第11話
「わしの息子、つまり清子の父親である清次は、今までの一族のだれよりも呪いを強く受けついでいた。さっき話したが、普通は一度うそをついたくらいなら、木に変わるのはせいぜいつめの先や髪の毛ぐらいじゃ。もちろんついたうそによってそれも変わるが、清次は違った」
おじいちゃんはお父さんの人形の、左手首をなでながら続けました。
「清次が清子と同じぐらいの年のことじゃった。やはり清子と同じように、清次は友達のためにうそをついた。野球部だった友達が、肩を壊してしまい、二度と野球ができなくなってしまったそうじゃ。だから清次は、その子の肩が壊れていないとうそをついた」
「そんなすごいうそをついたの? でも、それじゃあ」
「そうじゃ。友達の肩は治ったそうじゃが、清次はその代償を負った。この左手は、そのうその反動で木に変わってしまったんじゃ」
清子は思わず、お父さんの人形の左手首に顔を近づけました。
「でも、お父さんのお人形さんは、左手がなくなってるよ」
おじいちゃんはつかれたように、顔を手でぬぐいました。ひげをさわりながら、苦しそうに息をはきました。
「おじいちゃん?」
「すまん。きっと清子には、つらすぎる話かもしれんが、それでも聞いてくれるか?」
おじいちゃんはつらそうに清子の顔をのぞきこみました。おじいちゃんのごつごつした手に、清子はそっとほおを近づけました。
「大丈夫だから。だから、おじいちゃん、清子に話して」
「そうか。わかった。清次は友達を助けた代償を負ってしまった。清次も野球部だったが、友達の代わりに清次は野球ができなくなってしまった。木の左手だったら、どうしようもないからな。それどころか、こんな左手を他の人間に見られたら、きっと怖がられ、恐れられるだろう。清次は……。清次は自ら、自分の左手を切り落としたんじゃ」
清子の目が大きく見開かれました。言葉を失い、口を手でおおいます。あとからあとから、大粒の涙が目からあふれてきます。
「おじいちゃん……お父さん……」
おえつをもらしながら、やっとのことで清子は、ほおでお父さんの人形にふれました。左手首はとても冷たく、ふれると少しきしみます。木に変わった清子の両うでから、みしみしといやな音がしました。
「すまんかった。本当はもっと、清子が大きくなってから話すべきだったんじゃが」
「ううん、いいの。お人形さんでも、お父さんに会えたんだから。でも、こんなの、つらすぎるよ」
おじいちゃんは力強く、清子の顔を胸に抱きしめました。おじいちゃんの胸の鼓動が、ゆっくりと清子に伝わってきます。両うでから聞こえていた、みしみしという音が消えていきました。
「……清次は呪いの恐ろしさを、身をもって体感した。だから清次は、呪いに対して強い恐れをいだいていた。その恐怖は、清子が生まれたあたりから、よりいっそう強くなってしまった。」
清子から離れると、おじいちゃんは話を続けました。お父さんの人形をなでる手つきは、他の人形たちを作るときと同じで、深い愛情が感じられました。清子の視線を感じ取ったのか、おじいちゃんはふっと笑いました。
「清次もそんなふうに、わしが作る人形を見ていたよ。清次は不器用だったし、左手を失ってしまったから、人形を作ることはからっきしだったが。だからこそ陽子さんにひかれたんじゃろうがな」
「陽子さんって、もしかして」
息をのむ清子に、おじいちゃんは女の人の人形を抱きかかえて答えました。
「そうじゃ、清子のお母さんじゃよ。陽子さんはわしの弟子でもあった。それこそ清美さんのように、精巧な人形を作ることができた。からくり人形専門という点も、清美さんと同じじゃった」
「お母さんが、そんなすごい人だったなんて、知らなかった」
おじいちゃんは目をふせました。
「本当はちゃんと、清子の両親のことを話してやりたかったんじゃが。さびしい思いをさせてしまったな」
「ううん、そんなことない。おじいちゃんと一緒だったから、清子、さびしくなんて全然なかったよ」
清子がいいましたが、おじいちゃんはそれでもすまなそうな顔をしています。清子は話題を変えるように聞きました。
「でも、どうしてお父さんとお母さんが、お人形さんになってしまったの? お父さんは呪われていたかもしれないけど、でも、なんでお母さんまで」
清子の言葉に、おじいちゃんは重々しくうなずきました。
「うむ、それじゃあ続きを話そう。清次は呪いを非常に恐れていた。ご先祖様たちの手帳にもあったとおり、この呪いは世代を重ねるごとに、どんどんと強くなっていく。そんな清次に娘の清子が生まれた。自分よりも強い呪いを受け継いでいるなら、きっと清子も呪いのために、不幸になってしまう、そう清次は考えた。だから清次は、清子をこの呪いから開放するすべを探しはじめたんじゃ」
おじいちゃんは、ふさふさのひげに指をうずめながら、小さくため息をつきました。
「だから陽子さんと相談して、とんでもないことを考えついたんじゃ。人形による呪いなら、人形を使って、呪いを解くことができるのではないかと」
「人形を使うって、どういうこと」
おじいちゃんは疲れたように、額を手でぬぐいました。
「陽子さんの残したノートに、二人のした儀式の詳細がのっておった。これじゃよ」
おじいちゃんはテーブルの上に、一冊のノートを開きました。細くきれいな字が、びっしりならんでいます。きっとお母さんの字なのでしょう。清子はその字を追っていきました。ノートには日記のように、作業がこと細かく書かれていました。
『七月三十日。とても暑い日だ。作業は順調。よりしろとなるからくり人形のからだは完成。あとは清子の髪を頭にぬいつけて、心臓部に清子の血をしみこませた綿を入れれば、儀式に必要な人形は完成する』
『八月四日。ようやく清子の髪をからくり人形の頭にぬいつける。明日はいよいよ清子の血を取り、心臓部にとりかかる。清子が泣かなければいいけれど』
『八月五日。清子の手を切り、綿に血をしみこませる。清子は大泣きして、今は泣きつかれて眠っている。ごめんね。でも、あと少しのしんぼうよ』
『八月六日。清次さんのお清めが完了。身を清めるためにずっと会えていない。この儀式が終わるまでのがまん。明日はいよいよ儀式だ。これで全て終わる。うそにおびえる日も終わり、わたしたちはようやく普通の暮らしをすることができるんだ』