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4 〜私は君にあの子を重ねた〜

*私は君にあの子を重ねた*




──穏やかな、風がそよぐ日だった。


「パトリシア…?」


寝台で瞳を閉じた少女が息をしていないことに気付いた私は、額を抑えたままその場に崩れ落ちた。


「う…嘘だ、誰か…誰か…」


「──そうだ、侍医を…!」


這うように扉まで戻り、悲鳴にも似た声で叫んでいた。


「頼む…!助けてくれっ!!パトリシアが…パトリシアが…っ!!」


駆け付けた侍医は静かに首を左右に振って。

私は何一つ手落ちなかった彼を責め立てた。


「気付いていたんだろう!? 君はっ!! 君は容態の変化に鋭敏な筈だ!! 何故放置した…! 何故あの子は死なねばならんのだ!! いいや、やはり嘘なんだろう? そうだ…君が私を驚かせようと悪ふざけして…、そうだ!あれは人形なんだろう…? 本当のパトリシアをどこに隠した…!?」


──いびつににやけた笑みを作った私は、侍医を突き飛ばして家中を探し回った。


あの子は必ずどこかに居ると…狂気めいた確信を持っていたんだ。


…家中探しても結局「ダミー」しか見つからなかった私は、ふらふらした足取りで家の敷地から外に出た。


領地内を町から町へと…馬車で巡ってやがてたどり着いたのは、マティルダという町だった──。


(きっとどこかに居るはずだ…!)


マティルダに着いたのは夜更け。

私は宿で仮眠し、翌朝早くからパトリシアの捜索を開始した。


一軒一軒血眼になって歩き回った…

そして、町の人からあそこだけは止めたほうがいい、と言われた町の外れの蔦が絡む一軒家にも足を踏み入れようとして──


「パトリシア!!」


私は反射的に幼子を抱えていた。

ぼんやりとした目で私を少しだけ見た後、糸が切れたように眠り始めた幼子は、パトリシアに瓜二つだった。


少しくすんだ金の髪、青い瞳、長い睫毛に白い肌…

すっとした鼻立ちまでそっくりで…


「やっと見つけた、私は正しかった!!パトリシアは生きていたんだ…!!」


幼子を抱えながら、何度も何度も顔を見た。

ああ、パトリシアだ…

私の愛娘…


「………いや、違う…」


何度も何度も顔を見たら、その違いもよく判った。

パトリシアの左目の少し下には、小さなほくろがあったんだ。

だけど、この子にはそれがない。


それによく見てみれば、細かな差異が幾つも目についた。


「──ああ、パトリシア…」


(本当はわかっているんだ、あの子はもういない…。だが…)


