どこにでもあるありふれた損をした話
※この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。
※NiOさんのエッセイ「NiOさんは某天才少年革命家you tuberを応援しております!」で神戸が感想を書いたところ、余談の部分について盛り上がったらしいので、書いたエッセイです。経緯を知りたい方はそちらを読んでみてください。
※神戸の謎多き人生についての質問は受け付けておりません。
小学生のときに国有林と牛で損をした。
どこにでもあるありふれた損をした話です。
学習塾、そろばん塾、習字、スイミングスクール、ピアノ……
小学校の時の私は、義務教育を目前に警察のご厄介になったためか、英才教育という名目の自由時間を削り取る生活に縛られておりました。
(関係者の方々におかれましてはその節はお世話になりました)
幼少のみぎりの苦役とも思われる強制労働のためか、私の成績はぐんぐんと伸びていき、通知表はほぼ最高評価でした。
しまいには通知表の担任所感欄に『お子さんは先生を始めとする大人を舐めてる節があります』と書かれるほどでした。
(担任のK先生、本当にご迷惑をおかけしました)
そんな殺伐とした若葉の時期、ある日、酔った父親に応接間に呼び出されました。
ソファに腰掛けた父は、底の厚いグラスを片手に何故か上機嫌でした。
死者多数の事故を生き残り地方新聞の紙面を飾ったとは思えない笑顔です。
机の上にはフランスの英雄の名が冠された黒色のボトルと、数枚のファイル、そして預金通帳が無作為に置かれてました。
父に呼び出されると、例え笑顔で迎えられていようが5割の確率で拳に依るお小言だったので、当時私は戦々恐々としていました。
なんの用事だろう……
学校のガラスを割ったことだろうか?
(用務員さん、その節は……)
工事中の家に忍び込んで秘密基地代わりにしていたことだろうか?
(建設会社の関係者の方々、そのせ)
塾の月謝でテレビゲームを買ってしまったことだろうか?
(塾の先生、その)
友達と水泳部の部室に鳩を8羽詰め込んだことだろうか?
(水泳部の方々、そ)
「ここに100マソある」
通帳をトントンと叩きながら、父がそう告げました。
100マソと言われても、私にはその価値がよくわかりませんでした。
テレビゲームが1本0.5マソから1マソくらいの価格で売られていたので、150本分でしょうか。
※皆さんがご存知の通りコーエーのゲームなら100本買えません。
「お前ももう金の使い方を覚えても良いだろう。この中から100マソ分投資してみろ」
「え?」
「選べば良いんだ。選べば」
机の上においてある様々な投資先の書類。
私はそれを見回し、いつものぶっ飛んだ思いつきに疑問を覚えつつも、まあ親の余興に付き合うだけだろと適当に選ぼうとしてました。
詳細は省きますが、父は余興が好きでした。余興に付き合い10マソ儲けたこともありました。
「ちなみに、この金はお前のお年玉も含まれる。学資保険以外のお前の将来のための積立の金だ」
「ホワイ?」
父の何気ない一言に、疑問の声を挙げます。
「リスクがない投資はだめだ。学べないからな」
父の言葉を頭の中で反芻しました。
何故、他者の提案に自分がリスクを取らなくてはいけないのだろうか。
謎が謎を呼びます。
「貯金で」
「だめだ。投資してみろ」
だめだ。日本語が通じない。
酒が回っているのだろう。
正常な判断ができていない。
過去にこういう席で、「遊んでいるだけで5マソ手に入る」という内容で契約書を書かせたことがあるので間違えない。
そのときも父は酔いが覚めた後は覚えていなかった。(金は回収した)
真剣に書類に目を通す。
証券会社……だめだ。NO村證券で父が数百マソ損したという話を聞いたことがある。
金……手堅いが手数料がかなり高い。一年間の取引量によっては国に届けを出さないといけない。
ドル預金……これも手数料がかかるので、元本が必要だ。いや、ニュージランドドルなら海外に講座を作れば移住もできるかもしれない。
元……切り上げによって得をする可能性はある。元立ての口座が大手にないのが問題だ。(当時)
結局のところ、素人の考え休みに似たりというやつです。
国が保証しているのだから大丈夫だろうと国有林。
育った牛の牛肉が送られてくるということで牛(銘柄忘れました)。
この2つに50マソずつ投資することに決めました。
その後、一部の利益が分配される時期になったのですが、国有林の売却分配金も牛も何も送ってきません。
電話は繋がるのですが、順次返却しているからと要領を得ません。
後になってわかったことですが、「詐欺ではないが、事業が波に乗れず自転車操業的に金を回している」とのこと。
公にはそれを詐欺という。
カァーカァー
烏の鳴き声が聞こえてきます。
烏は賢い鳥です。今の鳴き声も仲間に危険を知らせる合図なのかも知れません。
ところで、アルバトロスって知ってます?
