第4話
雨の音が、教室の雰囲気をよりいっそう重くします。清子の脳裏に、おじいちゃんの怖い顔がうかびました。しかし、百花たちに囲まれて、清子にはもう逃げ道がありませんでした。
「……わ、わかったよ」
清子は初めて、心をこめてうそをつくことを決心したのです。そのとたん、清子の長い髪の毛が、バチバチと逆立ちはじめました。まるで、静電気をおびているようです。それとともに、清子はこめかみをぎゅうっと押されるような、強い頭痛におそわれました。
「それじゃしっかり心をこめて、うそをつくのよ。わたしと高倉君がつきあえるって」
念を押すように百花が清子にせまります。清子は視線を落としたまま、うなずきました。舌がびりびりとしびれて、痛みで涙があふれそうになります。それでも清子はがまんして、言葉を口にしました。
「うん。でも、ちゃんと約束だよ。清子、ちゃんとうそをつくから、心をこめて、うそを、つくから、だから、ひとみちゃんにはひどいことしないで」
舌のしびれにつっかえながらも、清子はなんとかいい終わりました。いい終わると、清子の舌の痛みはスーッと引いていきました。罪が口の中にとけていくような気持ち悪さに、清子は思わず口を押さえました。
「いいわ、約束してあげる。今からうそをつくあんたと違って、わたしはうそなんてつかない良い子だからね。でも、あんたもバカね。もとはといえばひとみが大声であんたの秘密をしゃべってるからいけないのに。それなのにあいつのことかばうなんて」
鼻で笑う百花を、清子がまっすぐにらみつけました。
「ひとみちゃんのこと、悪くいわないで!」
清子が予想外に大きな声を出したので、百花はぎょっとして、のけぞりました。当の清子も、自分で出した大声に驚いたようです。そのまま言葉を探していましたが、やがてぼそぼそとつぶやきました。
「だって、ひとみちゃんは清子の大事なお友達だもん。いつも清子のことを守ってくれるもん。清子は、ひとみちゃんのことを……」
そのまま言葉を飲みこみ、清子はだまってしまいました。
「そんなことより、ほら、さっさとうそをつきなさい。なによ、今になっておじけづいたんじゃないでしょうね」
百花が清子の肩を、ぐいっとつかみました。
「そんなことないもん。清子、ちゃんと約束は守るよ」
むくれる清子を、百花は冷たい目で見おろします。清子はすぐに視線をそらしました。
「まあいいわ。じゃあいいなさい」
「わかった、でも、清子もうそつくの、初めてだから、本当に成功するかわからないよ。もしかしたら、本当になるまで時間がかかるかもしれないし」
「ふん。もしわたしと高倉君がつきあえなかったら、そのときは本当にトイレに閉じこめたまま出さないからね」
あぜんとする清子を見て、百花は意地の悪い笑みをうかべました。
「あんたって本当にいじめがいがあるやつよね。おどおどして、本当に正直だけがとりえのグズだわ。まあ、今からうそをつくんだから、そのとりえもなくなっちゃうんだけど。どうしようもないグズになっちゃうね」
「そんな……」
半泣きになって、清子は百花を見あげました。さっきまで逆立っていた清子の髪の毛も、いつの間にかもとに戻っていました。
「いまさらいやだなんていわせないわよ。さっさといいなさいよ」
「わかった、いうよ。姫川さんは高倉君とつきあえる」
心をこめないで清子はいいました。祈るように手をにぎりしめ、目をつぶって、けれども心をこめないで清子はいいました。心をこめていないから、舌もしびれず、清子はすらすらということができました。清子はすでに、百花に対して『心をこめてうそをつく』と、うそをついていたのです。しかし、百花たちは気づかなかったようで、手を取りあってはしゃいでいます。
「やった、やったわ、これでわたしは、高倉君とつきあえるのね」
子どものようにはしゃぐ百花から目をそらし、清子はひとみの顔を思いうかべました。
――ひとみちゃん、清子、ちゃんとひとみちゃんの秘密を守ったよ。ひとみちゃんが高倉君を好きって気持ち、守ったよ――
いたずらっぽい目で、心の中のひとみが笑ったように感じました。しかし、清子はまだ気がついていませんでした。自分のからだの変化を。『呪い』がどんなものなのかを。
「清子、大丈夫だった? ずいぶん時間かかったみたいだけど」
下駄箱で清子のことを待っていたひとみが、心配そうにたずねました。百花たちからようやく解放してもらい、ひとみの顔を見たことで、清子は心底ほっとすることができました。
「うん、大丈夫。ちょっと怖かったけど」
「えっ」
「ううん、なんでもないよ」
清子はあわてて首をふりました。今日百花たちに呼び出されたのは、ひとみには内緒にしていたのです。
――内緒とうそは、違うよね。大丈夫、清子、うそはついてないもん――
うそはつかない代わりに、清子はみんなに、いくつもの『内緒』を作っていました。うそじゃないけれど、だれにもいわない秘密の内緒。でも、ひとみは内緒を見つける天才でした。
「本当に大丈夫? やっぱりなにかあったんじゃないの」
くりくりした目が、しっかりと清子の目をとらえます。清子はうつむき、そのままだまりこんでしまいました。
――なにか話すと、きっと言い訳にうそをついちゃうから、なにも話さないのが一番いいよ。清子はもうこれ以上、うそつきにはなりたくないもん――
だれかになにかを聞かれたら、『内緒』にするか、『だまりこむ』か。うそをつかないために、清子はずっとこんな生きかたをしてきました。それが原因で、百花のような女の子たちは、清子のことをいじめるのでしょう。そのことは、清子自身が一番良くわかっていました。
――しかたないよ。清子、悪い子になりたくないもん。でも、もううそをついちゃったから、清子、悪い子だ――
「ちょっと清子、聞いてる?」
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