2話(下)
とりあえず
ペンタブルクの北方の森、2人の男が隣並んで釣りをしている。年齢差は2回りも3回りも違い、端から見れば仲の良い親子に見えるだろう。
「竜肉!?」
「絶品でしたーってお腹抱えてどうしたんですか」
「昔亜人の方に御馳走になったことがありましてね。本人に悪意は無かった、無いと思いたいのですがあの時は地獄でした」
「少し固いけどあっさりとした味の美味しいお肉らしいですから調理されたら分かりませんよね。亜人用に食肉用が売ってたりするんですよ。調理法は覚えたし今度ウラルさんにこっそり出してみようかな」
「サラっと恐ろしいことを言わないで下さい!しかし噂には聞いていましたが本当に海水魚とは」
「そうなんです。貴重な食材をあんな……いや、美味しかったんですけどね」
スターゲイジーパイといってもフルーツをメインに使用したデザートパイで魚の塩味との相性は良かった。しかし、何故か名称と用途が元いた世界と同じ物が存在する。スターゲイジーパイもその内の一つなのだけど単なる偶然の一致なのだろうか?
「スターゲイジーパイとは中々洒落たネーミングセンスをしていますね。あの店には行ってみたいと思っているんですけど、今の給料では難しいんですよね」
ウラルさんの仕事は主に入国審査や犯罪の取り締まりだ。常に命の危険が付き纏う大変な仕事だが悲しいかな公務員、給料の面ではあまり優遇されてないようだ。
「まぁいずれ太郎さんが再現してくれるので無理に行かなくても良いですけどね」
無茶言わないで下さい……やってみますけど。
そこで太郎はふと昨日の出来事を思い出した。ウラルとコモドは旧知の仲である。何かしら事情を知っているかもしれないと思い聞いてみることにした。
「昨日コモドさんが店に来たんです」
「コモドさんが?グルメの彼が夜以外に春呑は珍しいですね」
何故夜は来ていない事を知っているかも気になるが、さりげなくうちの店(春呑)ディスリペクトしてない?
「何か知ってるんですか?」
「彼とは今朝会いましてね。その時は酒気が一切ありませんでしたから。まぁ飲むとは思いませんけどね、何せ今日は」
今日は、そこで言葉は途切れる。言うべきか言わぬべきか、ウラルは迷った。ここから先は彼のプライバシーに関わる話だ、果たして本人がいないのに言ってもいいのだろうか。彼の義母ならそんなことは知ったものかと初対面の人にすら暴露していただろうと、その性格が今だけ少し羨ましく感じた。
そんな葛藤するウラルの気も知らず呑気に竿を振る太郎。
「心配なんですよね。戦う度に何処か可笑しくなってるみたいで何時か、壊れちゃいそうで」
無理をしていると感じたのはいつ頃だろうか。多くの人と接してきた、その中にはコモドと同じく戦いを生業とする闘士もいた。実力は違えど皆、共通する覚悟や心構えを持っていた。しかし、彼はその何かが足りない、或いは少しずれているような気がした。
「ラァワさんに話したらそんなこと本人が決めることだって鼻で笑われちゃいましたし……どうしました?」
「確信したんです、太郎さんなら知っても大丈夫だと。いえ、寧ろ知ってて欲しいんです。コモドさんの過去を」
それからウラルさんは語り出した。邪竜に襲われて大切な人や友を失った事、オークに襲われてウラルさん達に助けられた事、ラァワさんの養子になった事を。
つまり幼くしてコモドさんは全てを失った。悲しい話だ、でも。
「ウラルさんはその事件どう思います」
「私がですか。やはりコモドさんがああなってしまった根源はそこにあるかと」
「本当に?」
「何か間違っているとでも」
「客観的に見て、役人や傭兵のウラルとして見て本当にそう思いましたか?」
ウラルはじーっと見つめる太郎から目を背け、暫く考え込むような仕草をしてから口を開いた。
「……当時の若い頃なら兎も角今となっては、正直ありきたりだと思いました」
「自分もそう思います。同じ様に家族や仲間を失って天涯孤独となった人はペンタブルクだけでも何十人といることを知ってます」
3年間で多くの人と知り合い、その内の何割かは病以外の原因で亡くなった。同時にそれはこの世の中が危険で満ち溢れている事を自分に教えてくれた。強者であるラァワという家族を得たコモドは寧ろ幸運な部類に入るだろう。
