第四章 Vartisile Acroheller (理解者)-2
リドムはここ最近で感じたことがないほどの焦燥を感じていた。まさか体を要求されるとは。この騎士さんは男爵ならぬ男色……なんて考えていると、セリーヌが茶化しながら言う。
「閣下ぁ、卑猥ですぅ。リドムさんが完全に勘違いされちゃってますよぉ」
「む?卑猥とな? 回復された後の剣の手合わせを申し込んでいるだけではないか」
「リドムさぁん? 閣下は単純に剣の腕を見せてほしいと言っているだけですからねぇ? 夜の手合わせを望まれているわけではありませんから、安心してくださいねぇ」
黙って聞いているリーシャも一生懸命「剣の手合わせ」と「夜の手合わせ」の違いを考えているがわかっていないらしく、太陽が出ている方が武器が見やすいのかなとぼんやりそんな想像をしていた。
「そ、そうですか。それはすごく安心しました……剣の手合わせ程度ならお安い御用です。歴戦の騎士様では自分なんて相手になるかわかりませんが」
リドムはお礼とは言えこの男と寝なければならないのかという心配が引いていき、ほっと胸をなでおろす。
「あれほど乱れの無い刃をして何をおっしゃるやら。赤い煙信号のあがっていた穴倉での殺傷は全てリドム殿によるものでしょう。一体何人斬ったとお思いか。対してあなたの体に見える傷はあの矢で受けた傷以外にはかすり傷のみ……ははは、滾りますな。回復を待っておりますぞ。それまではセリーヌが面倒を見ますから、自分のメイドだと思ってなんでも申し付けるとよいでしょう。ただ彼女の料理だけは召されるな、神経毒より酷い目にあいますからな」
「ぶぅ」
セリーヌがむくれている。とは言え彼女もそれは承知で、基本的にキッチンに立ち入ることはしていない。
食事ではなく買ってきたお菓子を並べるくらいにしか食材に触れない、触らせてもらえないレベルで、彼女の料理は酷かった。
「それでは他に何もなければ私はこれで。今日は教練場に顔を出さねばならないもので。後で息子にも顔を出させましょう」
「どうもありがとうございます。本当に助かりました」
そうして立ち去るクロスを見送る時、ずっと無言だったリーシャもリドムに見習ってぺこりとお辞儀をしていた。
その後セリーヌは何かあったら言ってほしいと言葉を待つのだが、リドムが特にない事を伝えると「では……」と自ら提案してきた。
「リーシャちゃんで遊……リーシャちゃんの格好を整えたいのですが、よろしいでしょうかぁ。お風呂や着替えを用意してもリドムさんの近くに居続けててぇ、何にもさせてもらえなくてぇ。おもてなししたいのですが、よろしいでしょうかぁ?」
「そりゃっ……」
もちろん。言いかけたリドムは全てを言う前に口を閉じた。善人たちではあろうが、リーシャの体の傷を見たらどう思うだろうか。
幸いもう一日程度休めば体は全快しそうでもあり、このままやり過ごすのもありと言えばありだった。だがリーシャの様子を気にしながら喋るのをやめたリドムを見てセリーヌはからんと言う。
「リーシャちゃんの事なら我々は当をつけてますから大丈夫ですよぉ、私が楽しみたいだけですからぁ。可愛くなりますよぉお」
実はリドムが気を失っていた間に、リドムが赤い煙信号をあげた穴倉は調べ尽くされていた。
その調査にはクロス氏も立ち会っていたし、リドムとリーシャの年齢に関しても妙なことを感じていた。極めつけは穴倉から出てきた奴隷資料だ。
そこにはばっちり九番ことリーシャの事が書かれていたし、事情を多少は察したクロスは何も言わずに二人の保護を続けていたのだ。
一度奴隷になったモノはよほどのことが無い限り元の人間には戻れないし、そのような扱いもされないところを、クロスとセリーヌは何も言わずに二人をただの父娘として扱った。
だが息子のギリアムにはその辺は伝えられてはいない。若い彼にはそう言ったことの判断が難しいだろうとして。




