始まりの村
ゆるくて短いお話です。
ふとスマホから顔を上げると軽トラが突っ込んできていた。ドライバーの引きつった顔がリアル。
足元は白と黒の縞模様。四角い枠の中で赤く光る無数の点でできた小さな人影が直立しているのが見えた。青く光る無数の点でできた歩く小さな人影ではなく。
つまり。
赤信号。
思いっきり前へ跳んだ。とっさの判断。戻るより速い!
つま先をかすめた軽トラは急ハンドルを切って交差点の中で横転する。火花とガラスの破片をまき散らしながら二転、三転、信号機の柱にぶつかって止まった。
俺は華麗に着地……できるか! びたん、という音が聞こえた気がした。
痛えぇ。
アスファルトに膝と腹と胸と肘から先をしこたま打ち付けたが、跳ねられていたらこんなものでは済まなかっただろう。幸い顔は無事だ。さすが俺!
『プワアアァン! プワアアァン! プワアアァン!』
なんだこの大きな音は?
軽トラによく似た形の、しかし一回りも二回りも大きな物体が迫ってくる。ダンプ。
ああ、そうか。二車線か。
緑色のナンバープレートが視界いっぱいに広がる。
ハイ、死んだ。
気がつくと、のどかな田園風景の中で寝転がっていた。ザ・ふるさと。東京(の近くの県の真ん中ら辺)出身の俺には縁がない(ことになっている)が。
なだらかな丘の中腹に小さな村があり、その周りに様々な色の畑がパッチワークのよう広がっている。その一角、牧草地らしきところで六本脚の牛がのんびりと草を食んでいた。まるで時間の流れが遅くなったような穏やかな景色。
……。
六本脚?
……。
飛行機の影が俺の上を通り過ぎた。
なにげなく見上げた空に飛行機は見当たらない。代わりにエイのような形をした巨大な何かが長い尻尾を揺らめかせて悠然と泳いでいた。
……。
OK、理解した。
異世界だ。
さっきから目のすみっこに何かがちらちらしているのも転生の副作用だろう。
それは○の中に目のマークが書かれた小さなアイコンだった。そのアイコンをじっと見ていると、何やら文字と数字が出てきた。
【勇者:Lv. 100】
・体力 9,999
・力強さ 9,999
・知力 9,999
・魔力 9,999
・素早さ 9,999
・器用さ 9,999
・幸運 312
これが俺のステータスか。幸運が低いのが気になるが、他の能力値はカンストしているようだ。能力チートというやつだな。死ぬ前の、前の世界のことも覚えているし、転生条件としては悪くない。さすが俺!
状況はだいたい飲み込めた。ここにじっとしていても始まらない。まるで俺を待っているかのようなあの村に行ってみよう。
俺の伝説が今、始まる!
村はボロい柵(杭に二枚の細長い板を打ち付けただけ)に囲われていた。それが途切れている所が入口なのだろう。しかし村の名前の看板も案内人も立ってない。勇者に対する礼儀がなってないな。だが強者はそんなことでいちいち腹を立てたりしない。さすが俺!
村に入るとちらほらと村人があらわれた。昼間だから村に残っているのは老人と女子供ばかりと思ったが、意外と若い男が多いな。
遠巻きに俺を見ているだけで、誰も近づいてこない。話しかけようとしたら微妙な表情を浮かべて離れていく。
もしかして言葉が通じない? それは困るぞ!
「あの、もしかして異世界の人ですか?」
顎に手を当てて唸っていたら、一人の村娘が声をかけてきた。英語はわからなくても異世界の言葉はわかる。転生チート万歳。
むさくるしい男ではなく若い娘から声をかけられるとは、さすが俺!
青い目の金髪娘はカワイイからキレイ系に変わる途中の十七、八歳といったところか。待てよ、外人(?)は老けて見えるからもっと若いかも? この世界の成人はいくつだろう? 保護条例とかないだろうな?
「ああ、今来たところだ」
なぜ異世界から来たとわかったのだろう? 服のせいか?
娘はビールバーのウェイトレスのような格好(ドルンドルだっけ?)をしている。他の村人も似たようなものだ。この中では流行の最先端を先取りした俺のファッションは目立つから仕方ない。
「やっぱり。たまに異世界からやってくる人がいるので、あなたもそうじゃないかと思って。たいへんなことになりましたね」
娘が同情のまなざしを向けてくる。たしかにまだ前の世界に未練はあるが、この世界では勝ち組確定だ。同情なんていらん。
それより、俺以外にも転生者がいるというのは聞き捨てならない。敵に回ったら厄介だ。対策を考えないとヤバい。
「モンスターとかに襲われませんでした?」
おそるおそる娘が聞いてくる。
「いや、大丈夫」
「よかったぁ」
娘がほっとした顔で微笑んだ。よほどモンスターが怖いのだろう。勇者の俺の敵ではないだろうが。
「勇者みたいな強そうなクラスだと無茶をする人もいますから。気を付けてくださいね」
「どうして俺が勇者だとわかった!?」
服装からは勇者とまでわからないはず。やはり抑えきれない「勇者オーラ」がにじみ出てしまうのか!?
「ああ、今来たばかりでしたね。ええと、ステータスビューはもう見ました?」
「端の方にあるアイコンのことか?」
「それと同じものが相手の胸のところにも見えるはずです。そこを見つめると相手のステータスビューが表示されます」
すばらしい。ステータスビューを見るという名目で堂々とおっぱいを凝視することができる。
では、さっそく。
娘は胸の前で腕を組んでいる。見えない。
娘の顔を見る。
娘も俺を見る。
無言。
俺は欲求に忠実な男。少々の気まずさくらいで俺を諦めさせることはできない。
無言。
娘が頬を赤く染めながら、そっと腕組を解いた。
勝った。さすが俺!
「……なるべく早くしてくださいね」
「もちろん」
もちろん早く済ませるつもりなどない。
服で強調されているとはいえ、それを差し引いても思ったより大きい。サイズが合ってないのか、窮屈そうに少し押しつぶされている。これは感触を確かめる必要がある。話が終わったらパーティーに加えてやろう。
「あの……、まだですか?」
勇者を急かすとは無礼者め。まあいい、これからいくらでも見られるし、このくらいにしておくか。
さてと、アイコンは、と……あった。ペンダントみたいだが宙に浮いている。確かにあのアイコンだ。
お、出てきた。この娘のステータスは……。
【家事手伝い:Lv. 362,405】
・体力 2,234,537
・力強さ 1,877,296
・知力 5,128,493
・魔力 4,924,765
・素早さ 3,846,622
・器用さ 4.129,056
・幸運 2,772,402
「なぜか異世界から来た人はレベル100で頭打ちになるんですよね~」
俺は頬を赤く染めながら、そっとおっぱいと現実から目を背けた。
つづく(かも?)
出オチみたいな話ですが、一応続きも考えてはいます。
(すぐに書くとは言ってない)