「だけどそんな人達も今は前を向いて生きています」
「そうですね。しかし、それがコモドさんに何の関係が」
「変だと思いませんか、あのラァワお婆ちゃんがコモドさんを養子にしたこと。当時は60歳でしたっけ、色々な場所を旅されてたそうですね」
「それは無いでしょう。私はあの場に立ち会ったから分かります」
今でもあの感動的な光景は忘れられない、あれは間違いなく運命だと1人悦に入るウラル。
ウラルさんのラァワお婆ちゃんに対する尊敬が高すぎるのもどうかと思うけど……。
自分から見てあの人は義理や感情で滅多に動く人ではない。
「(多分ラァワお婆ちゃんはコモドさんに対して何か特別な物を感じ取ったんだろうな)」
自分かウラルさんか、どちらの予想が当たっていようと外れていようとこの疑問に意味はない。正解が分からない以上やれることが無いとも言える。
「(一番事情を知ってそうなラァワお婆ちゃんが何も言って来ないということは自分達では役に立たないか解決策が既にあるってことなんだろうなぁ)」
でもそれを伝えるとウラルさんが発狂しそうなので黙っておこう。
「コモドさんももう立派な大人です。本人が助けを求めた時に全力で助けてあげれば良いと思いますよ。だから今はいつもと変わらず接するのが良いかと」
「……そうですね。どうしてもコモドさんを実の子供のように思ってしまい冷静に考えることが出来てませんでした。いやー、モヤモヤしていたのが今日で一気に解消しました。ありがとうございます!」
「自分は何もしてませんよ。釣りに来てただ駄弁り合っただけですよ」
「ところで話は変わるんですが」
ん?流れが変わったね。ここは褒めちぎってくれる所じゃないの?
「ラァワ[お婆ちゃん]とは?」
「あ。ほっ、本人からは一応許可貰っているんで……駄目?」
何も言わずにっこりとウラル。その瞬間、周囲の鳥が飛び立ち動物が逃げ出したのか茂みがガサガサと大きく音をたてた。
「駄目です」
滅茶苦茶怒られた。
何故自分はこんなところまで来て説教されなければならないのだろうか。ウラルさんの説教をBGMに空を眺め、ると更に怒られる、と言うか怒られた。なので心の中の空を眺めること30分、ようやく解放された。
「全く!今度からはラァワ様がどれ程素晴らしいお方なのかもっと自覚を持って下さい」
「ハイ、ワカリマシタ。ラァワサマハタイヘンイダイナオカタデス」
「ところで太郎さん」
一方その頃、湖の中では異変が起きていた。
最初は何が起きたか分からなかった。自分達を狙う狩人の罠を見破り後はもう入れ食い状態で、そこはもう完全な餌場と化していた筈だった。
餌の供給が止まったので煽ってやろうとしたところに新たな、しかも素人感丸出しのカモがやって来た。テクニックも何も無い雑な釣り方に自分達は嘲り笑いながらも餌を楽しみに待った。しかし、餌が着水した瞬間に強烈な匂いが水の中に広がった。今までに嗅いだことの無いとてつもなく美味しそう匂い。気付けば罠だと分かっていたのに思い切り食いついていた。
毛深い奴や腕の長いやつ、嘴の鋭いやつ、同じ様な道具を使うやつ、全てに勝利してきた自分達が負け(釣られ)たと思った時には仲間が寿司詰め状態の容器に詰められていた。その日、自分達が愚かで無力な存在である事をその命を以て理解させられた。
「そんなに大量の魚どうするんですか?」
3箱の大きいボックスに敷き詰められた大量の魚を指差すウラル。今の今まで、まるで息を吸うかのように太郎が釣り上げる光景に最早嫉妬を通り越して呆れしかなかった。
「どうするって、食べる以外に何かありますか」
「この量をですか?」
売り上げた魚の量は普通に十数人でパーティーを開けそうな位の量はある。道中で拾った食材等も合わせれば食べきるの当然2人では持ち運びも不可能であった。
「あー、まだ少し足りないですね。でも魚がもう見当たりませんので足りない分は帰ってから作りますね」
