第6話
「お帰り、清子。走ってきたのか、そんなに息を荒げて」
清子が家に帰り着くと、いつもどおりおじいちゃんが出迎えてくれました。さっきまで仕事をしていたのでしょう。手には木製のデッサン人形を持っています。だらんとたれた木の手足が、ぶらぶらと不気味にゆれています。
「どうした、清子、もしかしてかさを持ってなかったのか。びしょぬれじゃないか。それにこんなどろだらけになって」
おじいちゃんは、心配そうに清子に近よります。清子はふらふらと、おじいちゃんの胸に倒れこみました。びしょぬれなのに、清子のからだはやけどしそうなくらいに熱いです。
「こりゃいかん、すごい熱だ。清子、すぐにからだをふいて、着がえなさい。早く病院に行かんと」
しかし、清子はおじいちゃんの手をしっかりとつかんで、首をふりました。
「清子、病院には行きたくない。だって、清子のうで、清子のうで……」
清子は自分の両うでを、おじいちゃんに見せました。とたんにおじいちゃんは、へなへなとその場に座りこんでしまったのです。
「清子、お前、うそを……」
清子の両うでは、人間のうでではなくなっていました。左うでだけでなく、右うでまでもが木に変わっていたのです。しかも、左うでは手首だけなのに、右うでは手首から肩にかけてまで、木になっています。おじいちゃんにつられるように、清子も座りこみました。雨でぐしょぐしょになったほおが、今度は涙でぬれていきました。
「おじいちゃん、ごめんなさい。清子、悪い子になっちゃった。おじいちゃんとの約束、破っちゃった。清子、悪い子だ。悪い子……」
うわごとのようにつぶやき続ける清子を、おじいちゃんは力強く抱きしめました。
「心配ない、なんにも心配ないぞ、おじいちゃんがついてる。おじいちゃんが守ってやる。だから、なんにも心配ないぞ」
言葉とはうらはらに、おじいちゃんのからだは清子以上にふるえていました。清子はおじいちゃんの胸に顔を押しつけたまま、くぐもった声でたずねました。
「おじいちゃん、これが、おじいちゃんがいってた『呪い』なの? 清子のうで、木に変わっちゃった。清子、おじいちゃんが作ってる、お人形さんたちと同じになっちゃうの? デッサン人形みたいに、自分じゃなにも動けない、なにもできない人形に」
「今はなにも考えんでいい。とにかく早く着がえなさい。風邪薬を飲んで、今日は寝るんじゃ。」
おじいちゃんは清子のからだを、かかえるように抱き起こし、お風呂場へと連れて行きました。ぐったりして今にも倒れそうな清子の髪を、タオルでしっかりふいていきます。
「さ、あとはからだをふいて、ぬれた服を着がえんとな。大丈夫じゃ、おじいちゃんも手伝うから、そんな顔をするんじゃない」
「でも、清子、こんなうでなのに、着がえられないよ。だって、木になってるんだよ。着がえてるときに、もしかしたら折れちゃうかもしれない。おじいちゃん、清子、怖いよ……」
しゃくりあげる清子の頭をゆっくり抱きよせて、おじいちゃんはいいました。
「絶対に折れん。心配しなくていい」
とてもしっかりした口調だったので、清子は思わずおじいちゃんの顔を見あげました。
「本当に?」
「ああ、本当じゃ。さ、早くからだをふいて、着がえよう。風邪がもっとひどくなってしまうぞ」
清子は素直にうなずきました。おじいちゃんの表情が、少しだけやわらいだように見えました。
ふらふらになりながらも、なんとか清子はからだをふいて、着がえまですますことができました。ダイニングのいすに、くずれるようにすわりこみます。
「頭、がんがんする。清子、死んじゃうのかな」
「なにをバカなことを。大丈夫だ」
おじいちゃんは清子のとなりにすわりました。手には湯気の立つマグカップを持っています。
「はちみつ入りのホットミルクじゃ。わしが飲ませてやるからな。食欲はあるか? 気持ち悪かったりせんか?」
「なんにも食べたくない」
清子が弱々しく答えます。おじいちゃんは清子に体温計を渡しました。
「じゃが、少しでいいからなにか食べておかないと、薬が飲めないぞ」
「苦いお薬?」
「まあ、そうじゃ。ちゃんと飲まんといかん。卵がゆを作ったから、これも食べなさい」
おじいちゃんが茶わんに、卵がゆをよそいました。清子はおじいちゃんを、上目づかいで見ました。
「どうしても食べないと、だめ?」
「そうじゃ。少しでも胃に入れておかんと」
清子はうつむいたまま、なにも答えませんでした。体温計がピピピとなります。
「どれ、見せてごらん。……三十八度五分か。やはり風邪を引いてしまったんだな。熱が高いから、とにかく今日はしっかり寝ておきなさい。卵がゆを食べたら、ちゃんと薬を飲まないといかんぞ」
「お薬なんていい。だって治ったって、清子、お人形さんになっちゃうんでしょう」
おじいちゃんは目をむきました。外の雨音が、だんだんと強くなっていきます。清子は弱々しい声でつぶやきました。
「おじいちゃん、清子、お人形さんになっちゃうの? うそをついたから、悪い子だから、お人形さんになっちゃうの?」
「やめなさい、清子」
しかし、清子はやめませんでした。うなされているように頭をふりながら、ぼそぼそとつぶやき続けます。
「清子、やっぱり呪われているんだ。うそをついたから、おじいちゃんとの約束を守らなかったから。清子が悪い子だから――」
「清子!」
おじいちゃんは清子を両手で抱きしめました。からだは木でできていませんでしたが、それでも今にも折れてしまいそうです。清子ももう限界だったのでしょう、おじいちゃんの胸の中で、ワンワン泣きわめいています。
「悪かった、わしが悪かったんだ。わしが息子たちを止めなかったから、だから清子がこんな目に」
おじいちゃんも清子を抱きしめたまま、泣いていました。どのくらいたったでしょうか。清子の泣き声が、だんだんと弱くなり、最後は寝息へと変わりました。おじいちゃんは清子を起こさないようにゆっくり抱きかかえ、寝室へと運んでいきました。