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第15話

「そうだった。清子が、清子がひとみちゃんを――」


 真っ青になってつぶやく清子に、ミーヤのすがたをした美也子(みやこ)が楽しげに話しかけます。


「ようやく思い出したようね。そうよ、あなたがひとみちゃんの存在を、なかったことにしてしまったのよ。わたしもずっとあなたたちを呪ってきたけれど、他人の存在をなかったことにするほど、強いうそをついた人間はいなかったわ。そういう意味では、あなたは本当に化け物だったってことよ。力も、それに悪意だって」


 コッコッと木の足でテーブルを鳴らしながら、美也子が清子に近づきます。


「やめろ、清子にひどいことをいうんじゃない。清子、気にしてはならんぞ、やつこそ化け物じゃ。化け物のいうことなど」

「やめて!」


 清子が大声をあげました。


「清子……」


 おじいちゃんは押しだまりました。そのすきをついて、清子に美也子が飛びかかったのです。


「きゃあっ」


 清子のからだに美也子がふれた瞬間、とてつもない光が二人からあふれ出たのです。逃れようとする清子に、美也子がしがみつきます。おじいちゃんは思わず目をつぶってしまいました。もがき苦しむ清子の悲鳴が、部屋中にひびき渡ります。


「あああぁぁぁぁっ!」

「清子、清子」


 おじいちゃんが必死で清子を呼びます。なんとか目を開き、部屋の中を見わたすと、光はいつの間にか収まっていました。


「清子!」


 床の上に、清子と人形のミーヤが、折り重なって倒れていました。おじいちゃんは急いで清子にかけよります。


「清子や、大丈夫か」


 おじいちゃんは清子を抱き起こしました。しかし、清子はおじいちゃんのうでを払いのけ、すっと立ちあがったのです。そのからだは、夜の闇よりも真っ黒でした。


「清子、どうしたんじゃ」


 驚き、とまどうおじいちゃんを、真っ黒な清子はきつい目つきでにらみつけました。その目は血で染まったように、真っ赤に変わっています。


「なれなれしくあたしの名前を呼ぶんじゃないよ。もうあたしは、あんたの知ってる清子じゃない」


 真っ黒な清子がくるっと回ると、もとの清子のすがたに変わりました。しかし、目はあの不気味な赤色のままです。清子はくるくるとおどりながら、今度はあの歌うような口調でいいました。


「そうよ、わたしは美也子。そして今の子が影の清子ちゃんよ」


 ひとりで二役を演じているかのようなしゃべり方に、おじいちゃんは目をむきました。しかし、おじいちゃんにはかまわず、清子のすがたをした美也子が、ミーヤの人形を指さしました。


「そして、おじいちゃんの知ってる清子ちゃんは、それよ」


 おじいちゃんはなにがなんだかわからず、清子とミーヤを交互に見ます。


「う……ん……。ここは……」


 清子の声が、ミーヤから聞こえてきました。おじいちゃんはもう一度、ミーヤと清子を見比べました。


「まさか、お前たち」

「今ごろ気づいたのか。そうさ、あんたが知ってる清子のからだを、あたしたちが乗っ取ったのさ」


 真っ黒に染まった影の清子が、ほえるように笑い声をあげました。


「もともとは影の清子ちゃんも、清子ちゃんの一部だったから、思ったよりも簡単に入れ替われたわ。なんにせよこれで、わたしたちは人間の肉体を手に入れることができた。本当に清子ちゃんには、感謝しても感謝しきれないわね。ありがとう」


 今度は美也子が、あざけるように笑いました。


「えっ、いったい、どういうこと」


 ミーヤ、いいえ、ミーヤになってしまった清子が、ふらふらと立ちあがろうとしましたが、うまく立ちあがれません。木でできた手足が床にあたって、コツコツとむなしい音をかなでます。清子はおぼつかない様子で、おじいちゃんと乗っ取られたからだを見ます。


「今いった通りよ。わたしたちがあなたのからだを乗っ取ったの。当然の罰よね。清子ちゃんは、お友達を消しちゃったんだから。うそをつく悪い子には、お似合いだわ」


 美也子のからだが真っ黒に染まります。影の清子も鼻で笑っていいました。


「あたしはもともと、このからだの主だったから、かえしてもらったっていうほうが正しいかもだけどね。でもまあ、このからだも、あたしのようにうそなんかつかない良い子のほうがふさわしいだろ」

