第3話
「清子は、『ピノッキオ』という話を知っているか?」
「あっ、知ってる。こないだ、幼稚園で紙しばいしてくれたの」
清子の声がぱあっと明るくなりました。
「そうか、じゃあピノッキオがうそをつくとどうなるかも、知っておるな」
「うん。こうやってね、お鼻がぐんぐんのびていくんだよ」
清子は自分の鼻をつまんで、指でのばすまねをしました。
「そうじゃそうじゃ。ピノッキオは、うそをつくとおしおきとして鼻がのびる。しかしな、清子。お前の場合は、鼻がのびるだけではすまないんじゃ」
おじいちゃんが再び怖い顔をします。清子はおじいちゃんにしがみつきました。
「もし、清子がうそをついたら、どうなっちゃうの」
「それは……」
おじいちゃんは口ごもりました。清子がおじいちゃんを見あげています。
「清子が心をこめてうそをつくと、ピノッキオと同じ、人形になってしまうんじゃ」
「人形って、ミーヤみたいな?」
おじいちゃんはなにも答えませんでした。清子が泣きそうに顔をゆがめて、おじいちゃんに抱きつきました。
「おじいちゃん、どうしよう。清子、うそをついちゃった……」
「なんじゃと! 清子、いったいどうしてうそをついたんじゃ!」
目をむくおじいちゃんに、清子はびくっとふるえました。おじいちゃんはあわてて清子の頭をなでます。
「あ、いや、それはもういい。いったいどんなうそをついたんじゃ、おじいちゃんに話しておくれ」
おびえるようにおじいちゃんを見あげる清子でしたが、やがて、ぽつり、ぽつりと、今日あったできごとを話しはじめました。
「あのね、幼稚園で、いじわるする男の子たちに追いかけられてたの。清子、いっつもその子たちにいじわるされてるから、また今日もいじわるされると思って、逃げてたの。そしたらひとみちゃんがいじわるする男の子たちから、清子を助けてくれたんだよ。男の子たちととっくみあいになって、でも、そしたらひとみちゃんが机にぶつかっちゃって、先生が大事にしてるコップが落ちて、割れちゃったの」
コップが割れたときのことを思い出したのでしょうか、いつの間にか清子の声が鼻声になっています。
「それでね、コップが割れちゃったって、男の子たちは逃げちゃうし、ひとみちゃんは泣き出しちゃったの。だから清子、ひとみちゃんがかわいそうになって、それで」
「それで、うそをついてしまったのか?」
これ以上清子を怖がらせないように、おじいちゃんが落ち着いた声で聞きました。清子は首をふりました。
「ううん、あのね、おじいちゃん。清子、ホントは今までも、うそをつこうとしたことがあったの。清子、悪い子だよね。でも、いつも、うそをつこうとしても、舌がびりびりってするから、うそをつけなかったの。でも、今日はひとみちゃんがすごい泣いちゃって、それに先生が大事にしてたコップだったから、びりびりしても、びりびりがまんして」
「うそをついてしまったんじゃな」
おじいちゃんが重苦しくうなずきました。こころなしか、おじいちゃんの手がふるえているように見えます。
「うん。ひとみちゃんが、コップは割れちゃったんだよねって聞いたから、清子、『コップは割れてない』って、うそをついちゃった。でもね、そしたらコップが、割れてたコップが、元通りになってたんだよ。ひとみちゃんもビックリしてた。でも、すぐに清子に、ありがとうって。清子ちゃんがコップ直してくれたんだって。」
いきなりおじいちゃんが、清子を力強く抱きしめました。突然のことに清子はからだを硬くしましたが、やがて声をあげて泣き出してしまいました。おじいちゃんは清子を抱きしめたまま、できるかぎり優しく、長い髪をなであげました。そのときおじいちゃんの指に、なにか硬い、節のようなものがふれたのです。おじいちゃんは反射的に、清子の髪に目をやりました。
「これは、小枝か。ああ、そうか、よかった……」
「おじいちゃん?」
しゃくりあげながら、清子が顔をあげました。おじいちゃんは清子の髪の毛をなでながら、もう一度清子を抱きしめました。
「大丈夫じゃ、清子。もう心配ない。今回のうそでは、人形にならずにすんだようじゃ」
おじいちゃんにいわれて、清子は目を大きく見開きました。
「えっ、ホント? 清子、お人形さんにならないの?」
「そうじゃ。じゃが、次はどうなるかわからん。今回は髪だけですんだが、次はどこが木に変わるか」
「えっ?」
きょとんとする清子に、おじいちゃんはあわててせきばらいしました。清子が首をかしげます。
「ともかくじゃ、清子、約束しておくれ。もう二度とうそはつかんと。どんなに小さなうそでも、絶対につかんと。うそをつこうとしたら、舌がびりびり痛くなるじゃろう。そうなったら絶対にうそはついてはいかん。びりびりをがまんしてうそをつけば、それは心をこめたうそとなってしまう。そして、清子は木の人形に……いや、とにかく約束してくれるか」
おじいちゃんに見すえられて、清子は泣きながらうなずきました。
「うん、清子、もう絶対にうそはつかないよ。お人形さんにはなりたくないもん」
おじいちゃんはほっとしたように、自分のひげをなでつけました。それから思い出したように、清子の髪をさわりました。
「そうだ、清子。今日は髪を切ろう。もうずいぶんのびたからな」
「えっ、切っちゃうの? でも清子、長いほうが好きだよ」
上目づかいに、清子はおじいちゃんの顔を見ました。左手でミーヤを抱きしめて、右手でおじいちゃんの手をつかんでいます。
「そうだな、だが、切らんといかんのじゃ。清子、わかってくれ」
おじいちゃんがみけんにしわを寄せて、怖い顔をしています。清子はなにもいわずに、だまっておじいちゃんにうなずきました。
――そっか、きっと清子が、うそをついたから髪を切られちゃうんだ。清子が、うそをつく悪い子だから。だからおじいちゃん、あんなに怖い顔をしているんだ――
おじいちゃんに髪を切られたその日、清子は然寝つけませんでした。おじいちゃんからいわれた『呪い』という言葉が、頭の中をずっと、ぐるぐると回り続けていたのです。
――清子は人間だもん。お人形さんになんてなりたくないもん。だから、うそをつかない、良い子にならないと。悪い子になったら絶対だめなんだ。良い子にならないと――
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