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第三章 Dealake broa Huriam (自由への旅路)-2

 リーシャは真剣に悩んでいるリドムに何か声をかけるべきか思案した。だが今までの生活では発言すら許可を貰わなければ出来なかったのだ。


 ちゃんとした親に育てられていれば確実に他人を思いやれる人間に育っていたはずリーシャは、目の前にいる人への気遣いと自らの境遇のはざまで揺れる。


「リーシャ、許可なんていらないんだ。これからは好きに喋ればいい」


 だがそう言われてもまだよくわかっていないリーシャは「何か喋れという事なのか」と認識した結果。


「あの、私は後片付けをして牢にもどります」


 主人が命令をする前に気を利かせることを強要されているのかと思い、リーシャは席を立って皿を持ち、音をたてないように歩いて水道へ向かおうとした。


「いや、洗わなくていいんだ。牢にも戻らなくていい。これからは自由に生きられるんだよ。今日から君はリーシャなんだから、自分でしたい事を選んで生きる権利がある。奴隷は終わりだ」


 リドムは少女の頭を撫でながらそう言った。すごく繊細な髪質をしていて、泥にまみれて固まっていたりギトギトとする部分もしっかり洗えばきっと綺麗な髪になる。


 顔つきもやつれていなければ子供らしくも可愛らしいとは思ったが、それもそのはず、地下で捕まっていたのは野盗のボスが他の顧客に見せないために入れていたからだ。


 リーシャは奴隷としては複雑な経緯があり、単にひとところで飼われていたわけではない。ある政治家のところでは汚職を隠し切れなくなり党から捨てられたところで家宅捜査を受ける前に奴隷商に売り飛ばされ、またある資産家の時には数か月ほどしたときに強盗に入られて資産家は殺されてしまう。


 隠し部屋で飼われていたリーシャはその家族に奇跡的に発見されるも、家の名誉のために警察に見つかるわけにもいかず再び奴隷商のもとへ。


 その後数度また売られるのだが、一番最近の飼い主は政界に太いパイプを持つ大商社のボンボン息子であった。


 わざわざ奴隷市に参加して大金をはたいて買った奴隷を豪華な馬車に乗せてルンルン気分で持ち帰る途中、この近くの道を通ってここの野盗に襲われ商社息子は死亡した。


 だがリーシャだけは奴隷市で非常に高額で売れたという記録が残されており、それを見た野盗のボスが金に換えようと捕えていたのだ。


 だから少女として綺麗な上に完全に奴隷として調教された人間は高く売れるため、上の階の反抗心の強い安値の奴隷とは分けてあった。


 そんなリーシャだから、自由に生きられると言われてもやはり理解が及ばない。奴隷が終わると言われればむしろこう考えてしまう。


「私は、死ぬということですか?」


 リーシャの抑揚のない物言いは死ぬことへの恐怖も解放される喜びも、何の感情も介在してはいない。ただの確認である。


「違う。君は今日から生きるんだよ」


 リドムは心から「嬉しいだろう!」と言わんばかりに胸を張って言う。まだわかっていなさそうなリーシャの手を優しく引いて、穴倉の外へ出た。


 本当は太陽でも上に浮かんで青い空が広がっていれば気持ちよかったのだが、見えるのは黄昏が侵食されて闇に飲まれかけた暗い空と、雲に隠れようとする月に、あまり見えてない星々。


 自由の始まりには寂しい空ではあったのだが、それでもリーシャには『世界』に変わりない。


「この世界の好きな場所を目指すことが出来るんだ。太陽を追っかけてもいいし月の方へ行ってもいい。その二つを避けて、第三のでかい星を見つけに行ってもいい。それが自由ってな。自分の幸せのために行動を選ぶことが出来るんだ」


 リドムはとにかくこの狭い箱に入れられて生きてきた子に自由を感じてもらいたくて腕を広げながらそう言った。対して。


「……なんだかそれは……」


 少女は間を開けて。


「怖いです」


 そう言ったリーシャの小さな手が強張ったこともわかったから、本当に少女が怖がっていることは伝わってくる。


 飼われる方が安心する……その気持ちはリドムにも理解できない話ではなかった。かつての自分がそうだったのだから。


 いや、そう言い切るには語弊があるだろう。自由へ向かったときの不安を覚えている、とした方が正しい。


「そうだ。怖いぞ。自分のやりたい事をするってのは怖い。なぁリーシャ、聞いてくれるか」


 リドムは自分の話を語りだす。リドムは昔はとても品行方正で、虫一匹殺せないような子供だった。小さい時は親の期待に応えることを至上目標として生きていたし、決まりごとという枠は全て守って生きてきた。


 社会に出てもそうだ、一度は集団の中の歯車として生活をしたことがある。上に指示をされ、それをこなして、自分のやりたい事を押しのけてまでそれに従って。


 でもある日気付いたのだ。自分の意志がどこにもなかったことに。社会では「当たり前」に支配されてしまう、誰かが「当たり前」を声高に語りだした時のバカげた集団心理に、リドムは疑問を感じていく。


 それからじっくり考えた。自分とはなんだったのか、何故やりたくもない事をしなければならないのか。


 単に子供に戻ったと言えばそれまでかもしれないが、それでも人間を動物として捉えた時に「子供」や「大人」とか「正しい」とか「間違っている」というのは酷く不自然な言葉のような気がしてならなかった。


 じゃあ人の中にある判断基準はなんなのか。それは「好き」か「嫌い」かしかなかったのだ。


 ならば好きに生きるべきだ。精神的奴隷からの脱却、リドムは自由を求めた。自分の掴みたい自由のために力いっぱい生きる。


 それは最初は怖かったし、一歩目で辛い道だと感じとれて、決意が必要だとすぐに把握した。生活を送るために必要なものはたくさんある。


 社会の歯車から外れるということは、逆に言えば”滞りなく回される”安定感を捨てる事と同じなのだから、周りからの”そんな生き方間違っている”という反発も、自分の心の中での葛藤ももちろんあった。


 旅の中で初めて盗賊に襲われたときに実感した”自由を奪われるかもしれない”という恐怖感と、それを守るために戦った末に相手を殺した夜の苦しみも覚えているが、それも自由への代価だと考えているし、自分の行動を受け止めて生きている。


 どんな事があろうともリドムは自分らしく生きることに決めたのだ。品行方正に生きてきたかつてのリドム少年が密かに憧れていたいわゆる「賞金稼ぎ(ハンター)」になる夢を、まずは叶えてみようと思っている。


 そんなわけで世界で唯一賞金稼ぎ行為の認められている自由の国クリマイアへ向けて旅をしているのがこのリドムという男である。まだ何者でもない。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ何者でもなくても、それだけ強ければ、素質は充分。
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