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第10話

 六月だというのに、家の中は肌寒く、清子はぶるっとみぶるいしました。雨の音だけがしとしとと絶えず聞こえてきます。呪いによって木になってしまった両うでを、清子はじっと見すえています。


「……じゃ、じゃあ、清子にかけられた呪いは、そのお人形さんの、ううん、美也子ちゃんがかけた呪いなの?」


 清子はようやく口を開きました。のどがからからで少し痛みます。おじいちゃんは無言で席を立ち、たんすの中から暖かそうなタオルケットを取り出しました。それを清子の肩にかけてあげます。


「すまんかった、寒かったじゃろう。今日は少し冷えるからな。お茶をいれるか」

「うん」


 おじいちゃんは新しいコップにお茶を入れて、フーフーしながら清子に飲ませてあげました。からだの芯から温まります。清子がほうっと息をはくのを見て、おじいちゃんは再び立ちあがりました。


「少し待っていてくれるか?」


 おじいちゃんは自分の仕事部屋へと入っていきました。タオルケットをしっかりからだに巻きつけて、清子はじっとおじいちゃんを待ちます。


 おじいちゃんがいったように、今日はずいぶんと冷えこむ気がします。はだしの清子は、足をそわそわさせながら、テーブルにすわっていたミーヤに話しかけました。


「今日は寒いね。でも、お人形さんの手が、こんなに寒さできしむなんて、清子、知らなかった。ごめんね、ミーヤ。きっとミーヤも、こんな寒い思いしてたんだよね」


 小学校に入りたてのころは、清子はいつもミーヤといっしょでした。学校にこっそり持っていっては、先生に見つかってしかられていたのを思い出し、清子は胸がくすぐったく感じました。


「あのころはずっといっしょで、寝るときだってベッドでいっしょに眠ってたよね。でも、だんだん清子は、一人で眠るようになった。ごめんね、ミーヤ。さびしい思いさせて、ごめんね」


 清子はミーヤに顔を近づけて、ゆっくりとほおずりしました。さっきとは違い、今度はうまくほおずりすることができました。乾いた木のからだのはずですが、そこには確かにぬくもりを感じました。


「よかった。いつものミーヤだわ」

「あと少しなのに、邪魔をしないで」


 清子はハッと顔をあげました。どこからか、女の子の声が聞こえてきたのです。あわてて部屋の中を見まわしますが、もちろん部屋にはだれもいません。ミーヤに目を移すと、一瞬目が赤く光ったように見えました。


「ミーヤ……?」

「すまんな、押入れのずっと奥に隠しておったから、取り出すのに時間がかかってな」


 おじいちゃんが、なにかをかかえて、仕事部屋から戻ってきました。清子はすがるように、おじいちゃんを見つめました。


「どうしたんじゃ? なにかあったのか」

「おじいちゃん、あのね、さっきだれかの声が聞こえてきたの。女の子の声が」


 おじいちゃんは目をむきました。


「女の子の声じゃと。まさかそれは……。いや、そんなことはない。大丈夫じゃ、清子。おじいちゃんがついておる」


 ですが、言葉とはうらはらに、おじいちゃんの手がふるえていることに、清子は気がつきました。


「おじいちゃん?」

「大丈夫じゃ、なんでもない。それより、これを清子に見てもらいたくてな」


 おじいちゃんが手に持っていたのは、二体の人形でした。両方のうでにかかえていますが、大きさは清子のこしの辺りぐらいまででしょうか。男の人形と、女の人形でした。清子は人形に近づきました。


「初めて見るお人形さんだ。でも、どこかで見たことある気もする。それに、なんだか見てると、あったかい気持ちになるわ」


 清子は二体の人形を、今度はまじまじと観察しました。男の人形は、短い髪に、優しい目をしていました。それに大きくてごつごつした手は、おじいちゃんの手によく似ています。けれども人形には、なぜか左手首だけがありませんでした。


 ――こっちのお人形さんは、おじいちゃんの若いころかな。じゃあ、この女の人は、もしかして清子かな――


 女の人形は、長い髪をうしろで束ねていましたが、髪をおろせば、きっと清子と同じ髪形になるでしょう。それに、少したれた目に小さな口も、清子にそっくりです。人形はさわやかに笑いかけていました。


「おじいちゃん、清子、このお人形さん見るの初めてだよね」


 清子はおじいちゃんの顔を見あげました。おじいちゃんは無言でしたが、目じりのあたりがかすかに光っています。


「おじいちゃん、泣いてるの?」


 おじいちゃんはかかえていた人形をテーブルの上に置くと、目じりを指でぬぐいました。そして胸ポケットから、一枚の写真を取り出して、清子に見せてあげました。


「おじいちゃん、この人たちは」


 そこに写っていたのは、男の人と女の人でした。うでを組んで笑っています。女の人は、どことなく清子と似ている気がします。


「清子は、お父さんとお母さんの写真がないことに、疑問を持ったりはしなかったか?」


 おじいちゃんから聞かれて、清子は首をかしげました。確かに、家にはお父さんとお母さんの写真は一枚もありませんでした。


「うん、不思議には思ったけど、でも、清子にとって家族は、おじいちゃんだけだから」

「そうか、ありがとう。うれしいことをいってくれるな。じゃが、本当はこの一枚だけ、お父さんとお母さんの写真は残っていたんじゃ」

「えっ、じゃあ、この人たちが、清子のお父さんとお母さんなの」


 清子は食い入るように写真を見つめました。写真の中のお父さんは、おじいちゃんとよく似た、優しげなまなざしで清子を見ています。お母さんは、お父さんの手にうでを組んで、さわやかな笑顔をうかべています。幸せそうな写真でした。


「本当は清子に見せたかったんじゃが、この写真を見せると、この人形が見つかったとき、気がつかれるだろうと思ってな」


 おじいちゃんの言葉に、清子は固まってしまいました。おじいちゃんが持っている写真から、清子はおそるおそる視線を人形に移しました。


「まさか、そのお人形さんたちって」

「……そうじゃ。呪いによって人形にされてしまった、清子のお父さんとお母さんじゃ」


 清子のからだが、がたがたとふるえはじめました。頭がガンガンと痛み、めまいで今にも倒れそうです。


 ――だから、こんなに似てるんだ。髪形も、顔つきも、それに、目も――


 おじいちゃんが再び清子のからだを抱きしめました。


「すまん、本当は見せたくなかったんじゃ。清子が悲しむことなど、わしにはわかっていたはずなのに」

「おじいちゃん、どうして、どうしてお父さんとお母さんが、こんなことになったの。清子と同じで、呪いが強かったから? どうしてお母さんまで? 呪いは、清美さんの血を引く人だけじゃなかったの」

「落ち着きなさい、ちゃんと話すから、だから落ち着くんじゃ」


 清子はふるえるからだで、おじいちゃんにしがみついています。


「いやだよ、清子、怖いよ、お人形さんになんて、なりたくないよ」

「大丈夫じゃから、落ち着くんじゃ」


 おじいちゃんに何度も背中をさすられて、ようやく清子のからだのふるえがおさまってきたようです。


「ごめんなさい、もう大丈夫だから。おじいちゃん、教えて。お父さんとお母さんになにがあったのかを」


 おじいちゃんは意を決したようにうなずきました。


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