道は自分で決めることが出来る。それに必要なものを”彼女から教えられているか?”
―――ここに五章は無い。彼は気付いていない。




