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第四章 Vartisile Acroheller (理解者)-6

 それからその晩には体のしびれはほとんど取れて、次の日の朝には全快した。レーディン家に完治と感謝を、そして手合わせであればいつでも出来ると伝える。


 ただその前に、体の調子を尋ねられたリドムはクロスらとこんな話をした。


「えっと、頭の中で解説が聞えるって経験ありますか?」


 意表を突いた質問に首を傾げたクロスら。どういう意味かと聞かれたリドムは自分の状況を説明をした。頭を強く殴られてからおかしな声が聞こえていること。それがなんとも的確に状況や心情を説明していること。たまにその声が聞えなくなる時間もあるのだが、その声によれば自分は死ぬらしい事も伝える。リーシャがどうのという部分は伏せながら。


 だがクロスらはそんな症状については聞いた事も無いと難しい顔をした。


「自分が考えたことを解説されているかのように感じているだけではないのでしょうか……?」


 ギリアムがそう聞くのだがリドムは首を横に振って、「自分が見えていない場所の事もたまに解説されている」と伝える。ギリアムはそれを妄想ではないかと訝しむような気持ちになったのだが「妄想ではないはずなんだ」と返したリドムにハッとした目を向けていた。


「でも便利そうですねぇ」


 セリーヌが能天気に言う。リーシャもおおむね同じ意見を持っているのだが、リーシャにとっては初めて優しくしてくれた人間がリドムだった事もあり、そもそも彼のノーマルな状態を知らないのだから疑問すらわかなかった。


「まぁそうなんだけど、気味が悪いし鬱陶しくてたまらない。しかも直接頭に響いていて……止めたいんです。この辺にそういう症状を見られる医者がいるなら紹介していただきたいのですが」


「ふむ、まぁ脳の医者であれば近くに医院がありますぞ。……では手合わせの方はお預けでありますなぁ」


 クロスは滾り始めていた血を抑えるのだが、それがすごく残念そうに聞こえる。


「手合わせ……多分声がしてるうちは手合わせにならない気もするんです。声は頭の中に入っているだけで、俺の思考が阻害されるわけでも動きに乱れが出るわけでもないから、それでも良ければ手合わせはできます。ただ……こう言ってはアレですが、二人と同時に手合わせしても相手にならないかもしれない。目を瞑ってても勝てるかも」


 リドムは聞こえるはずの無い声を頼りにそんな大きなことを言ってしまった。


 だが何の心配も後悔も無く、ただフェアじゃないという気持ちでそう言ったのだ。


 ギリアムがそう聞いて考えたのは、それであればそもそも野盗の矢にやられるわけがないだろうという事。確かにその通りであり、実際にもそうで、リドムの言う声などという存在は彼の妄想から生まれたデタラメの産物――「はいはい……」――である。


 ギリアムは真面目に取り合っていなかったのだが、リーシャの父親という事で無下にも出来ずに黙っているようだ。


「ほう! それは面白い!」


 反面、クロスは純粋に信じているようでそれを面白がっている。かつてのケガから大きく動かせない膝のせいで死闘こそ大きなハンデを負うクロスだが、限度の決められた試合という形であれば、現在でもかなりの使い手であることは間違いなく、彼はリドムの言葉に戦意を満たしているようだ。


「ではリドム殿、貴殿さえよければ今すぐにでもやりたいものですな。今はその声は聞こえているのですかな?」


 クロスは理解が早いというか、真偽は戦えばわかると言わんばかりだ。リドムに妙な虚言癖があり、声とやらがあり得ないとは思わないらしい。


 だがそんなことも考えられないほど未知の戦いに昂ぶりを感じているようだ。


「はい、今も……クロスさんがすごく昂ぶってると……」


「その通り! 実に面白い。心を読む剣士と戦えるとは! リドム殿、是非今すぐ!」


 そうしてはしゃぐ武人に修練場に案内されている間、列を外れたギリアムはセリーヌにこんな耳打ちをした。


「リドムさんはどんな人なんだ? セリーヌ、昨日の様子で変人ではなかったんだろう?」


「さっきの話ですか? ……うーんそれが、ちょっと心当たりがあって」


「心当たり?」


「はい。実はその、昨日坊ちゃんの名前を呼んだでしょう? リドムさん。でも閣下はそれまでに坊ちゃまの名前を出して無かったはずなんです……その時は妙だなと思ったんですけど、さっきの話が本当なら説明できます」


「そうなのか? でもそんなの少し調べればわかるし……単に戦闘の感覚が鋭いだけとかじゃないかな。僕には信じられないよ……まぁでも、手合わせすればわかるか。父上相手では半端な腕じゃ相手にならないし……」