格好いい名前ですよね。和名はアホウドリです(笑)
アルバトロスは警戒心のない鳥です。
その無防備さ故に人間に狩り尽くされ、IUCNのレッドリストではVU。つまり絶滅危惧Ⅱ類に該当しています。
毟られた?……
頭の中で神戸は無数のアルバトロスになっており、国有林という名のトレントに鞭打たれ、牛という名の暴れ牛に肉を食わされ続けておりました。
冷静になれ。
こんな苦難は幾度も超えてきたはず。
自分にステイクールと言い聞かせます。
ジャングルジムから友達が落下して、頭から大量の血を流していたとき、
看護婦の運転する車に跳ね飛ばされ、クシャクシャになった自転車と伴に宙を舞ったとき、
そのときに比べれば、まだマシだ。そう言い聞かせます。
「もしもし神戸と申します。詐欺にあったのかも知れません。相談をしたいのですがご都合の良い時間を教えていただけないでしょうか」
魔術回路が焼き切れるほど頭を回転させた結果、私は電話帳で調べた弁護士に連絡を取りました。
見た目は子供、頭脳も子供、その名は名探偵神戸!
……今になって思えば、なんて子供なんでしょうね。
アスファルトから気化熱でゆらゆらと陽炎が見られる真夏日、神戸は七五三のようなスーツもどきを着て、母親を連れて弁護士事務所に向かいます。
子供だけだと相手にされないことが予測されたからです。
財布の中身が心配になる方もいるかも知れませんが、大丈夫です。
電話で予約した際に、おおよその相談料は把握してました。
30分5000円。
テレビゲーム買えるじゃん。弁護士儲けすぎだろ。当時はそう思いました。
眩しい日差しにカザした手でひさしを作り、見渡します。
所謂、商業街の一角に目的地はありました。
立派なビルです。
入り口のポストを見たところ、商業ビルの1フロアが事務所のようでした。
舐められたら負ける。
何で唐突にこんなことを考えたのか今となっては謎です。
これから話す相手が味方なのか敵なのかの区別もついていません。
英才教育の賜物でしょうか。
「先日お電話した神戸です」
門戸が開いてそうな雰囲気だったため、扉を開けながら自分が何者かを伝えます。
扉の真正面は向かい合わせのソファがありました。
ソファさんは何も答えてくれません。
仕方がないので、誰に言われたわけでもないのにソファに座ってみました。
母親に頭を叩かれました。
「はーい」
しばらくの後、パーテーションの奥からお姉さんが出てきます。
このときやけに反応が遅かったのは昼下がりの情事にふけっていたのかも知れません。
拳を握り、親指を人差し指と中指の間から突き出します。
当時、学校で流行ってました。
母に再び頭を叩かれました。
傲岸不遜にソファで戯れる私を目の当たりにしたから、お姉さんは一瞬驚いた顔をしましたが奥に通してくれました。
そこにいたのは20代と思われる男性。
こいつか。
こいつが弁護士か。
若いな。若いやつはだめだ。
自分のことを棚に上げ、相手を分析します。
「牛の話でしたよね?」
こちらが子供にもかかわらず、青年は敬語で話しかけてきました。
その後はトントン拍子で進んでいきます。
弁護士から電話をしてもらったり、書状を書いてもらいました。
やはり専門職が出てきたというのが効いたのでしょうか、元本はすぐに帰ってきました。
相談料、手数料分は損をしましたが、想定よりも大きな損失ではありませんでした。
名探偵神戸は、良い判断をしたようです。
以上が、小学生のときに国有林と牛で損をした。
どこにでもあるありふれた損をした話でした。
得するうまい話なんてないんです。
そんな都合の良い話があったら、秘匿して独り占めしますって。
手数料で胴元が安定した利益を得る。そのための餌なんです。
もし美味しい投資の話があるのでしたら、それは自分の手で足で見つけたもののはずです。
皆さんが見つけた金儲けの話は、それは皆さんが「見つけた」ものでしょうか。
それとも「見つけさせられた」ものでしょうか。
その2つは似ているようで別物です。
利用しているつもりが利用されているのかも知れませんよ。
例え難しくても投資をするつもりなら、金の流れは把握しないと駄目ですよ。
投資した先がどのように利益を上げるのか、例えば広告費で儲けるならそれを払う企業が、そして製品を買う消費者がいるのです。
最終的に出資者が得られる利益以上に胴元の利益がないのなら、それはいびつな投資です。
いびつな投資は市場をおかしくしたり、金を回しているだけの詐欺だったりします。
気をつけてくださいねー