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第四章 Vartisile Acroheller (理解者)-7

「面白いッ、それが声と!」


 いつもとは雰囲気を変えた武人クロスがその様子に剣気を込めながら迫る。木刀に込められた気合は最早真剣と違わない。


「なればッ」


 クロスはやや遠目の位置から剣を振るう。ただ一歩引けば当たらず、その上でカウンターをも楽々と入れられるであろう大振りな斬りかかり方であった。


 まるで素人のそれだ。リドムは剣を下段に構え、一つの切り上げで勝負を決そうとつま先に力を込めながら後ろへ下がる。


 だがそれこそクロスの罠。騎士の男が使おうとしているのはこれまで幾度か使ってきた「卑怯技」である。


 この構えは相手が使い手であるほど有効なフェイント技であり、その内容はただ剣を振りながら踏み込みを止め、相手のリズムを崩した上で剣を投げつけるというものであり、このような場で披露したことはないし、騎士の道を外れたような技だが、これは絶対に家へ帰る、誰かを守ることを合理的に考えて編み出した技であるにすぎず、それ以上でもそれ以下でもない、クロスの決戦奥義である。


 このような技をクロスが使う事を知っている人間はほとんどおらず、受けたものは悉く死んでいる。それを知らずにリドムは一歩踏み込み、カウンターを狙いに行ってしまう。


 だがリドムはまるで未来を予測したかのように踏み込んだ足の方向を真横に向けた。前に踏み出しているにかかわらず、横を向いた足はまるでブレーキをかけるかのような制動をもたらし、リドムは斜め後ろに飛び下がったことで鋭く投擲された剣を避けた。


 だが息をつくことは出来ない。クロスの奥義の真骨頂はここからである。


 リドムは一度体制を立て直すが、クロスはなんと素手のまま体勢を低くしてリドムに切迫する。


 剣投げはあくまで意表を突いた攻撃に過ぎず、手練れの兵士でも避けられ無いような攻撃ではあるものの、それでも急所を的確に捉えられない事はあるだろう。それでもこの技を受けたものが悉く死ぬのは、クロスの徒手空拳が相手を確実に屠っているからなのだ。


 クロスは踏み込んだ際にズキりと膝に痛みが走った。引退のきっかけとなったのがこの左膝で、かつてここを弓矢で貫かれたせいで強い負担に耐えられなくなってしまった。


 その足では歩くのですらたまに痛みを感じるはずだったのだが、クロスは軋む膝お構いなしに突進しながら右腕、拳に力を籠めると、今度はそれも読んだかのようにリドムがクロスの右腕に視線を落とした。


 その視線の動きを見たクロスは驚きながらもリズムを自ら崩し、今度は左腕を蛇のように腕をしならせリドムの喉を狙う。


 もちろん本気で突くわけではなかったが、それでもその速さは常人に見切ることは不可能だろう。リーシャもセリーヌも一歩遅れてからでも反応出来ないほど、クロスの動きはしなやかで速い。


 だがそれにすら未来を読むかのように対応するリドム。長い方の木刀で払いのけるような動きをして首への攻撃を牽制し、クロスもまたその動きだけで自分の攻撃が完全に読まれていることを悟って一歩距離を取るがまた膝がずきりときしむ。


 これが今のクロスの限界なのだ。独特な戦法で実戦必勝を誇っていたクロスも、今の状態では実戦においてまるで役に立たない状態にあった。


 だがこのような楽しい戦闘が出来る機会は逃すまいと、痛む感覚を押し殺してリドムの前に立つ。久々に(たぎ)る相手との戦いなのだ、誰にも邪魔されたくないと、クロスは武人としてはしゃいでいる。


