第16話
雨の音がだんだんと強くなっています。木でできた手と足には、寒さがじかにしみこんできます。清子は全身の力がぬけていくのを感じました。ミーヤのすがたとなった清子は、ゆっくりとおじいちゃんを見あげました。
「おじいちゃん、もういいよ。清子、もうあきらめたから。きっとばちが当たったんだよ。清子のような悪い子は、おじいちゃんの孫にふさわしくないんだ。だから、清子のからだまで奪われて」
「そんなことない、清子はわしの自慢の孫じゃ。そんな悲しいことをいわんでくれ」
しゃくりあげる清子を強く抱きしめ、おじいちゃんは首をふりました。
「とにかく早くやつらを追いかけるんじゃ」
「でも、追いかけてどうするの。美也子ちゃんは、うそを本当にする力を持っているんだよ。それに清子は人形だし、悪い子だし」
「清子」
おじいちゃんは清子をそっと、テーブルの上にすわらせました。お父さんとお母さんの人形の間です。
「すまんかった。わしが全て悪かったんじゃ」
突然あやまられて、清子はよろよろとテーブルの上に立ちあがりました。しかし、すぐにバランスを崩してその場に倒れこんでしまいます。苦しそうなうめき声をあげ、清子は投げやりな口調でいいました。
「どうしておじいちゃんがあやまるのよ。だって悪いのは清子でしょう。おじいちゃんとの約束、破っちゃったんだから。うそつきの悪い子になっちゃったんだから」
「清子……」
一度言葉にしてしまったら、あとからあとから、思いはあふれて口から出ていきました。清子はどんどん声を荒げながら、おじいちゃんに気持ちをぶつけました。
「清子ね、ずっとおじいちゃんのいいつけを守ってきたんだよ。絶対にうそをつかないように、悪い子にならないようにって。でも、清子はうそをついた。悪い子になったっていいから、ひとみちゃんを守りたかったの。だけどね、ひとみちゃん、清子のことを化け物だっていったの。化け物だから、だれも清子のことを好きにはならないって。だから清子なんて、いなくたっていいんだよ。なにも守れず、うそつきの悪い子になった清子なんて、この世から消えてしまえばいいんだ」
起きあがるのをあきらめたのか、清子はテーブルの上にぐったりと横たわりました。あいかわらず木のからだは、あちこちきしんで痛みましたが、それすらもどうでもよくなってしまったのです。ですが、おじいちゃんは違いました。清子のからだを持ちあげると、棚に入っていた雨がっぱを取り出しました。
「……おじいちゃん、いったいなにをしているの?」
「決まっとるじゃろう。やつらを追いかける準備じゃ」
清子がおじいちゃんのうでの中で、手足をめちゃくちゃに動かし、暴れだしました。驚きながらも、おじいちゃんは清子を離しませんでした。がっしりつかんで、抱きしめます。暴れても手から逃げられないとわかった清子は、今度は大声でどなったのです。
「おじいちゃんなんかが追いかけても、どうにもならないじゃん! 清子はもうあきらめたっていったでしょ。清子なんか、うそつきで悪い子の清子なんか、この世から消えちゃったほうがいいんだよ!」
「じゃあ清子は、あいつらを止めたいとは思わんのか? このままじゃ、清子のクラスメイトたちが、あいつらのうそのえじきになってしまうんじゃぞ。それとも清子は、いじめっ子だから、どうなってもいいと思うのか?」
清子が人形の顔をぐっとあげて、おじいちゃんを見あげました。おじいちゃんはけわしい顔のまま続けました。
「すまん、わしにこんなことをいう資格はないじゃろうが、それでもわしは、清子をここまで追いつめてしまったつぐないをしたいんじゃ。わしは知っておった。清子がわしのいいつけを守ろうとするあまり、うそをつかないようにしようとするあまり、自分の本心を隠して、押し殺して、きゅうくつな『良い子』をよそおって生きてきたことを。……そんな人形のような生きかたを、わしは清子にさせてしまっていたんじゃな」
人形といわれて、清子の木のからだが、みしみしと音を立ててきしみました。からだと、そして心の痛みをごまかすために、清子は冷たくいいはなちました。