 やはり訝しむようではあったが、修練場に到着すると武器が用意される。リドムは自分に合った大きさの長めの木刀と短刀サイズの小さな木刀の二本を持つ。リーシャはセリーヌと一緒に脇に待機し、人形の手を持ちながら心配そうにそれを抱いている。


 そうして一対一の試合は始まった。始めはクロスが相手となる。木刀同士ではあるがそれぞれに打ち合い、傍目に見れば五分だろうかというところで二人の腕が止まる。


「ふむ」


 クロスはやや不服な様子を醸しだした。


「あまり面白くはありませんな。先読みされているという感覚もありません。リドム殿が使い手なのはわかりますがそこまで。貴殿の身体能力によってのみ捌きが出来ている程度で、こちらも楽しめる内容では無いようです」


 不服というか、その言葉は辛辣さがあった。大きなことを言ったリドムも申し訳なさがあり、解説が聞えるなどという妄言を反省しているのだ。――「妄言じゃないだろ……」――だがリドムは更に自分の頭の中の妄想の披露を続けた。


「声があまり聞こえないんです、穴倉での戦いのときはこれで銃弾も躱したのにな。……生死がかかるような状況じゃないときっちり解説してくれないのかも……ギリアムくん、君も入ってくれるかな」


 そう言われたギリアムも不審がりながらも木刀を持って場に入った。その前にちらりとリーシャに目をやるが、リーシャは人形を抱えながらリドムばかり見ている


「ギリアムくんは後ろへ。これでやってみましょう」


 リドムは妄言のままそう言うと、位置についたギリアムは一度クロスに目で挟み撃ちの確認を取り、クロスは頷いてリドムの後ろに武器を持って立つことを許した。挟み撃ちという状況の中で、リドムは更に目を瞑って剣を構える。


「いつでも打ち込んできてください。さっきよりは解説が聞える気がする」


 それでもまだ信じる事の出来ないギリアムはリドムの背中に木刀で軽く押す程度に突こうと、すり足で音を立てないように静かに寄っていく。そして木刀をリドムの背中にそっと伸ばした。右肩にチョンとでも触れれば、リドムも気が済むだろうと思って。


 しかしそれをリドムは後ろ向きにもかかわらず、木刀を背後に回してギリアムの木刀を弾く。これにはそこにいたリドム以外の全員が目を見開く。


「いい感じだ……次はもっとちゃんと打ち込んできていい。クロスさんも動いてください」


 クロスは不敵な笑みを浮かべた。そしてタタと軽快に足を運んだクロスは、本当に打ち抜くほどにリドムの小振り木刀を持つ腕を狙った通常の小手打ちを繰り出す。


 だがリドムは先ほどから目を閉じたままにも関わらずそれを見切っていたかのように手首をしならせ、いなした瞬間に開いた目で状況を確認する。


 クロスの剣を外側に弾くが浅い。クロスは剣を戻す反動で小手を狙わずに下から袈裟に切り上げるのをリドムは間一髪身を仰け反らせて躱す。


 クロスは更に連撃を加えようと踏み込んで逆袈裟に攻撃するが、リドムによって弾かれると次の踏み込みはテンポを遅らせた。ギリアムがリドムの背後に迫っていたのだ。


 ギリアムは右からの横真一文字に剣を――「右っ?」――振るう。身を仰け反らせたリドムには普通であれば躱しようのないギリアムの斬撃を視認する事も無く後ろ手に簡単に防ぐと、そこに合わせて飛び込んできたクロスの攻撃を見開いた目で見て避けた。


 そこに合わせて更に打ち込んでくるギリアムの太刀筋は、リーシャに良いところを見せようとしながらもリーシャの父を目の前で倒してしまう可能性に抵抗を覚えており、ダメージの少ない部位を狙う事に決める。


 となれば腿や二の腕の辺りであるが、ギリアムは弾かれた剣の拍子から狙いやすい左肘の上方裏を背後から狙って今度は撫で斬りにしようと剣を振るう、しかし自分を一切見ていないはずのリドムには返す刃まで含めても全く当たらない。


 それどころか身をくるりと翻したリドムはギリアムが振った木刀の逆から回り込み、彼の背中を左手に持った短木刀でちょんとついた。


 ギリアムはそこで負けを認めて場から外れる。リーシャとセリーヌの近くへ行くのだが、リーシャに良いところを見せられなかったのが残念で浮かない顔をするギリアムに、セリーヌがこそっと「大丈夫、かっこよかったですよ」とフォローしてギリアムはため息をついた。

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