第9話
「若者の願いは、村の年寄りたちに反対されてしまったのじゃ。文明開化をむかえたとはいえ、まだいろいろな迷信が信じられていた時代じゃ。特に頭の固い年寄りたちは、恐ろしさもあったんじゃろう。若者は当然村人たちを止めようとしたが、村人たちは若者を無理やり押さえつけた。そして、若者が邪魔をせんように、座敷牢に閉じこめたんじゃ」
息をのむ清子に、おじいちゃんは気づかわしげな視線を送りました。青い顔をしながらも、清子はしっかりおじいちゃんの目を見ました。おじいちゃんは深く息をはいて、それから話を続けました。
「清美さんが寝静まった夜中に、村人たちはその家を取り囲んだ。そして、清美さんに気づかれれないように障子を開け、家の中に入ったそうじゃ。寝室では、清美さんが娘だと思っている人形を、大事に抱いて眠っていた。しかし、眠っている間も、その人形は無表情で、さらに目が真っ赤になっておったそうじゃ。さすがに村人たちはおじけづいたそうだが、村人の一人が意を決して、その人形をつかみ、清美さんから取りあげた」
反射的に清子は、となりにいたミーヤを見ました。心なしかミーヤの表情も、苦しみに歪んでいるように見えました。
「清美さんは目を覚まし、女とは思えぬほどの力で暴れまくったそうだ。しかし、村人たちは暴れる清美さんを押さえつけ、人形を奪い、家の外で火をつけて燃やしたのじゃ」
「そんな!」
清子が口を押さえて、目を大きく見開きました。おじいちゃんは苦い顔で、ふさふさのひげを指でつまみました。
「人形はすぐに炎に包まれたそうじゃが、そのとき、それまでまったくしゃべることのなかった人形が、とてつもなくおぞましい叫び声をあげたらしい。それを聞いて村人たちは、やはりなにかがとりついていたんだろうと口々にいいあったそうじゃ。しかし、清美さんは燃やされる人形を、たましいが抜けたようにぼんやりとながめていたという」
清子は思わず立ちあがりました。涙をためた目でおじいちゃんに抗議します。
「ひどいわ、それじゃああんまりよ」
「清子のいうとおりじゃな。娘と思っていた人形を燃やされ、清美さんはひどいショックを受けてしまった。話しかけても答えることなく、ただただうわごとのように、美也子の名前を呼ぶだけになってしまったんじゃ。村人たちは、自分たちが人形を燃やした負い目から、清美さんの世話をすることになった」
おじいちゃんにうながされて、清子はいすにすわりなおしました。それでもまだ口をへの字に曲げています。
「でも、その村人たちがお人形さんを燃やしたんでしょ。清子だったら、そんな人たちにお世話してもらうなんて、絶対いやだよ」
小鼻をふくらます清子に、おじいちゃんはうなずきました。コップにお茶をつぎなおし、話を続けました。
「そうじゃな。清美さんは、当然反発した。村人たちが世話をするのはもちろん、自分の家に入ってくることさえ許さず、刃物をふりまわして追い返したらしい。手のつけられなくなった村人たちは、人形を燃やすのに反対していた、あの若者を世話係に命じた。若者も村人たちからは、つまはじき者として扱われていたから、ちょうどよかったんじゃろう」
「でも、清美さんは、若者をどう思ったのかな?」
思わず口をはさんだ清子の頭を、おじいちゃんはそっと抱き寄せて答えました。
「最初は他の村人たちと同じように接したそうじゃ。じゃが、若者は逃げなかった。刃物をふりまわす清美さんの手をつかんで、必死にいいきかせたらしい。美也子はもう死んでしまったが、清美さんはまだ生きていると。だったら美也子のぶんまで生きる義務があると」
清子がかすかに目をふせたのに、おじいちゃんは気がつきました。それでもなにもいわずに、話を続けました。
「もちろん最初は、清美さんもそんな言葉に耳を貸すことはなかったそうだが、若者は決して逃げなかったそうじゃ。清美さんに刃物で切りつけられても、笑っておったそうじゃ。自分の胸につきさすんじゃなくて、おれに切りつけようとしているうちは、まだまだ大丈夫だといってな」
