1話
1篇の前日お話
ここはインクシュタット国のペンタブルクという町にあるこじんまりとした喫茶店。
「あれ、誰か呼びました?」
真新しい店内に自分の声が響く。返事はない、返ってくるのはグツグツと煮えたぎる鍋の音だけだ。
「当たり前かー」
そもそもこの店は家主である自分[春呑 太郎]一人で営業してるのでいる方が可笑しいのだけど。テーブルの下からひょっこりと妖精の一匹や二匹出てきたらそれはそれで楽しそうかもしれない。
「よし、出来た!少し早いけど開店だよ開店」
札を準備中から営業中に変えて扉を開ける。毎度ながらこの瞬間、今日も1日が始まったなと思う。
「いらっしゃいませ!」
誰かに言うでもなく空に向かって叫ぶと、射し込む朝日が心地よかった。外は雲一つ無い……事も無いがいい天気だ。
「何だか良いことありそう。具体的には今日こそ来客数が100人越えるかもしれない」
「いよう、相変わらず閑古鳥が泣き止んでないようだな」
「あっ、コモドさん。お久し振りです」
コモドと呼ばれた男はターバンにマント、眼帯、片耳ピアス、おまけに銀髪サイドテールのいい歳したアラサーと色々と盛りたい放題の風貌をしている。
彼の名前はコモド・アルティフェクス、出会った当初は何処かの集落の部族と勘違いして、部族に伝わる料理を教えて欲しいと頼み込んだら怒られた。そんなこともあったが今では友人兼半常連である。
「少し早いが店空いてるかい?」
「勿論です!いらっしゃいませー」
コモドさんをカウンター席へと案内する。店内は4人がけのテーブル席が2、カウンターが3席でデザインは元の世界を意識して木目調を基本とした作りとなっている。職人さん達には随分と無理を言ったが、ここにいる時だけは独り異世界にいることを忘れさせてくれる。
そう、自分こと春呑 太郎は日本人だ。3年前に何かに飲み込まれて気付いたらこの世界に来ていた。今はなんやかんやあって名前をハリューノ ターロ、通称太郎(変わってない)と名乗りこの店[キッチン春呑]の店主やってます。
「はい、今日は朝から珍しいですね」
コモドさん曰く「自分の料理は美味しい事には美味しいが他所の店の方が旨い」らしいので朝や昼には滅多に彼は来ない。但し、おつまみは旨いらしいので夜にお酒を飲みにはよく来る。うちは居酒屋では無いのだけどなー。
「まぁな、食べたい物があってだな。この前作ってくれた料理、あれを作ってくれないかい」
冷たいお水と暖かいおしぼりを渡すと彼は顔を拭き始めてそう言った。因みにおしぼりで顔を拭く行為は公式にはマナー違反では無いがソース等溢した物を拭くのはNGだそうです。
「親父臭いですよ」
「ん?どこが親父臭いんだ?折角作って貰った料理を汚れた姿で頂く方が失礼に当たるだろ」
異世界と言っても元いた世界と結構似たような文化や風習がある。そのお陰で割りと早くこの町にも馴染めたのだが、やはりこういったネタが通じないのは寂しいものがある。因みに文字は駄目、言葉は通じた。
「……あーそうですね。この前ってことは先月に試食して貰ったやつですね。畏まりました」
その料理はごくひのにんむ、と言うやつでこの町に来ていた観光客に教えて貰った料理だ。味付け等を個人の感覚で行う人が多いこの世界で、珍しく分量や時間まで細かく教えて貰ったのでよく覚えている。
よく分からないがあの人は無事にごくひのにんむを遂行することが出来たのだろうか。ごくひのにんむ……何度聞いてもすごそうな響きだ、普通の任務とはまるで強さ(?)が違いますね。
「この店が出来てそろそろ1年になるけどどうだい?少しでも客は増えたかい」
「それはもう、だいはんじょーです」
「へぇ」
「〇〇さんと〇〇〇さん、◇◇さんも来るようになったんで、なんと3人も常連が増えたんですよ!」
丸々1日誰も来なかった開店当初に比べたら大きな進歩だ。今でも稀にそんな日があるけど、新しいレシピの考案をしたり窓辺からじーっと空を眺めたりと忙しくも充実した日々を送っている。
その言葉に「そ、そうか…」と顔がひきつってたけど、はおり(とてつもなく硬い煎餅もどき)の食べ過ぎで表情筋が痙攣したのかな?
