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なりそこないのダーメニンゲン  作者: えびびフライ
3/4

2話(中)

最強の護衛を手にいれたぞ!これで化け物の森も楽勝や!(ネタバレ、戦闘はありません)

「いやー、すいません。まさか本当に自分の財布だったとは。ありがとうございます」


 なんということだろう、まさかぶつかった時に自分の財布が擦られていたとは誰も思わなかっただろう。うん、そうに違いない。危うく1日6食(試食除く)が5食になるところだった……。


「今後は気をつけてもらえば……。あの、もうやめませんか。このやり取りこれでもう15回目になるんですが……」


 あと魔法を悪用した新手の犯罪が増えている、とうんざりしながらウラルは16回目の付け足しをした。

 自分は知っている。口ではそう言っているが内心では華麗にワルツを踊るほど喜んでいる事を(太郎主観)。


「でも折角の非番なのに良かったんですか?」

「日頃ご馳走になっているお礼ですよ。それに私も釣りは得意ですから。太郎さんがボウズだったとしても私がその分釣りますので安心して下さい」

「頼りにしてますね」


 太郎から森に行くことを聞いたウラルは護身用の武器一つも持っていない事を知り護衛を買って出たのだった。釣りと聞いた瞬間ものの数分でマイ釣具を取ってくる辺りお礼の方がオマケだったのかもしれない。


「しかし何故こんな所まで釣りに来たのですか?今日は水上市場も開いてましたし、特にエポーラル商会も来てましたからわざわざ釣りに来なくても新鮮で良い魚は買えたと思うのですが」


 エポーラル商会、固定の店を構えず旅をしながら様々な商品を売るといった大手の中では珍しい商売を行っている旅団だ。言語を覚える才能があったようで数多くの言語を使えたという理由で売り子として1週間程拉致られたので若干苦手意識がある。

 商品も旅先で補充するので毎回商品のラインナップがガラリと変わっていて見てて飽きないが、当たり外れが激しいのが厄介である。流石に魚位はあるだろうが違う、そうじゃない。


 太郎は昨日の出来事も含めてその事をウラルに説明した。


「と言う訳で買うんじゃなくて自分で釣って食べたいんです。……すいません、意味が分かりませんよね。でもそうしないと気が収まらないんです」

「そのお気持ち私も何となく分かります。良いと思いますよ。ですが、手段がよろしくありませんでしたね」

「手段、とは一体?」

「護身用の武器も持たずに、いえ、そもそも武器があったとしても一人で北の森に行くのは危険ですから止めて下さい。この辺りはあまり安全とは言えませんからね」


 なるほど、こっちの森は危険だったのか。でも何度も来たことがあるけどそんなことは一度も無かったし、多分大丈夫だよね。

 特に確証の無い慢心100%で形だけコクりと頷いた。


「あ、こっちです」

「随分変わった道を歩きますね。そっちの方向だと遠回りになりませんか?」

「何となくこっちが良いのです」

「何となくですか、って一人であんまり先に進まないでくださーい!」


 林道を無視して道なき道の、それも危険な森をスイスイと進む太郎に感心半分呆れ半分の溜め息をつくウラル。度胸や勇気の類いでは無く、おそらく何も考えていないのだろうがそういった裏表が無い所がウラルは気に入っている。特に傭兵稼業が長かった為か無意識の内に他人を警戒してしまう癖がついてしまっている為、太郎は気を許す事が出来る数少ない人間でもある。


「ウラルさん見てください。この茸美味しくて、あの野草は焼くと甘い香りがするんですよ」

「……分かる人が見れば目の色が変わる光景ですね。こんな場所に群生していたとは。私もいくらか採取していきましょうかね」

「そうなんですか?結構ウラルさんに出してる料理にも入れてますよ」

「私が普段食べてる物の原価いくらなのか、考えるのが恐ろしくなってきましたよ」


 因みに食材は本人が取ってきたり貰ったりしているので原価としてはあまり掛かっていなかったりする。


「ウラルさんは余りこういった場所は来たりしませんか?」

「そうですね。昔は兎も角、今は関所から中々離れられないのでこういった機会が少ないですけど、森の中はやっぱり良いものですね。障害物が多くて安心出来ますから」


 隠れてよし、登ってよし、奇襲してよし、燃やしてよしの4拍子で傭兵時代はよく利用したものです、と懐かしそうに語るウラルに太郎は思う。違う、そうじゃない。

 しかし、どんな話でも上手く合わせられるのが大人ぁの嗜みと聞いたことがある。ここは一つ大人ぁの対応をみせてやりますかね。


「分かります。地形補正で回避+15とか上がりそうですもんね」


 決まった……完璧だ。


「は?一体何の話をしているんでs」


 町から2時間が経過した頃、遂に我々は目的地の湖に到着した。湖は透明に透き通っていて大漁を約束してくれる程に数多くの生物が水中を泳いでる。


「着きましたね!さあ釣りましょう!」

「調理の準備だけ先にしておきましょ……すのでウラルさんは先に釣ってて下さい」

「そうですか、お言葉に甘えて行ってきますね!ああそうだ太郎さん」

「はい?」

「すぐに釣れますので準備は早めの方が良いですよ」

「アッハイ」


 余程釣りが楽しみだったのか、ウラルは意気揚々と釣り場に向かって行った。

 普段は物腰の落ち着いた大人の男性なのだが、時々子供みたいな一面を見せることもある。そのバランス加減が部下から慕われているウラルさんの良さなのだろう、と太郎は思いながら準備に取り掛かった。