おじいちゃんが言葉を切ったので、部屋の中に重苦しい空気がただよいました。雨はあいかわらず、窓に絶え間なく打ちつけています。感覚がないはずの両うでから、きしむような痛みを感じました。
「若者はずっと、献身的に清美さんの介護を続けた。そのうちに清美さんも、若者には反発しなくなったそうじゃ。いや、それだけではない。いつしか清美さんは、若者のことを愛するようになっていた。そして、その気持ちに気がついたころから、清美さんの心はだんだんと回復していったのだ」
安心したように、清子が小さくため息をつきました。けれどもすぐに、思い出したようにたずねました。
「でも、おじいちゃん最初に、清美さんが呪いの始まりだっていったよね。清美さんは、その若者と、幸せになれたんじゃないの?」
上目づかいで清子がおじいちゃんを見ました。おじいちゃんは清子の頭をそっとなでてあげました。
「いや、二人は幸せになることができたんじゃ。清美さんと若者は、愛しあい、いつしか夫婦となっていたそうじゃ。年が離れていたとはいえ、二人は本当に仲むつましかったそうじゃ。そして、二人の間に男の子が生まれた。清美さんも若者も、たいそうな喜びようだった。じゃが、それが呪いの引き金となったんじゃ」
「どうして? だって、ようやく清美さんも立ち直れたのに。赤ちゃんだって生まれたんでしょう。それなのに、どうして」
不安げな表情で清子がたずねました。おじいちゃんは難しい顔で答えました。
「二人が幸せになったからじゃよ。清美さんは幸せで、若者から生きる気力をいっぱいもらった。だから前を向いて生きようとしたんじゃ。そして、男の子が生まれたとき、清美さんは初めて美也子のことを、娘だと思っていた人形のことを忘れたのじゃ」
「そんな、それじゃあ美也子ちゃんも、それにお人形さんだって、かわいそうだよ。大事に思われていたのに、忘れられちゃうなんて」
悲しみにあふれる清子の声に、おじいちゃんはそうじゃなとつぶやきました。ふさふさのひげを指でいじりながら、話を続けました。
「確かに、少なくとも美也子のたましいはそう思ったのじゃろう。それに、人形もな。だから、ある晩清美さんの前に、あの人形が現れた。こげて黒くすすけたすがたでな」
「いやっ」
清子が身をすくめます。おじいちゃんはたしなめるように清子にいいました。
「清子は、怖いと思ったか。その人形には、まぎれもなく、美也子のたましいが宿っていた。それでも、怖いと思ったのか」
どう答えていいのかわからず、清子はおじいちゃんの顔を見あげます。しかし、おじいちゃんの目を見ることはできず、視線をそらしました。
「そんな顔をせんでもいい。別におじいちゃんは、清子を責めているわけじゃないんだ。むしろ、清子の反応は正しいじゃろう。だれだって得体の知れないものに対して、恐怖心は持つものじゃ。そしてそれは、清美さんも同じじゃった。かつて大切に思っていた人形を、そして自分の娘のたましいに対して、恐ろしいと思ったのじゃ」
清子がハッと顔をあげました。おじいちゃんはほほえみました。
「わかったみたいじゃな。人形にとって、美也子にとって、それは存在を否定されたのと同じことじゃ。忘れ去られ、あげくのはてに恐れられた」
「本当のお母さんだったのに、そんなふうに思われるなんて」
清子の言葉に、おじいちゃんはうなずきました。
「そうじゃな。だから人形は、いや、美也子の憎しみは清美さんに、そして、自分が与えられるはずだった愛を一身に浴びている、男の子へとむけられた。人形は美也子そっくりの声でいったそうじゃ。『わたしが本当の娘なのに。人形のわたしにうそをついて、娘の代わりにしたくせに。お前たちを呪ってやる。うそをつけば、わたしと同じ人形になる呪いを、お前たちにかけてやる』と。そして人形は壊れた。糸の切れた操り人形のように、機械が壊れたからくり人形のように――」




