第7話
清子の熱は、それから三日間、ずっと高いままでした。ようやく熱が引いてきたのは、四日目の朝になってからでした。
「少しずつじゃが、食欲も出てきたみたいだな。もう大丈夫じゃろう」
となりに座っていたおじいちゃんが、トーストを清子の口に運びました。清子は口をもぐもぐさせています。梅雨時のしとしとという雨の音が、窓の外から聞こえてきます。
「清子、いったいなにがあったんじゃ。いったいどうしてうそを、しかもなぜ二度もついたんじゃ」
「えっ、二度?」
清子が思わず首をかしげました。おじいちゃんは安心させるように、清子の頭をなでました。
「右手も左手も、木に変わっているじゃろう。この呪いは、一度のうそで一ヶ所だけ、からだのどこかが木に変わってしまうみたいなんじゃ。もちろんわしも、呪いの全てを知っているわけじゃないが」
清子は肩まで木に変わった右うでと、手首まで変わった左うでとを、交互に見ました。
「でも、清子、一度だけしかうそはついてないよ。本当だよ、おじいちゃん」
清子の言葉に、今度はおじいちゃんが首をかしげる番でした。
「おかしいな。一度のうそで、二ヶ所も木に変わるなんて。しかも木に変わっている面積も、場所もおかしい」
「どういうこと?」
おじいちゃんは難しい顔のまま、仕事場へと向かいました。置いてきぼりにされた清子は、テーブルの上に置いてあった、人形のミーヤに顔を向けました。おじいちゃんに頼んで、ミーヤをそばに持ってきてもらったのです。
「ミーヤ、これからいったいどうなっちゃうんだろう。清子、お人形さんにはなりたくない。けどもしお人形さんになったら、ミーヤ、清子のお友達のままでいてくれる?」
手を動かすことはできないので、清子はミーヤのからだに、ゆっくりほおずりしようとしました。そのときふいに、ミーヤの目と視線があい、清子は思わず短い悲鳴をあげました。
「どうしたの、ミーヤ、目が、真っ赤に」
「すまんかったな、これを探しておったんじゃ」
おじいちゃんが仕事場から戻ってきました。手には古ぼけた、分厚い手帳を持っています。
「ん? どうした清子? そんなおびえた顔をして」
「あ、おじいちゃん、今、ミーヤが……」
そこまでいって、清子は口をつぐみました。口に出してしまったら、なにか恐ろしいことが起きるような気がしたのです。かわりに清子は、おじいちゃんの手帳に視線を移しました。
「おじいちゃん、その手帳は?」
「ああ、これか。この手帳は、呪いの症状を、ご先祖様たちが記録していたものじゃよ。この呪いは、ずっと昔から代々引きつがれているんじゃ」
おじいちゃんは手帳を開いて、ぱらぱらとめくっていきました。
「やはりそうじゃ。どの記述にも、一度のうそでからだが二ヶ所も木に変わるなんてことはのっていない。それに、どれだけ強い気持ちをこめても、一度のうそで手が、しかも手首や肩まで木に変わるなんてことはない。せいぜいつめの先や、髪の毛、耳たぶあたりが木に変わるだけなはずじゃ。いくら清子の呪いが強いからといって。あ、いや、なんでもない」
清子がいぶかしげにおじいちゃんを見ます。おじいちゃんは軽くせきばらいをしました。
「ともかく、今までの呪いの症状と、清子の症状が違っておる。きっとなにか理由があるはずなんじゃ」
「でも、清子本当に、一度だけしかうそついてないよ。清子、何度もうそつくような、うそつきの悪い子じゃないもん」
くちびるをふるわせて、必死に主張する清子に、おじいちゃんははげますようにうなずきました。
「わかっておる。清子が悪い子じゃないことは、おじいちゃんが一番わかっておる。ただ、もし一度のうそでこうなってしまったんなら、呪いの力が増しているということじゃ。この手帳にも、世代を重ねるごとに呪いが強くなっていると書かれている」
清子の目が、大きく見開かれました。おじいちゃんはあわてて首をふりました。
「もちろん、まだ決まったわけじゃない。怖がらなくても大丈夫じゃ、おじいちゃんがついてる。だが、どちらにしても、どんなうそをついてしまったかは、知っておかないといかん。清子、いったいどうしてうそをついたんじゃ。もちろん話したくなければいいんじゃよ。ただ、もし話すことで、清子が楽になるんだったらと思ってな」
おじいちゃんの言葉に、清子はゆっくりと顔をあげました。目をしぱしぱさせながら、清子は話しはじめました。
「姫川さんに、いわれたの。『高倉君とつきあえる』って、うそをつけって。そうすれば、清子のうそは本当になるから、高倉君とつきあえるって。うそをつかないとひとみちゃんもいじめるって」
おじいちゃんは苦い顔をして、自分のひげをいじりました。
「それで、うそをついたのか」
清子はうつむき、じっと考えこんでいましたが、やがて首をふりました。
「ううん、つきあえるっていううそはつかなかった。でも、姫川さんに、『心をこめてうそをつく』ってうそをついたの。心をこめたふりをしたの。だって、ひとみちゃんが高倉君のこと好きなの、清子知ってたから」
「清子は、ひとみちゃんのことを思って、うそをついたんじゃな」
つらかったなというと、おじいちゃんはそっと清子の肩を抱いてあげました。清子のからだはふるえています。
「ううん、違うの。それだけじゃないの。清子、そのあとひとみちゃんと会って、一緒に帰ってたんだけど、ひとみちゃんに清子のうでを見られたの。あのときのひとみちゃんの目が、真っ赤に染まってて、それで、怖くて……」
それから清子は、無我夢中で逃げてきたのです。頭がずきずきと痛み、清子は顔をしかめました。あのときのことを思い出すと、なぜか頭が痛むのでした。手首から肩まで、木になってしまった右うでがきしみます。おじいちゃんはなにもいわずに、ただただ清子を抱きしめました。
「清子、つらいだろうが、よく聞いてくれ」
おじいちゃんの胸に顔をうずめていた清子が、そっと顔をあげました。
「全て話そう。わしたちの先祖がかかった呪いの話を。そして、清子の両親の話を」