第一章 Drawlless Kread "Awon Spyras"(旅の始まり)-前半
男は旅の途中、近道のために入った森の奥地で野盗の根城にしている穴倉を見つけた。
その男、リドムは長い旅を一人続けてきたこともあり様々な困難にも対応するだけの能力が備わっている。
喧嘩だけで生きてきたような野盗なら同時に五人までなら素手で対応できる。武器があれば倍でもなんとかなるだろう。魔法も使って良いなら更に倍、有象無象程度の敵ならば掃いて捨てるように排除できる彼にとって、盗賊の根城などは悪人退治なんて気持ちで体よく物資の補給が出来る絶好のポイントだった。
リドムは穴倉の前で火を焚きながら過ごしている二人の盗賊を木陰から見ながら準備を行う。左手を使って手首を後ろに前にと曲げて、それを反対の手でも同じように繰り返す。
リドムはこうすることで一定の安心感を得られたし、やらないよりも指が繊細に動くような気がして、敵を倒す前にはジンクスのように繰り返していた。
準備運動を済ませたリドムは腰のナイフを右手に逆手で持つ。二人の盗賊は至極リラックスした様子で何か話しているようだった。こうして潜みながら、相手の事を知らずに迫っているといつも考えるのは、この敵は殺すべきかどうかということだ。
戦略的にという意味ではない。そもそも戦略的には即座に殺してしまう方が後々面倒がなくてよい。
ただ野盗行為を行う際に慈悲はあったのかとか、どういう経緯でここにいるのかとか、ここに至って考えるべきではない事を、頭の片隅で小さく考えてしまう節があった。
自由を求めて旅をするリドムは他人の自由も尊重するべきだとは思っているが、相手にする者が同じことを考えた事があるかがリドムにとっての境界線だ。
野盗の一人がひけらかすようにつけている宝石、装飾過多な短剣、散らかし放題の食べ物などを見るに道徳心を確認することは出来ない。
陰から影へ。リドムは積み上げられた箱の影に隠れて敵の隙を伺う。箱にひっかけられたロケットペンダントの蓋が開いていて、中には小さな家族写真と『14歳の誕生日おめでとう』という文字が書かれていることと、黒ずんだ水滴が付着しているのを見たリドムは気分を悪くしながら決意の方向を決めて作戦を立て、それを実行に移す。
リドムは丁度いいサイズの石を拾うとそれを反対側の茂み目指して投げて、そこからガササと音がすると野盗の二人がそちらに視線を向けるのを箱の隙間から見る事が出来た。
「聞こえたか?」
「動物かなんかだろ」
「一応見て来いよ」
リドムから遠い方の野盗がため息交じりに立ち上がり、けだるそうに音のする方へ向かっていったのを見て、リドムは静かに影を出た。視線は茂みにのみ注がれ、うんざりしたように揺れる焚火の作る光はリドムの姿を野盗に知らせようともしない。
一突き、リドムはナイフで近い方にいた野盗の喉を静かになぞった。ズプッ、という音の後、クプ、と空気と血液が一緒に抜ける音がする。野盗は声無く喉に手をやり、そのまま窒息して死んでいく。
やっと茂みへついた野盗がのんきに「なんもねぇよー」と自慢の短剣でザクザクと葉を切りつけながら言って、返ってこない言葉を不審がって振り向いたときにようやく焚火の前で倒れている仲間と黒い外套を纏った男が血の滴るナイフを持って迫ってきているのを確認した。
「なっ!おまッ」
リドムは外套を左手で投げ捨てた。動きを阻害する布が邪魔だったからではない、敵の前にひらひらと投げることで敵の思考力を奪うためだ。
こいつは何をしている? その一瞬の油断で既に構えているはずの短剣を動かそうとする頭はどこかに行ってしまう。
投げ捨てられた外套は妙な形に変わっていきその中心を突き破ってナイフが飛んできた。リドムは単純に、自分がナイフを投げる姿を隠したかったのだ。本当に場慣れしていない敵でない限り、投げる動作を見せてしまうと七割方避けられてしまう。避けられた後で何が面倒かって、お気に入りのナイフだから探しにいかないといけないのだ。木に突き刺さっててくれたら楽だが茂みに落ちてたりすると面倒だと、投げる時は必中を心掛けていた。