「そんなこと今さらいわれたって、もうどうにもならないじゃない。それにおじいちゃんは、清子がどれだけがんばってたか、うそをつかないように、どれだけ苦しんでたかなんて、全然知らないくせに!」
「ああ、そうじゃな。わしは清子の苦しみはわからんかった。いや、そうじゃないな。わかろうともしとらんかった。人形のような生きかたが、うそをつかない良い子であることが、清子を傷つけないただ一つの生きかただと、そう思いこもうとしておった。清子が『良い子』のかげで、ずっと泣いておったのを見て見ぬふりしてな」
おじいちゃんは、清子をお父さんとお母さんの人形の間に置きました。三体の人形をじっと見ながら、おじいちゃんはひげを指でさわりました。
「どうしてわしが、この年まで、木にならずに生きてこれたかわかるか?」
突然聞かれて、清子は首を横にふりました。おじいちゃんは疲れたようにいすにすわりこみました。
「わしも清子と同じように生きてきたんじゃ。ずっと自分の本心を隠して、うそをつかない『良い人』を演じようとしてな。じゃが、そんなのは自分の意思を持たぬ人形と同じじゃ。うそをついてもいい。大切なものを守れず、ずっと後悔をかかえて生きていくより、うそをつく悪い子のほうが、どれだけ人間らしく生きていることか。清次は、清子のお父さんとお母さんは、清子を守ろうとしてうそをついた。清子だってそうじゃ。大切な友達を守ろうとしてうそをついた。じゃがわしは、だれも守ることができんかった。今もそうじゃ。どうすればいいかなんて、答えは出ているのに、恐れで足がすくんでおる」
「おじいちゃん……?」
張りつめた糸のように、口を真一文字にむすんだおじいちゃんを、清子は不安そうに見あげました。おじいちゃんは自分にいい聞かせるように続けました。
「清次と陽子さんが、人形になってしまったときに、あの美也子がわしの前に現れたときに、わしにできることはあったんじゃ。じゃがわしは、うそをつくのが怖くて、人形になってしまうのが怖くて、なにもできんかった。だが、今は違う。わしはこれ以上後悔したくない。人形のままでいたくない。悪い人間になってもいい、それでもわしは、大切なものを守りたいんじゃ」
「おじいちゃん、いったいなにをするつもりなの?」
おじいちゃんは清子に向きなおりました。その目に宿る、強い光を見たときに、ふいに清子は全てをさとりました。
「まさかおじいちゃん、うそをつくつもりじゃ」
「それしかない。あの呪いをこの世から消し去るためには、そして清子のからだを取り返すためには、わしがうそをつくしかないんじゃよ」
「だめっ!」
よろめきながらも、清子はテーブルの上に立ちあがって、おじいちゃんにかけよりました。おじいちゃんのごつごつした手に、必死になってしがみつきます。
「ダメだよ、そんなことしたら、おじいちゃんまでお人形さんになっちゃう! そしたら清子、ひとりぼっちになっちゃうよ。そんなのいやだよ」
おじいちゃんは、しがみつく清子を抱きかかえて、それから再び、まっすぐに清子を見ました。いつもなら視線をそらす清子も、今はしっかりおじいちゃんの目を見つめます。
「わかってくれ、清子。清子を守るためには、こうするしかないんじゃ。清子が友達を守ったように、清次と陽子さんが清子を守ったように、わしも清子を守りたいんじゃ」
「でも、でも……」
口ごもる清子に、おじいちゃんは笑いかけました。雨が上がったあとの空のように、晴れ晴れとした笑顔でした。
「もう決めたことじゃ。だが、危ないから清子はここで待っていなさい。なあに、心配することはない。あんな呪いに負けるほど、わしは老いぼれとらん。だからちゃんと待ってるんじゃぞ」
「ダメだよそんなの、ダメだってば。おじいちゃん、お願い、考えなおして」
おじいちゃんは清子をテーブルの上に戻すと、雨がっぱを着てから部屋を出ていきました。清子はただただ、テーブルの上で木のからだをふるわせるしかありませんでした。
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