因みに主人公こと太郎の店は週2~4日のみ営業しており、客も常連以外は殆ど来ない。それにも関わらず営業出来ているのは一重にインクシュタットという国の豊かさ、もとい緩さに依るものや懐が豊かな客に恵まれているのが大きい。
「その魔導機使ってくれているんだな。調子はどうだい?」
「良いです、これは凄い発明ですよ!」
太郎は興奮気味に自動切断機を指を指す。その名の通り食材を中に入れるとお好みの厚さに自動で切断してくれる上にミキサーやジューサーとしても利用出来る一家に一台は欲しいレベルの優れものである。
日頃の礼と言って頂いたのは良いけど、厨房に置くスペースが無くてあの時は困ったのよね。仕方ないからプチレイアウト変更したけど半日も掛かって大変だったなぁ。
「そうかい、それは作った甲斐があるぜ」
「ゴーレムといい、コモドさんは天才魔導機発明家ですね」
魔導機とは魔力を動力として動く機械に近いマジックアイテムである。この世界では機械に成り代わり魔導機が主流となっており、彼はそれを作る職人で魔導機に疎い太郎は色々とお世話になっていたりする。
「そんなことは、あるかもな。……まぁ冗談はさておきゴーレム、特に俺のルクトカイザーは世界にも類を見ない最高傑作だと自負しているよ」
1枚のカードを取り出して意味深な表情で眺めるコモド。端から見れば良い年してカードゲームに興じている大人に見える。或いはカードゲームが世界の命運を握っているような世界観に見えるかもしれない。
「たった1枚のカードであんな巨大な人形を作り出せちゃうんですよね。不思議なものです」
カードを専用の装具(コモドの場合はベルト)に差し込む事でゴーレムと呼ばれるロボットの様な見た目をした10メートル位の土人形を造り出す事が出来る。
以前仕組みについて説明してくれたがさっぱり意味が分からなかった。あれこれ考えた結果、便利ならそれで良っかとなったがコモドさんは不満そうだったのを覚えている。
「まだまださ、体が動く内は新しい物を作り続けるぜ。……とは言っても最近は少しスランプ気味でな、中々良いアイディアが浮かばないんだけどな」
「物作りも良いですけど、そろそろ身を固めても良いんじゃないですかね」
30歳、オッサンと呼ぶような年齢ではないがお兄さんと呼ぶような年齢でもない半端な年齢である。
普段は気さくだが実は根は寡黙。そして金、顔、筋肉といった女性人気の3Kの揃ったナイスミドルじゃないかな。本人がその気なら相手には困らないと思う。
「そんな物好きはいないだろうさ」
口ではそうは言っているが朴念仁では決してない、自分に好意を持った女性がいるのを本人も自覚しているだろう。その上で惚けた振りをしている様にも見える。
「そうですかね?翼人族のあの人とか仲良いですし脈ありそうですけどぉ」
「さぁ?どうだろうな」
水を飲み干すコモド、カランと氷の音がなる。そして腕を組み目を瞑った。これ以上は何を聞いても無駄だろう、そんな空気となる。
全く脈が無いわけでは無さそうだけど道程は険しそうかな。でも、彼女ならどんな障害も乗り越え……真っ正面から殴り壊して行くんだろうなぁ。とりあえず報告するだけしておこう。
技術者はコモドの一面にしか過ぎない。彼は今、犯罪組織と戦っている。自分が開発に関わったゴーレムの粗悪品が出回っているのが許せないようで時折、違法な工場を見つけてはたった1人で潰し回っている。裏の界隈では有名な実力者で付いた二つ名が[死神コモド]だそうだ。
ここ世の中から悪人が居なくなるのは喜ばしい、けど彼の友人としては出来ればそんなことは辞めて欲しいと思う。いくら強くても危険であることには違いないし、何よりゴーレム然り彼の手は未来を創る事が出来る。そんな手を他人の血で汚して欲しくないかな。落ち着くという意味でも所帯を持って欲しいのもある。
結論としては、そんな暇があったらもっと便利な調理器具を作って下さい!
