第2話
清子はおじいちゃんと二人暮らしです。清子のお父さんとお母さんは、清子が赤ん坊のころに、交通事故で亡くなったそうです。物心ついて、お父さんとお母さんのことをたずねたときに、おじいちゃんがそう教えてくれたのでした。おばあちゃんもお父さんが小さいころに、病気で亡くなったので、二人っきりの家族なのです。そして、幼いころの清子にとって、おじいちゃんの仕事場は一番の遊び場でした。
「おじいちゃん、また今日もお仕事見てていい?」
仕事場にやってきた清子に、おじいちゃんはふさふさのひげをさわりながらうなずきました。
「もちろんじゃとも。さ、おいで。足元に気をつけてな」
清子は顔を輝かせて、急いでおじいちゃんのそばへやってきました。仕事場には、何本ものノミや彫刻刀、のこぎりなどがびっしりとたなの中に入っています。そのむかいがわのたなには、デッサン人形や三つ折れ人形、それにお茶を運ぶからくり人形までもが、きれいにならべられています。
「今日はどんなお人形さんを作ってるの?」
おじいちゃんはいろいろな人形を作る、人形師という仕事をしていたのです。おじいちゃんの人形は、木でできているのに、関節までていねいに作られていました。まるで人間のように動かせる人形たちは、清子にとって大切なお友達だったのです。
「お人形さん、楽しみだな。清子、おじいちゃんのお人形さん、どれも好き。男の子のお人形も、女の子のお人形も。みんなお友達だよ」
その日もいつものように、清子はおじいちゃんの作業を、わくわくしながら見ていました。おじいちゃんは慣れた手つきで、木と木を組みあわせ、関節の動きを確認して、そして人形の顔を彫っていきました。
「よし、あとは色をぬって、髪の毛や服を作ってあげたら完成じゃ。今日は清子にも手伝ってほしいんじゃが、いいか?」
「えっ、いいの?」
清子は目をまるくして、おじいちゃんを見あげました。
「ああ。お客さんにあげる人形は、清子は手伝ったらいかんが、この人形は別じゃ。清子も来年は小学生だから、少し早いが入学祝いにと思ってな。だから清子もいっしょに作ってほしいんじゃよ」
おじいちゃんが大きくてごつごつした手で、清子の頭をゆっくりとなでました。清子がその手に、ぎゅうっと抱きついてきます。
「ありがとうおじいちゃん。清子、いっぱいがんばって、かわいいお人形さんにするね」
おじいちゃんはいとおしそうに目を細めて、清子に細い筆をわたしました。
人形の色ぬりと、髪の毛や服などのとりつけが終わったのは、それから一週間もあとのことでした。おじいちゃんは清子に、筆の持ちかたから教えなくてはなりませんでしたが、清子は根気よく練習しました。そのため最後は、おじいちゃんといっしょにですが、人形の目に色をぬることができたのです。
「うむ。よくがんばったな、清子。ほら、だっこしていいぞ」
おじいちゃんから、できあがった人形を受け取り、清子が満面の笑みをうかべました。
「ありがとう、おじいちゃん。大切にするね」
清子はいすから立ちあがると、となりに座っていたおじいちゃんに抱きつきます。おじいちゃんは清子を抱きかかえ、自分のひざの上に座らせました。おじいちゃんのひざの上は、清子の特等席なのです。
「かわいいな。女の子のお人形さんだ。見て、おじいちゃん。髪の毛、清子もがんばってつけてあげたんだよ」
人形の髪の毛は、とても細い絹糸を使って作られていました。さわりごこちがよく、手でなでるとさらさらと指からこぼれ落ちます。
「清子が手伝ってくれたから、かわいい人形ができたな。服も上手に作ってくれて、喜んでるぞ」
人形の服は、大きくなって着れなくなった、清子のお気に入りの花がらスカートが使われています。コスモスの花が、さわやかなワンピースをいろどっています。
「あとは名前をつけないと。なにがいいかなあ。ニーナ、ミーナ、あ、ミーヤがいいな」
清子の頭をなでていた、おじいちゃんの手が止まりました。
「ミーヤ、か」
「おじいちゃん、どうしたの?」
人形のミーヤを抱きかかえたまま、清子はおじいちゃんの顔を見あげました。
「そうだな、そろそろ清子も小学生になる。もう教えておかなければならないな」
「なあに、おじいちゃん」
目をぱちぱちさせる清子の手を、おじいちゃんは自分の手でつつみました。
「清子はもう、小学生のお姉さんになるんだから、うそをつくことが悪いことだというのは、知っているだろう」
「えっ、う、うん……」
清子が顔をふせました。おじいちゃんは気づいていないようです。
「清子はうそをつかない良い子だから、ちゃんとわかってくれると思うが、うそはついてはならんぞ。清子、お前は絶対にうそをついてはいかん。それがたとえ、だれかを守るうそでもな」
「どうして?」
清子が首をかしげます。
「なぜなら、清子が気持ちをこめてついたうそは、うそではなくなってしまう。ついたうそが、本当のことになってしまうんじゃ。そういう『呪い』を、お前はかけられているんだ」
おじいちゃんは苦い顔でつぶやきました。
「『呪い』って、どういうこと? それに、うそが本当のことになるって、なんでも本当のことになるの?」
人形のミーヤを胸に抱きしめて、清子はおじいちゃんにたずねました。
「そうじゃ、どんなことでも本当になる。もし清子が、『かわいい服を持っている』とうそをつけば、そのとおりに、つまりかわいい服が手に入る。『おいしいお菓子を持っている』とうそをついても、それ以外でも、心をこめてうそをつけば、それは本当になってしまう」
「えっ、なんでも本当のことになるの」
目をきらきらさせる清子に、おじいちゃんは顔をこわばらせました。
「そんないいものではないぞ、この呪いは。たとえば、もし清子がお友達とけんかをして、その相手がひどい目にあうとうそをつけば、そのとおりになる。そんなことはしないと思うが、もしその相手が、『この世にいない』とうそをつけば、それは本当のことになる。つまり、その子はいなくなってしまうんじゃ」
「いなくなっちゃうの?」
清子の顔が真っ青になります。重々しくうなずいて、おじいちゃんは続けました。
「そうじゃ。だから、だれかを憎んだり、うらんだりしてはダメじゃ。もしなにかのはずみで、悪いうそをついてしまえば、それは全て本当のことになってしまうからな」
「でも、お洋服とか、お菓子とかなら、いいんでしょ。清子、お友達がきらいだからって、いなくなれなんて、そんなこと思わないよ」
ちょっぴりほおをふくらませる清子を見て、おじいちゃんはほほえみました。
「そうじゃな、清子はそんな悪い子じゃないからな。お友達がこの世にいないなんて。そんなひどいうそはつかないだろう。じゃが、他のうそをついてもならんぞ。たとえお菓子や服のことでもじゃ」
「なんで?」
清子が不安げな顔で、おじいちゃんを見あげます。おじいちゃんは、清子の頭を優しくなでました。