「そんな、かえしてよ、清子のからだ、かえしてよ」


 ミーヤのからだで、清子がうめくように声をあげます。人形なので涙を流すことさえできません。


「清子のからだを乗っ取って、お前たちはいったいなにをするつもりじゃ」


 おじいちゃんがこぶしをにぎりしめます。


「なにをって、別になにも決めてないぜ。っていうか、あたしたちはもう目的を果たしたんだ。今さらなにかしようなんて思ってないよ」

「なんじゃと? いったいどういうことじゃ」


 影の清子が美也子のすがたに変わりました。美也子はあの、バカにしたような笑い顔で、おじいちゃんを見つめました。


「わたしの目的は、あなたたち清美(きよみ)の血を引く人間たちを呪って、苦しめることよ。うそをつくあなたたちに罰を与える。それがわたしの目的よ」

「そしてあたしの目的は、あたしをだまし続けてきた清子に復讐することさ。あんたも知ってるだろう。清子はうそをつかない代わりに、ずっと秘密とごまかしを作ってきた。それで作られた人格こそが、このあたしさ」


 おじいちゃんは目をむいて、影の清子と、それから人形になってしまった清子とを、交互に見ました。


「じいさん、あんたが知らないはずはないだろう。清子はあんたのいいつけを守ろうとして、ずっとずっと、自分にうそをつき続けたんだ。自分の本心を隠して、うそをつかないために、自分をうその仮面でおおったんだ。清子があたしを生んだ母なら、あんたはあたしを育てた父だ。清子がそうなったのは、結局あんたがまいた種ってことさ」

「そんな、わしはただ、清子が呪いを受けぬようにと思って……」


 おじいちゃんは口ごもってしまいました。影の清子のすがたが、美也子のすがたに戻りました。美也子はくすくす笑いながら、ミーヤになった清子を手でさわりました。そのとたん、美也子は小さく悲鳴をあげたのです。


「イタッ、今のはいったいなに?」


 手を引っこめて、美也子は清子をにらみつけました。


「まさかミーヤのやつ、まだ生きていたの? 人形ふぜいのくせに!」


 なんのことかわからず、清子はただその場にうずくまるだけでした。しかし美也子は、警戒するように清子を見おろしています。


「まあいいわ。どうせミーヤの守りは、わたしだけにしかきかないんだから。別の人間に頼めば、ミーヤごと清子ちゃんを料理することができるわ」

「いったいどういうことなの? さっきからなにをいっているの?」


 清子のわめき声を聞いているうちに、美也子が意地の悪い笑いをうかべました。思わず清子はあとずさります。


「うふふ、いいこと思いついちゃった。ねえ、影の清子ちゃん。せっかく清子ちゃんがわたしたちにからだをくれたんだし、清子ちゃんの望みを叶えてあげましょうよ」


 美也子のからだが、黒く染まっていきます。影の清子が、歯をむき出しにして笑いました。


「へっ、美也子は本当に面白いことを思いつくな。確かにそれはいいアイディアだ」


 たまらず清子がさけびました。


「今度はいったいなにをするつもりなの!」

「なに、せっかくお前のからだをいただいたんだ。お礼にお前の望みをかなえてやろうと思ってさ。清子、お前いじめられてたんだよな。だから、あたしたちがそのいじめっ子に復讐してやるよ」


 もし人形でなければ、清子の顔は真っ青になっていたところでしょう。清子はうわずった声でさけびました。


「復讐なんて、そんなことやめて、お願い、これ以上ひどいことしないでよ!」


 影の清子が、再び美也子のすがたに変わりました。美也子は楽しげな口調で聞きかえします。


「なんでひどいことなの? だって、あなたをいじめていた悪い子たちでしょう。ならしかえししなくちゃ。清子ちゃんがひとみちゃんにしたみたいに」


 そういわれてしまうと、清子はもうなにもいいかえすことができませんでした。うなだれる清子に、美也子はくすくす笑いながらいいました。


「悪いことをしたら、ちゃんと罪はつぐなわなくっちゃね。清子ちゃんだって、うそつきの悪い子だから、そんなすがたになっちゃったんでしょう。でも大丈夫よ。学校ではちゃんと、わたしたちが『うそをつかない良い子』の清子ちゃんを演じてあげるから。そうやって上手にうそをついて、だれにもばれないようにいじめっ子をこらしめるわ。安心しなさい」

「いじめっ子をあたしの手下にしたら、今度はお前の番だ。ミーヤの守りも、あたしと美也子以外の人間には効果はないだろうからな。いじめっ子をあやつって、お前の木のからだをバキバキにへし折ってもらうから、楽しみに待ってな、ハハハハハ」


 影の清子が、男の人のように大きく口を開けて笑いました。


「やめろ、頼む、やめてくれ! わしならどうなってもいいから、清子だけは」


 すがるようなおじいちゃんの手を、影の清子は勢いよくはらいのけました。


「まとわりつくな! 安心しろよ、清子の次はあんただよ、じいさん。秘密とごまかしの種をまいたつぐないは、きっちりしてもらうからな」


 影の清子は、頭にひびく高笑いをしながら、部屋を出ていってしまいました。あとに残されたのは、ぼうぜんと立ちすくむおじいちゃんと、涙も流せずにすすり泣く清子だけでした。


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