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第8話

「ずっと昔、ちょうど日本が明治時代に入ったころ、わしのおじいさんの、そのまたおばあさんの話じゃ。おばあさんがその息子に、そしてその息子がまたその息子にと、語りついでいった話じゃ。そう、この人形師のおばあさんこそが、呪いのはじまりだったんじゃ」

「人形師って、おじいちゃんと同じ?」


 清子の言葉に、おじいちゃんはかわいた笑いをうかべました。


「いや、わしなんかよりももっと才能がある人形師だったそうじゃ。特にからくり人形の製作が得意だったようで、その動きは人間と見間違うほどになめらかだったらしい」

「からくり人形って、お茶を運んできたりするお人形さんのことだよね。清子、前におじいちゃんに見せてもらったことがあるよ」

「そうだったな。清子は本当に人形が大好きじゃな。そういう意味では、清子はその人形師、清美(きよみ)さんとよく似ているのかもしれん」


 おじいちゃんは重々しくうなずき、話を続けました。


「とにかく、清美さんは恐ろしく才能にあふれていたそうじゃ。夫は清美さんが身ごもっていたときに、はやり病で死んでしまったそうだが。それでも無事に娘も生まれた。美也子(みやこ)という名前だったそうじゃ。二人はつつましく幸せに暮らしていたらしい。村の人々も、女手一つで生活しているのが、気がかりだったようで、よく米やら野菜やらをわけてくれていたそうだ」


 おじいちゃんは、ぬるくなったお茶を一口飲みました。清子がおずおずとたずねます。


「清美さんは、幸せだったんだよね。それなのにどうして」

「そうじゃ、幸せだった。再び村に病がはやるまではな。夫を亡くしたときと同じ病だったそうじゃ。まだ幼かった美也子は、みるみるうちに体力がなくなり、最後はほとんど枯れ木のようになって死んでしまった。まるでからくりが壊れた人形のようだったと、清美さんは思ったらしい」


 朝の冷たい空気が、清子の足もとをつつみます。清子がみぶるいしました。


「人間を、しかも自分の娘を、人形と思うなど、きっとこのときすでに、清美さんはおかしくなってしまっていたんだろう。じゃが、そこから清美さんは、ますますおかしくなっていったのじゃ」


 清子の顔が、青ざめています。おじいちゃんはひげをさわりながら、話を続けました。


「清美さんは、自分の家にこもりっきりになったそうじゃ。村の人々も心配して、何度も様子を見に行ったが、いつも家の扉は閉ざされ、明かりもついていなかった。家の中で自殺しているんじゃないかと、そんなうわさまでたちはじめた、そんなある日のことじゃった。清美さんが久しぶりに現れたのじゃ。しかも、清美さんのそばには、はやり病で死んだはずの美也子がよりそっていたという」

「えっ、だって、美也子ちゃんは、死んじゃったんじゃないの?」


 おじいちゃんは首をふりました。


「そのときのことは、清美さんもほとんど記憶がないと語っていたそうだ。きっと魔につかれておったんじゃろう。だからこれは、清美さんが正気を取り戻したあとに、村の者たちから聞いた話じゃ。美也子だと思ったものは、よく見ると人形だったそうだ。清美さんが今まで作りあげた、どの人形よりも人間に近いものだったという」


 清子は反射的に、テーブルの上においてあったミーヤに目をやりました。一瞬目が赤く見えたような気がしましたが、光のいたずらだったのでしょうか、いつもの黒い目に戻っています。おじいちゃんがいたわるように、清子の顔をのぞきこみました。


「怖いか。やっぱりもう話すのは」

「ううん、大丈夫。清子、ちゃんと聞くから」


 顔をあげ、清子がおじいちゃんの目を見つめます。おじいちゃんは清子の手に、自分の大きな手を重ねました。


「その美也子の姿をした人形は、美也子が着ていた服を着て、しゃべりこそしなかったが、動きも美也子と同じだった。じゃが、その顔は完全に無表情だったらしい。それに、からくり人形特有の、関節などの継ぎ目も見てとれたそうだ。それで村人たちも人形だと気づいたんじゃろう。そのときの村人たちの驚きようは、まさに化け物でも見るかのようなものだったそうだ」


 清子の顔が、くしゃくしゃにゆがみました。おじいちゃんはハッとして、それから清子の顔を胸に抱きしめました。


「すまんかった、化け物など、わしはひどいことを……」


 清子のからだのふるえが伝わってきます。おじいちゃんは、ゆっくり清子の背中をさすりました。


「おじいちゃん、やっぱり清子は化け物なの」

「化け物なものか! 清子はわしの、大事な孫じゃ。心配せんでいい」


 ようやく清子のふるえがおさまったようで、おじいちゃんは清子を離しました。まだ口を真一文字にして、目をうるませていましたが、清子は話をうながすようにおじいちゃんを見ました。


「とにかく、村人たちは驚いたそうじゃ。しかし、清美さんの言葉にさらに驚いた。美也子は死んでなどいなかった。この子がわたしの娘だと、そうはっきりいったそうじゃ」

「でも、その子はお人形さんだったんでしょ。清美さんは、本当にお人形さんを美也子ちゃんだと思ってたの?」


 清子の言葉に、おじいちゃんは難しい顔で首をたてにふりました。


「少なくとも清美さんはそう思っておった。じゃが、村人たちは違った。人間そっくりの人形に、しかもその人形が娘だといいはる清美さんを見て、村人たちはこう考えた」


 おじいちゃんはためらうように、言葉を切りました。しかし、清子の顔を見て、再び口を開きました。


「清美さんはおかしくなってしまった。それどころか、なにか良くないものにつかれている。妖怪か、魔物か、そのようなものにつかれていると、そう村人たちは思った。清美さんを除いた村人たちは会合を開いた。そして、清美さんがおかしくなった原因は、あの人形だという結論に達したのじゃ。そこで村人たちは、人形を火で燃やしてしまおうと考えた」

「そんな」


 清子は声も出せずに、ただおじいちゃんの顔を見あげました。本降りになってきたのでしょうか、窓の外から聞こえる雨の音が、先ほどよりも激しくなっています。おじいちゃんは清子の顔をのぞきこみました。清子は大丈夫というように、こくりとしました。


「じゃが、その会合で、人形をかばう意見が出た。村の外れに住む、ある若者からだった。その若者は、清美さんのことをよく知っていて、生きていたころは美也子も、兄のようになついていたそうじゃ」


 仲むつましく遊ぶ美也子と若者のすがたが、ふっと頭にうかびました。するどい痛みが胸に走り、清子は思わず顔をしかめました。


「さて、その若者は村人たちに、あの人形が、清美さんの心のよりどころになっていると主張した。今あの人形を燃やしてしまえば、清美さんは娘を二回も亡くすことになると。だから、本当にあの人形が邪悪なものにつかれているか、もう少しだけ様子を見てほしいと頼んだんじゃ」

「それで、どうなったの?」


 身を乗り出す清子に、おじいちゃんはつかれた様子で答えました。


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