「はい、お待ち遠さま。チャフルになります」
そう言ってチャフルと呼ばれる料理をテーブルの上に置くと、コモドは直ぐには食べようとせず暫くそれを眺めていた。
チャフルはクッキーを少し柔らかくしたような焼き菓子だ。材料や作り方は簡単だけど、レシピ通りの時間と分量で完璧に作らないと生地が柔らかくなりすぎたり、逆に硬くなってしまったりと意外と作るのが難しい料理だった。
「食べないんですか?」
「ああ、そうだな」
その言葉でやっと食べ始めたのだが、食べ始めてからも神妙な顔で1枚1枚噛み締めるように食べておりペースは非常に遅い。
変だ。コモドさんの様子が変だ。特に何も変わった物を入れてないレシピ通りの普通の焼き菓子にどれだけ重い想いを巡らせちゃってるんだろう、もしかして……。
「虫歯?」
「違う」
「あっ、はい」
「残りは外で食べるから包んどいて貰えるかい」
「かしこまりです」
皿の上にはチャフルがまだ半分以上残っている。
当店では持ち帰りや事前に言って貰えればお弁当等も可能だ。特にお弁当は自身の魔法も併さって日持ちするため好評だったりする……お店で食べて欲しいんだけどねぇ。
今のコモドに感想は聞けそうにない、他の人に聞いてみようかな。そう思いながら笹のような大きな葉でチャフルを包み固定化の魔法を掛ける。自分の魔法に関しては後日語るとしよう。
「今晩は飲みに来ますか?」
「いや、仕事前だからな」
彼の様子から察するに職人としてではなくて仕業人としての仕事なのだろう。
太郎は思わず出かかった溜め息を飲み込んだ。
「また見つけたんですね」
「ああ、特に最近は潰しても潰してもキリが無い位多くなった。嫌な世の中になったもんだ」
そう口では言っているが顔は少し嬉しそうなのは気のせいだろうか。
その活躍は彼の事をよく知る常連のお客さんが嬉しそうに教えてくれる。聞いた限りでは今月に入ってもう3件目だ、治安は悪くなる一方で不吉な予感がする。自衛の為に武器を買うべきなのかもしれないけど運動音痴の自分では店内のインテリアになるだけだよなぁ。
「大丈夫ですか?」
「下調べはバッチリだ。敵の人数も少ないしどんな相手かは分かってるから問題無いさ。ただ、アジトの大体の目星は付いたんだが、奴さんも頭が回るようで中々巧妙に隠してるみたいでな」
「いっそのことアジトに隕石でも墜ちて穴開けてくれたら楽ですよね」
「ふっ、太郎が美味い飯を作れるようになる位の確率の話だな」
包んだチャフルを受け取ったコモドは軽口をたたきながら席を立った。
出会った当初こそ言葉数も少なく他人行儀な態度だったけど、自分が色々やらかしている内に呆れたのか今ではこんな感じで遠慮が無くなったんだよね。勿論今の方が良いけどさー。
「近い内に臨時収入が入るだろうからまた今度飲みに来るよ」
「それは良いんだけど食べにも来て欲しいかなーと太郎さんは思ったり」
「もっと料理の腕が上達したらな、ごっそうさん」
コモドは片手を挙げて店から出ていった。先ほどまで彼がいたテーブルの上には若干多めにお金が置かれている、釣銭は要らないということだろう。
最初に食べて貰った時は家で食べるよりは良いが他所の店で食べた方が美味いって言われてショックだったのも今では良い思い出です。
「しょうじんします」
い、良い思い出……。
「あ、お見送りしなきゃ」
慌てて外に出てみれば先程とは違って疎らだった人通りも多くの人で活気に溢れており、既にコモドの姿は見えなくなっていた。
彼は色々と変わった人だ。見た目の事ではない、子供と大人、正義と狂気がごちゃ混ぜになっているような不安定に安定している。彼をよく知る彼の義母が言っていたが過去に色々とあった様だ。自分に出来ることは少ないけれども、このお店に来てくれる限りは少しでも心休まるよう努力している……多分。
気づけば日はすっかり上がっており何時もなら丁度開店する位の時間だ。今日は早く開店したから早く閉店しようなんて怠けた事を考えていると微かに自分を呼ぶ声が聞こえる。
「……」
「あっ、いらっしゃませー。はい、開いてますよー。どうぞ!」
拝啓、日本の両親と親友へ、異世界生活もそれなりに満喫しております。
マイペース系主人公