私は幼子をもう一度だけじっと眺め、身体の傷や生気の無い唇を見つめると、ゆっくりと頷いた。


「…この子は、このままでは死んでしまう…。あの男はこの子を殺そうとして酒瓶を…。…なら、ならば、私がこの子を助けても何ら問題は無い…はずだ」


馬車の座席に幼子をそっと寝かせると、私は町の人達に聴き込んだ。

そして、私が欲しかった情報を手に入れた──あの一軒家の日常を。

幼子を、救う理由を。


──町の人達は、私を親切な人間だと思ったようだが、窮地に助けに入るなんて!と称賛される度に胸が痛んだ。


私はおそらく、幼子がパトリシアに似ていなければとっさには動けなかった…他人事のように横目に通り過ぎたやもしれん。


どちらにせよ…


「パトリシア…いや、君の名は…?」


食糧と包帯を買って馬車に戻り、眠る幼子の隣に座った私は、ふいに幼子が私の指先を握ったのに瞳を見開き──

そして、そっとその髪を撫でた。

所々からまった伸び放題な髪を、とかすように。


「──すまない」


自らのこれからの歩みを想定して、そっと一言呟いて。




私は、幼子を抱えて屋敷に戻った。


既にパトリシアは何も記されていない墓碑の下に眠っており、公の葬儀の段取りを決めてほしいと執事に頼まれたが…

私は公の葬儀は行わず…代わりに「パトリシアは一命をとりとめて無事生きている」ことにしてくれと箝口令(かんこうれい)を敷いた。

「今後は替え玉が、パトリシアの代わりをする」と──。







…幼子の名はマリアというらしい。

マリアの記憶は曖昧なようで、家について訊ねても首をかしげていた。


脱け殻のように虚ろなマリア…。

ならば、と、私は語り続けた。


偽りの記憶…幸せな家庭の記憶と、その家計を守るために、幼いながらも自らをウィゼリアの政略結婚の道具として売ったマリアという人間。

作り話を本当にして、繰り返しマリアに語った。


そして、この屋敷でのマリアの名前…パトリシアの名を授けた。




──マリアは徐々に瞳に光を取り戻し…そして、微笑むようになった。


最初は柔らかな微笑み…。

しかし、屋敷内のたくさんの瞳はマリアの存在を許さなかった。

マリアの微笑みはしだいに、作り付けのような色のないものに変わって行った。


──それでも、マリアは連れて来た頃に比べれば人間味があったんだ。

それが私を見る冷たい眼差しでも構わないと…思っていた。


だが、マリアは再びマリアを失ってしまった。


彼女は骨と皮のように痩せてふせってしまった。


──そんな彼女の部屋を、私は幾度となく訪れた。


──私はマリアのことをずっとパトリシアと呼んできた。

そうであってほしかったからだ。


私は、もう二度とパトリシアを失いたくはなかった。

なんとかパトリシアに健康に──


…否、私はもう十分「パトリシア」と過ごせたんだ。

マリアという代償の上に…。




『体のいい、厄介払いといったところでしょうか』


マリアの言葉に、私はごくりと唾を飲み…

早鐘を打つ胸を押さえながら、「真実」を打ち明けた。


──怖かった。

全てが壊れてしまうことが。


──怖かった。

全てを、壊してしまうことが。


…だが、もう刻限だったらしい。


今ここで打ち明けねば、マリアさえも失ってしまう…

何の罪もないマリアを、「こう」してしまったのは私だ。


私は、届かないであろう謝罪の言葉を、震える手を握りしめたまま紡ぎ続けた。


それからマリアの部屋を出て、重いため息をついた──。



翌日、私は「初めて」マリアに呼び出された。

動けないので申し訳ないが部屋に来てほしい、とのことだった。


彼女は相変わらずふせっていたが、表情は今までと異なっていて柔らかで…


「お父様、ありがとうございます」


掠れた声でありながら慈しみのこもったその声に、私は両目から涙を溢していた。


「マリア…何故…私など…」


嗚咽とともに吐き出した言葉に、マリアは優しく語る。


「お父様、わたくしは思い出したのですわ。わたくし自ら蓋をしてしまっていた記憶を」


「マリア…?」


「お父様が助けて下さらなかったら、わたくしはこの世に居ませんでした。お父様のお話は本当だったのですね…無礼を…失礼致しました」


マリアはそっと目を伏せると、一言だけ(ささや)いて眠りに落ちていった。


「――お父様、ご自分を、どうか責めないで下さいませ」







すう、と小さな寝息を立てるマリアを眺めて己の涙を拭うと、私はようやっと決意した。


(パトリシア…悪かったね)


脳裏に焼き付くパトリシアの微笑みに詫びながら、パトリシアの本葬を…

パトリシアはもういないのだと、周りと私に知らせねばならない。


どれだけ責められようと、甘んじて受けよう。

私はそれだけの(とが)を犯したのだから──。




──私は、急遽パトリシアの葬儀を公に執り行うことを決めた。


そして、もう一つ──


マリア・ジルベルトを「本当の」養子にしようと。


しかしその可否は、彼女に委ねよう、とも。





「やあ、見違えたよ」


あれから一年後、マリア・ジルベルトはマリア・ウィゼリアとして戻って来てくれた。


彼女の微笑みは淑やかながらも華やかで、まるでパトリシアが愛した淡い花のようだった。


けれど、もう二度と私は彼女をパトリシアとは呼ばない、決して呼んではならない。


パトリシアはもういない、マリアとパトリシアは別人だ。


そしてマリアは、パトリシア同様、私のかけがえのない愛娘──。






バタバタと走って来たアリアスとユーゼルに場を譲って広い廊下を歩き出した瞬間…


ひらり。


淡い花びらが頭上から舞い降りる。


「……ん?」


ひとひらだけ床に落ちたその花びらは、目映く光って消えてしまう。


『ありがとう、お父様。パティは今幸せよ』


柔らかく響いた声は、間違いなく幼いパトリシアのもので──


「…懐かしいね。その愛称も、パティ…君の声も──」


目頭を押さえた私は、ありがとう、と一言呟いて窓の外、空を見上げて。


小さなレクイエムを、遠い我が子に捧げた──。




*私は君にあの子を重ねた・FIN*


お話は最後の瞳へ

次の記事に続きます→



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