没章(三章後編)
ぬって言ったのか!?」
「っ?」
「声だよリーシャ!まだ知る由もなかったとか、死をもたらす……俺を、リーシャがって……?」
「?、?」
「リーシャ、本当に知らないのか? この声を……君が俺に死……なんなんだ、どういう事なんだ!?」
「私……っ」
「あ、すまない……きっと頭を打った時に少しおかしくなったんだ……感覚とかが鋭くなって、少し変なことを考えるようになっただけ……いやそんなはず……くそっ……」
「あの、どんな、声なんですか……?」
「どんなって、……あれ? 声が止んでる。何も聞こえない……」
「ぱ、パパ?」
「止まった……止まったよリーシャ! やっぱりなんか変な病気だったのかもしれない……そうだよ、解説が聞えるなんて普通じゃない、見えない場所や知らないはずの事をそんな風に知れるなんて……」
「あっ! パパ!!」
「え? ……ぐッ! な」
「へへへ……やったぜ……せめて、手土産くらいはねぇと……どうだクソ野郎!! 特製の魔毒の味はァ!!!」
「パパ! パパ!」
「くそっ……声が止んだ瞬間にこれか……っ」
「へへ、その奴隷、高く売れるんだろ……おい奴隷はこっちへ来い!! たっぷり愉しんだら売りさばいてやるからなァ……へっへ……」
「パパっ、パパ!」
「その子に……触るなッ!」
「おっとあぶねぇ……っ、オラぁ!」
「ぐっ……かはっ……」
「へへ、ワンボを戦わせる前にこの毒矢で撃っちまえば……ボスも馬鹿だ、オレの忠告を聞かないであんな怪物にばっかり頼りやがって……おら、行くぞ奴隷、もうそこでやっちまうか。パパなんて呼ばせやがって。くく、それじゃあパパの前でお遊戯しましょうかねぇ」
「パパっ、パパっ!」
「ぐ……頼む……、誰か……やめろ……」
「へへへへ……オラ、さっさと脱ぐんだよ!」
「あ……や……っ」
「ひへへ、ギャッ! ぐえ、だ、だれ……ぐっ……」
「ひっ! ……パパ!!」
「リ……シャ……」
「ふむ。大丈夫かねお嬢さん。こちらの御仁は‥‥‥魔力の込められた毒だな、神経作用か。出てきて良いぞギリアム! 手を貸してくれ!」
「父上、この方たちは……」
「旅のものだろうが、御仁は魔毒を受けている。一度街へ戻るぞ」
「……り、……」
「安心なされよ。さぁ、お嬢さんも一緒にこちらへ。街道へ出たところに馬車を用意してありますから」
「ぱ、パパ……」
「安心してくださいお嬢さん。僕がお運びします……むっ、ずいぶん荷物が重い……父上」
「うむ」
「しかしお嬢さん、父娘二人で旅とはまた珍しいですな。運悪く毒を受けられてはいるが、お父上は相当の使い手でしょう。この剣は相当の業物だ。形もなんと面白い」
「……」
「いやぁしかし幸いであった。赤い煙信号を目指していたのだが何やら声が聞えまして、来てみればこの様子。吾輩は長く騎士であった身でありまして、いやぁ恥ずかしい話ですが、つまらないケガが原因で早く引退しましてですな。でもなんと、今度は息子が騎士を目指すというもので、魔物の一匹でも相手にして経験を積もうと外へ出たのですがこのような場面に遭遇するとは」
「父上、一人で喋っています。お嬢さん、さぞ怖かったでしょう。父上、この子は怯えていますから」
「わかっておるとも。だからこそこうして話をだな」
「頭の中を整理する時間も必要でしょうから、この子が話を始めるまではそっとしておきましょう」
「ふむ、そうか? いやはや、すみませんなお嬢さん。どうにも息子はあれこれ気にして繊細なところがありまして、これくらいの小さな頃から……」
「父上」
「そうか、うむ、そうか」
「さあ、馬車はあそこです。セリーヌ! 手を貸してくれるか!」
「あれ? 早いですねぇ閣下たち。おや? 魔物と間違えて男性をハントしてきたのですかぁ? やーんワイルドです、お坊ちゃまぁ」
「セリーヌ、毒が回っておるのだ、早く街へ向かう準備を」
「はいはい。いくよぉツチノコ一号、ハゲタカ一号」
「……」
「それで閣下、坊ちゃま、そういえばですけど、このちっこい子はなんですか?」
「どうやら御仁の娘さんらしくてな。怯えてしまって一言もしゃべらないのだ」
「仕方ありません。危うく野盗に口にするにも恐ろしい事をされる寸前だったのです。僕が声を聞いて、父上が野盗を見つけなければ」
「犯されるとこだったとかですかぁ? うへー、大変だったねぇ」
「せ、セリーヌ、そのようなことを言うものではない。すみませんお嬢さん、セリーヌは少しその、色々と変わったところがありまして」
「え~坊ちゃまひどーい」
「……」
「しかしさすがは父上でした。僕の弓の精度はまだ甘い。少女に当てぬようにと思ったせいでかすめることしか出来なかった。父上は急所を必中……父上が居なければ誰も救えなかったかもしれない」
「はっは、まぁこれも運命というものであろう。吾輩達が通りかかり、助けた。ギリアム、なぜ吾輩がこの御仁とこの少女を助けたのだと思う?」
「それは、騎士として弱きものを救ったという事ではないのですか?」
「違うぞギリアム。弱きものという意味では明らかに野盗の方が弱かった。それでも野盗はこの御仁の剣の腕を見切り、毒矢で戦闘を仕掛けた。賢くな。この御仁の実力を見切った上で戦闘を仕掛けたのだ、おそらく生きるのに必死だったのだろう。下の者が上の者に勝つ、知謀の勝利だ。だが吾輩は御仁の味方をした。見方を変えれば理不尽であろう」
「では父上は何故……? いえしかし、あそこは助けなければ……」
「そのような選択を常に迫られるのが騎士なのだ、ギリアム。このような時に瞬時に正しい方を決められなければならぬ。そして正しさというのは、自らの生き方によって変わるものだ。吾輩は単に、この少女の悲鳴に答えたに過ぎないのだ。何度も言うが、騎士とは辛い選択を迫られることもあるのだぞ、騎士を目指すのであれば相応の心構えが」
「でも私は、父上が間違ったことをしたとは思いません、相手は野盗です」
「それはお前が何不自由なく育ってきたからそう思うのだ。一つの思考というのは毒だぞ。回りきるとこの御仁の体のように動けなくなってしまう。あの野盗の側に立てば、やっと手にした希望だったのかもしれぬのだ」
「しかし野盗の味方をするということには……」
「そうではない。ギリアム、相手が野盗だから当然の報いだなどと考えるな。今回に関してはややこじつけがましい話だがな。ともあれその思考は毒だ。どんな時でも大切なのは自分の意思と行動を考えることだ。お前もこの父娘を助けたのだ、良い機会であるからしっかりと助けた意味を考えよ。それが出来てこそ騎士の心に近づく」
「意味などと……」
「閣下、かっこいいですぅ~、話クッソ長いけど」
「はっはっは、吾輩もたまには恰好の良い事を言うのだぞセリーヌ。クッソ長いというのは余計だがな、ははは。ところでチョコレートの置きはまだあったかな。マシュマロでもよいのだが」
「来るとき全部食べちゃったじゃないですかぁ」
「うむ……そうかぁ………………」




