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第四章 Vartisile Acroheller (理解者)-5

 クロスがいなくなってから数時間ほど経過すると、部屋のドアがコツコツとノックされた。


 セリーヌが扉を開けると、リドムにとっては見慣れぬ男が立っている。


 まだ青さの残る若い男は「父から起きたと聞きました、具合はどうですか」と尋ねながら入ってくる。手元には小さな紙袋の包みを持っていた。セリーヌは彼を坊ちゃまと呼び、椅子をリドムの近くへ用意した。


 これがクロスの息子かと察したリドムの考えは正しい。名前はギリアムと言い、リーシャが襲われた際に野盗へ先制攻撃をしかけたのは彼だった。ただし有効打とはならず、結局クロスが仕留めているのだが。


「ありがとうギリアムさん。リーシャを助けてくれたことも感謝しています。俺の事まで面倒見てくれて……本当になんと言ったらいいか」


 リドムは礼儀正しくお礼を言うとギリアムは少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「おや、父が紹介していましたか。“さん”とは少しくすぐったいですね、父の客人として扱っていますから、僕の事はギリアムで良いですよ。あぁそうだ、僕も父からあなたたちの事を聞きました。かなりの使い手だとか」


 そのやり取りを聞きながらセリーヌが「むむ?」と疑問を浮かべている。リドムの前でギリアムの話題は出しただろうか。実際に息子がいるという程度でしか触れていない事であり、名前すら出ていなかったはずなのだ。


 リドムはエスパーのように何千ともあるような名前の候補の中からなんのヒントも無しにピタリと彼の名前を一度で言い当てた。きっと勘が優れているのだろう。リドムには情報が無いのに物事の本質を当ててしまうというのはままあることだ。


「いやいや。ギリアムくんとの手合わせも頼まれたよ。俺でよければだけど」


 リドムはギリアムの言うとおりに少し砕けた物言いに変更し、接しやすさをもってそう言った。


「是非。父のお墨付きであれば僕にも良い経験になるでしょうし、こちらからお願いします。それと、お嬢さんのリーシャさんは……」


 ギリアムは視線を揺らして部屋の中を見回すと、お菓子の並べられた机に座っているリーシャを見つけて、手に持っていた包みに少し力を込めているようだ、紙袋なので少しクシャっとなってしまっている。


「あっ、お、お嬢さん、あ、み、見違えましたね。り、リーシャさん、ですよね、本当に、見違えました……」


 ゴク、と生唾を呑みこむギリアム。彼は驚いていた。先日までリドムのそばを片時も離れず、部屋の中ですらフードをかぶり、話しかけても怯えているのかビクつくような反応しか見せなかったリーシャが、セリーヌのセンスで選ばれたと思われる可愛らしい服を着て佇んでいる。


 だがそれだけではないだろう、視線をチラチラとリーシャに合わせては逸らしてを繰り返す。


「あ、あの、これを買ってきたんです。リーシャさんへ……その、リドムさんは回復までもう少しかかるかなと思いまして、それで、リーシャさんはここから動きたくないようでしたし、えっと、あの、時間を潰せるようなものがあればと思いまして……」


 セリーヌはその反応の意味を汲み取ってか、なんだかニヤニヤしていた。


「坊ちゃま、わかりやすすぎですよぉ」


「う、うるさいぞっセリーヌ」


 呼ばれたリーシャがおずおずと近寄ると、ギリアムは包みを手渡した。受け取ったリーシャはどうしたらいいのかわからず、リドムに助けを求めるように彼を見つめると、リドムは頷いて「開けてみたら?」と提案する。


 リーシャは丁寧にテープを外して紙袋の口を開く。


「中はなんだったんだ、リーシャ」


「……」


 無言のリーシャは袋から二冊の本を取り出した。


「えっと、好きかはわかりませんが……本だったら時間つぶしに丁度いいかなと……すみません、あなたの趣向がわからなかったので店員の人に今人気の小説を二品入れてもらったのです。それは差し上げますから、ど、どうぞ」


 近寄られて緊張したのだろう、ギリアムは体を強張らせながら緊張気味にそう言った。受け取った方のリーシャは表紙に書かれた綺麗な絵に魅入ってしまう。


「あ、ありがとう、ございます……」


 リーシャの小さな声でお礼を言う姿にギリアムの瞳孔は心臓のように動いた。それから誰にも聞こえない程度の声で「か、可憐だ」と呟いて――「聞こえてるけどな……」――いる。彼女の素朴な喜び方には純真無垢な心模様を感じ取ったようだ。