ところが太郎は多いどころか少ないとまで言う。説教のし過ぎで頭が可笑しくなったのか。元々変わった所はあるけれどと悩むウラルは何も口にせず意気揚々と魚を捌く太郎の手伝いをするのであった。
大方の準備は事前に行っていたので時間の殆どは焼けるのを待つだけであった。
「出来ましたね」
「そうですね。早く食べましょう、さっきからする魚の焼ける良い香りが腹に響きます」
「奇遇ですねウラルさん。では」
「「いただきます」」
止めどなくジュワジュワと滴り落ちる油が鼻孔を擽る。間違いなく旨い、自分は熱いと分かっていながらも思いっきり噛りついた。
絶妙な塩加減に加えて噛めば噛むほど魚油が溢れ出し、隠し味にと入れた野草が魚の臭みを見事に相殺してくれている。
これは駄目だ。貪るように一匹を平らげるとお互い顔を見合わせ無言で次の魚に手を伸ばした。
「はぁー……美味しかった」
「……ですね。少ないと言ってた理由はこういうことだったんですね」
二人は今までに無いほど食べた。しかし、それでも尚減らない大量の食材の行方は森の住民へのお裾分けであった。熊のような大きな動物から小さな昆虫迄様々な種類の生物が太郎の料理(殆ど焼いただけの物や生のまま)を食べていた。最初こそ警戒していたウラルだったが無害と分かると武器である手甲を外し、モフモフした動物に囲まれて終始笑顔だった。
「皆ーまたねー」
全ての食べ物が尽きた頃、ぞろぞろと森の来客者達は個々に感謝を伝えるような動作をして帰って行った。
「これは!?」
中でも1匹の白い蛇が宴の礼だとばかりに置いていった物にウラルは驚愕した。
「透明な青い石ですね」
「いえ、これはただの石ではありません。蛇石と呼ばれる非常に希少な宝石です。ですがこのような高純度とサイズの宝石は今まで見たことがありません……売れば城の1つや2つは余裕で買えますよ」
「はえー、凄いんですね」
ウラルさんはそうは言うが、その青い透明な石どう見てもゲームセンターのクレーンでよく見かけるアクリルで出来た玩具宝石にしか見えない。店に飾ろうという気にはならないし売値が巨額過ぎて正直そこまでの額は使い道が無いんだよなぁ。
「そうだ。今日のお礼にウラルさんにあげますよその石」
「とんでもない!そんな代物受け取れませんよ!」
「じゃあ捨てますね」
「正気ですか!?」
「仮に本物だとしたら強盗とか危ないじゃないですか。若しくは投資話や儲け話を持ち掛ける怪しい客ばっかりになりそうですし。そもそもそんな大金使い道がありませんよ」
「確かにそうですけども」
「要らないならもう捨てますよ」
石を投げ捨てようとする太郎の腕を必死に掴むウラル。若干掴まれてる腕が痛くて太郎は不機嫌そうだ。
「分かりました分かりました!頂きますから止めて下さい!」
「欲しいなら最初からそう言えばいいじゃないですか」
「本当に良いのですか?」
「構いませんよ」
金は人を変えると言うがウラルさんなら大金を手にしても変わらないだろうから、そんな信頼の意味も込めて太郎はウラルに石を譲った。
森から帰ってくる頃には町並みは夕暮れに染まり、店仕舞いや逆にこれから店を開く人、仕事帰りの労働者が夜の町に繰り出すいつものペンタブルクの光景が広がっていた。
「今日はありがとうございました、ウラルさん」
「こちらこそ、楽しい休日が過ごせました。これから飲みに行きませんか?」
「すいません、新しい料理のアイディアが浮かんだんで店に戻ろうかと思います」
「そうですか」
太郎さんが来ないなら自分も帰ろうと何時もはそうしていたかもしれないが、今日は色々とありすぎた。体は重いが心はどこか軽くなったと感じる、とりあえず飲もう。
ではまた今度。と言ってウラルは夜の町に溶け込んで入った。後日、二日酔いに苦しむ珍しいウラルが職場で見られたとか。
「早く!店に!」
ウラルを見送るとすぐさま太郎は駆け出した。鉄は熱いうちに叩け、なるべく早く今日の感動を形にしたいの一心で。
コモドと剣介。まさか今日、物語の歯車が動き出していたとは誰も思わなかっただろう。ついでにその片方が大人の階段を今登らんとしていることも。
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