敵にとって突然外套を切り裂いて現れたナイフなど銃弾と変わらない。敵が対応するための反射能力は直前に奪われており、リドムの計算通りにナイフは野盗の胸に刺さった。
呻く野盗に追いつきながら今度は腰の剣を抜き、こちらも喉を切り裂いた。苦しませる事はしない。リドムは世界をより良くしようとしているわけではないし、野盗ほど利己的ではないにしろ今は「自分が生きるために」という理由で殺しを行っている。
その中でも矜持は忘れないようには心がけていた。悪人であれ苦しいのは嫌だろう。
しかし野盗の持っていた短剣は実に高価そうだとそれを手に持つリドム。宝石のついた鞘、艶のある刀身。明らかに戦闘向きではない短剣を背後の焚火を刃に反射させたりして感心したように唸っている。
とは言え振るうには重いし、実用性は皆無だったのであとで鞘から宝石だけ取っていくかと、そのように考えながら短剣をそこに置き、静かに穴倉に侵入する。盗賊が今の二人だけということはないだろう。
経験上では五、六人程度で徒党を組んでいるものだし、中にまだ数人いるはず。リドムは目を暗さに慣らしてから行くべきか悩んだが、今の程度の敵なら問題ないだろうと目の暗順応を行わずに奥へ進んでいく。
いつか何かに使われた場所なのだろう、内部はしっかりとした作りになっており、いくつかの扉や分かれ道を経由して、やっと話し声が聞えてきた。
すべての部屋を見たわけではないが、ここは風も入らないし魅力的で、全員倒して安全が確保出来たらどこか一室を使ってぐっすり眠るのもいいな、なんて考えながら声のする方へ進むと奥の比較的広い部屋から光が漏れているのが見えた。
中には三人。いや、奥にはもう一人寝ているようで、計四人。部屋は数人集まれる程度に広いだけで大立ち回りは出来そうにない。どうするか考えていると部屋の反対方向から大声が聞えた。
「おぉおい!!侵入者だぁ!!見張りの二人がやられてるぞぉお!」
リドムは内心舌打ちした。まだいたのか。どうやら良い場所に陣取っているだけあってそれなりに大所帯なのかもしれない。今のうちにここにいる四人を倒しておくべきか考えながら剣を抜く。
もしくは戦わずに一度脱出するかと出口の方向をちらりと見ると、たいまつを持っているらしい敵の影が壁面に映し出されていた。三人か四人だ。
面倒だなと戦闘を覚悟したリドムは先手を取ることに決めた。まずは先ほどの部屋の扉を開け、手近な野盗に切りかかった。
野盗はさっきの声で警戒態勢にあったようで、三人は既に立ち上がってこちらへ来ようとしているところだったのだが、そこを不意打ち気味に攻めたリドム、まずは一人仕留める事が出来た。
続いて二人目、剣戟は一度のみかち合うとリドムの巧みな剣捌きによる巻き取るような撃ち返しであっけなく二人目も倒れた。部屋にあった机を盛大に壊しながら倒れたことで、奥で眠っていた野盗が起きたらしい、のっそりと立ち上がるのをリドムの視界は捉えていた。
リドムは左手の指を第一関節から曲げるように力を籠めると手を覆うように赤い光が纏われる。そうなった時点で三人目の敵を見据え、まだ距離があるにも関わらずひっかくように斜めから腕を振り下ろした。
「燃えろ!」
敵の体に向かって火が導火線でも辿るかのようにボボボボと小さく爆発するような音を立てながら空中を走るのだが、敵も魔法で相殺をかける。リドムはもう一度左手を振り、更に空中に火の道をつくる。
それを更に消す敵との相殺合戦になるところだったが、リドムは左手で剣を撫でるようにすると赤い光は剣に纏われ、それを一気に振るう事で三人目を吹き飛ばすような爆発が放たれた。
衝撃をもろに受けて卒倒する野盗だが、爆発の音で出口から来る敵が方向を定めた事だろう。爆発の衝撃で尻餅をついた四人目を相手にせずリドムは出口へ向かう事にした。