「そ、それでは自分はこれで」


 部屋を出ようと扉に向かうギリアムをセリーヌが呼び止めた。


「ねぇ坊ちゃま。リーシャちゃんの格好どうですかぁ? 私が整えたんですよぉ」


 ギリアムは魚みたいに口を何度かパクパクさせる。


「あ、えぇ、それは、もう。お似合いです、とても、はい。あ、リドムさん、明日には毒も抜けるでしょう。その頃にまた。では。リーシャさんも。では。では」


 無理やり話題を変えるなり何度か挨拶を重ねながらギリアムはそそくさと部屋を出て行ってしまった。扉を閉めた先で「ありがとうございます……かぁ……はぁっ」なんてリーシャの言った言葉を反芻しながら自室に戻っていく。初めて交わした言葉が彼女からの感謝だったことが嬉しい。


 だがそんな気持ちを知らないリーシャはギリアムの態度に何かを感じることは無い。だが彼女にしては少し興奮した様子でリドムに近づいて、本を見せるように掲げた。


「パパ、これ、本です……」


「あぁ、本だね。人気の本だって」


 リーシャの表情には相変わらず大きな変化は無いのだが、その瞳はお菓子やリドムのサンドイッチと同じくらい、リーシャの視線を釘付けにしていた。


 かつてリーシャは数度本を目にしたことがある。飼い主が深い眠りについた後、片づけをして部屋戻る前に置いてある本を少しだけ読むという事を何度かしていて、ゆっくり読むことは出来なかったし、目にした文字をすべて読むことも出来なかったものの、美しい挿絵と提供される非現実世界に夢を見たものだ。


 だが(しおり)の概念がわからなかったリーシャは何度目かの時にそれを外してしまい、気絶するまで責められるお仕置きをされてしまった時から本には一切触らなくなっていた。


 きっと本が好きだったのだろう。本が与えられる環境にあれば、きっと何冊も読破して深い知識も持っていたかもしれない。それが今始まろうとしているのだろうか。


 リーシャは貰った本の片方をゆっくり開くと、はじめのページには縁取るような装飾が描かれており、その中に本のタイトルが書かれている。それはまるで別の世界にいざなう扉のようにも見えて、リーシャはそのページだけでも感情が高ぶった。


 ただ本人に自覚はないし、周りの人間も彼女の様子を見てもどれだけ嬉しがっているのか、彼女の様子からじゃ察することは出来ないだろう。リドムだけはわかっているように声を×。


「せっかく貰ったし、時間もある。読んでみたら?」


 リドムは微笑むようにそう言うと、リーシャは自分ばかり何かをされていて悪い気持ちになった。嬉しさの自覚も無いためそれが戸惑いと罪悪感に繋がって、リーシャの中では何故か読んではいけないのではないかと葛藤が起こっている。


「リーシャ。綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、好きなことをするってのは当たり前の事なんだよ。出来ない人間も、忘れている人間も多いけど、していいことなんだ。人間は人生を自分で決められるんだよ、人は自由なんだから」


 リドムはリーシャの気持ちを知っているかのように、寄り添うような言葉をかける。


「決められた運命なんて……ないはずなんだ」


 リドムが自分の発言した自由という言葉に対して何かに訴えるような言い方で呟いたのは一体何を思っての事だったのだろうか。面持ちはリーシャ以上に不安を感じさせるものであったがそれは振り払うかのように直ぐ掻き消えた。


 リーシャはその言葉の意味を明るく察することが出来た。伺うように目線を本からリドムに移して、小さな声で「読んでみてもいいですか……?」と訊く。


 その言葉に込められた感情は紛れもなく勇気と信頼である。奴隷であったことで提案や意見などすれば即座に殴られるような環境にあったリーシャが自由への一歩を踏み出したことに他ならなかった。そしてそれを後押しするのがリドムなのだ。


「もちろん。俺の事は気にしないでいい、昼寝でもしてるよ」


 その信頼に答えるようにリドムはリーシャの頭をぽふ、と撫でて送り出す。


 リーシャはやはり表情から窺い知ることは出来ないレベルではあったが、自分のふり絞った勇気に応えてもらったという実感はふわっと胸の内に広がって、窓から差し込むお日様の光と同じように温かさを感じるのだった。


 セリーヌは窓の近くの陰になっているところにゆったりできる椅子を持っていき「どうぞ」と座らせる。


 リーシャはそれにお礼を言いながら座って、リドムとセリーヌの二人と目をあわせてもう一度だけ様子を確認すると、今度こそ本のページをめくって新たな世界へ誘われていく。


「ありがとうセリーヌさん。そういう事で俺も少し休みます」


「かしこまりましたぁ。後で晩御飯が用意出来たらまた来ますね」


 ごゆっくり~と言い残してセリーヌは部屋を出て行った。リドムは布団を肩までかぶって目を閉じる。リーシャがぺら、とページをめくる音に心地よさを感じながら仮眠をとるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語はゆっくり流れているようですが、これからはどうなりますか……
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