「……」


 リドムはちらり、彼の膝を見やった。限界は近く、ここでこのまま酷使すれば動くこともままならなくなる足。


 まるでそのことを知っているかのようにリドムは短期決戦を決意する。


 さて、どうすれば終わらせらるだろうかとリドムはイメージを重ねたが、これは殺し合いではなく手合わせ。相手に負けを認めさせればいいだけだ。


 クロスは体全体を柔軟に動かして構えを取っていて、それに合わせてリドムも構えなおした木刀。


 そうして息を整え、刹那の静寂をリドムが破った。距離を詰めるリドムは先んじて攻撃を仕掛け、長剣を大振りに振るった。


 その一撃で勝敗は決している。大振りな剣閃はクロスに難なく避けられ、間合いに飛び込まれたクロスは裏拳でリドムの喉を打つ……直前に腕を止めた。これは手合わせなのだ。


 お互いが勝敗を決したと思えばいいだけで、喉への一撃は十分に試合終了の攻撃になっていると三人の観客は思っていた。


 だがクロスは「これが声ですか……」と感慨深く、吐息のような声を出して言うと、リドムは頷く。


「左膝……あなたの急所ですよね」


 リドムは攻撃をわざと外し、短木刀で一歩早くクロスの左膝を少し外した部分に押し当てていたのだ。喉元への一撃と左膝への一撃、実際の殺し合いであれば有効なのは喉を貫通するほどに鋭いクロスの喉潰しだろう。しかしクロスには自分より一瞬早く膝を突かれていたことがわかっていた。


「吾輩の負けですな。いや実に奇妙で楽しい一瞬でありました」


 まるで普段は見ない芸術品なんかを見て満足したかのような面持ちでクロスは言った。


「父上、どういうことなのです? 父上の一撃の方が勝っていたように思えましたが」


 見ていても詳細がわからなかったギリアムが真剣な顔つきで迫ると、クロスはまた楽しそうに説明を始める。


「二度、三度と攻撃を見切られたのだ。吾輩の左膝を気遣うような攻撃まで打ち出してこられてはな。リドム殿、貴殿の言う解説……どういったものなのか吾輩も興味が湧きました。その見切りは解説によるものなのでしょう?」


 そのような現象などあるはずがないのだが、クロスは身をもって体感したことで『リドムにはそのような力がある』と信じてしまったようだ。


「えぇ。あなたの膝が悪くなった理由が弓矢で撃ち抜かれたこと、というところまで頭に入ってきて、踏み込みの度痛んでるようだったので、早めに決着をと思って」


「なんと……父上、セリーヌ、そのことは喋られてないのですよね?」


 ギリアムは驚嘆しながら二人に尋ね、当然のようにその情報を話していないと頷いている。


 つまりリドムは知るはずのない事を知っていた。リドムの知り合いにクロスと同じような歩き方をする者がいたの――「そんな人いるわけないだろ……」――だろう、そしてその人が弓矢でケガをした事を重ね、クロスの境遇を当てずっぽうに話しているのだ。だがクロスはやはり感動的と頷いた。


「そうです、そうです! なるほど、どうやら本当に貴殿には何かおかしな事が起きているらしい。ですがやはり便利そうに思えてしまいますな」


「確かにこれに従えば負けないと思う……でも……」


 リドムは露骨なほど嫌そうな雰囲気を見せた。だが本当に嫌なはずはない。なぜならそのような解説など聞こえているはずもないし、そのような戯言は全て彼の演技なのだ。


「演技なものか! 聞こえてると言ってる……!」


「おや、会話が出来るのですかな?」


「いや、意思疎通にはなってませんよ、解説している奴は俺が嘘つきで演技をしていると思っているようで」


「奴というと、その解説の声は男なんですか? 自分の声、とか?」


 ギリアムの様子は先ほどの訝しんでいた時とはうって変わって、クロスと同じように興味を持って尋ねている。


「あぁそういえば……わからない。男のようにも聞こえる。男児のようでもあり壮年の男とも取れるけど……いや、女と思っても違和感がない。若い女性の声……いや、晩年のお婆さん? 違う……」


 リドムは演技達者にも頭を片手で抑えながら深刻そうに言った。リーシャが心配そうに寄り添っている。


 この後、彼らは先ほどの手合わせについての話や頭痛についての事を話し合い、リドムは治癒の魔術師に診てもらうことになったのだが――「あ、解説が終わる?」――特に異常を診断される事も無く終わってしまう。


「終わるとは?」


 体の調子も良くなってきたこともあり、レーディン家との別れも近づいてきていた。


「なんとなくそんな感じが……なんで医者じゃなくて魔術師って……」

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