「茸の傘は燻して柄は焼きで~~よし、出来た!」


 調理器材の用意だけでなく道中で拾った食材を下拵えしていた為、少々時間が掛かってしまったがウラルさんの方はどうだろうか。


「自分でも釣れる湖だから大漁かもしれないなぁ」


 得意と言っていただけあって遠目でも何度も釣り上げている動作をしていたし、持ってきた釣竿は必要無かったかもしれないかも。

 始めはシンプルに塩焼きで、そんな希望的観測をしながらウラルの元へ向かった太郎だが。


「……」


 半分位まで減った餌、綺麗な水だけが入ったバケツ、そして仏頂面のウラルを見て全てを察した。死神と呼ばれ多くの悪党に恐れられているあのコモドでさえ、今の彼に声をかける事は憚られただろう。


「見事にボーズ(坊主)ですね」


 大物、いや、単に無神経なだけであろう太郎は違った。


「……はぁー、あれだけ豪語したのに申し訳ないです」


 そう言って竿を上げるウラル、釣糸の先には目的の物はかかっておらず、虚しく水を滴らせた針だけがクルクルと跳ね回っていた。


「始めの1、2回はいけそうだったのですが、その後はこの通り何度やっても上手いこと餌だけを狙って掠め取られてますよ。はぁ、結構自信あったんですけど……食材の現地調達も出来ないようでは傭兵失格ですね」


 ウラルの釣りの腕前が悪い訳ではない、寧ろ傭兵時代から培ってきたテクニックはプロ顔負けである。ならば何故釣れないのか、その理由はこの湖の魚にあった。

 湖の水は簡単に魚を視認できるほど透明だ。その逆も然りで魚からも人間の姿が視認できるのだ。勿論ウラルもそれを考慮して上手いこと隠しているのだが、彼らの知性を甘く見すぎていた。

 一度餌に引っ掛かったことで、どのような仕組みで自分を釣ろうとしたかを学習した魚がすぐさま他の魚に情報共有したのだ。

 その結果、そんなことを知るよしも無いウラルは近所によくいる餌やりオジサンへと成り下がってしまったのである。


 そしてそれは傭兵としてのウラルのプライドを粉々にするには十分だった。


「私も歳ですかね。かくなる上は切り札を使うしか……いやしかし、魚ごときに使って良いものか……」


 ぶつぶつと呟きながら真剣な表情で手甲を見つめるウラル、放っておいたら湖に飛び込みかねないかもしれない。


「横、失礼しますね」


 そんなウラルの隣に太郎は座った。そしてのんびりと釣りの用意をしながら語り出す。


「釣りの楽しみや醍醐味ってただ釣り上げるだけじゃないと思うんです」

「はい」

「寧ろその過程こそが大切なんじゃないかなって」

「そうですね」

「今日は良い天気だと思いませんか?」

「悪くは、無いかと」

「聞こえてくるのは日頃の喧騒じゃなくて穏やかな自然の音だけ」

「……」

「そうそう、森の幸にも恵まれましたよね」

「……一体、何が言いたいんでしょうか」


 口ではそう言っているがウラルも薄々気づいているのだろう、太郎が何を伝えたいのかを。


「要するにっ」

「え!?流石にそれは」


 立ち上がった太郎は釣竿を大きく振りかぶり、湖に投げ込む。バシャと大きな音と共に投げ入れられた針にはただ餌だけが、そこにはルアーも何も付いていない。

 唖然とした表情のウラルの隣でストンと再び太郎は座った。


「どんな結果だったとしても、こうやって二人でのんびりとお喋りしてればそれはそれで楽しいって思いませんか?」

「……」

「……」


 思案顔のウラル。言っちゃった後で後悔するのもなんだけど、ちょっと台詞が臭かったかも。


「あーえーっと」

「……考えてみれば私は今まで結果ばかりを求めてきた、いや、求めなくてはいけない険しい人生でした。だから太郎さんが言うような楽しみ方はよく分かりません。だけど、そういうのも不思議と嫌な気分ではありませんね」

「あ、釣れた」


 この場面で釣れちゃうかぁ。今日の自分やらかし多くない?

 魚は自分が素人に敗北(釣られた)してしまったという不服な結果を猛抗議しているのかようにピチピチと激しく暴れ回っている。仮に湖に戻れたとしても彼は敗北者として魚界(?)で後ろ指を指される魚生(?)となってしまうだろう、つまり彼の未来は暗い。

 あまりに呆気ない結果に顔を見合わせる二人、そして暫くの間森中に彼らの笑い声が響くのであった。

 戦場に身を置き数十年、本当の意味で心に余裕が出来た瞬間だった。この出来事は後の彼の生活に変化をもたらすこととなる。

釣りって難しいね!

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