神様と社事情
「で、今年は誰がいく?」
かれこれ議論すること既に30分。大理石で出来たような豪華な机を囲むのは数人の年老いた男女。その誰もが白い厳かな服を着て、誰とも目を合わせようとしなかった。
「とりあえず昨年担当したわしが進めるぞ。ミヨコのばあさん、今年こそどうじゃ?」
綿のようなヒゲを撫でながら、老人は隣にいた美代子ばあさんを見る。ミヨコばあさんは眉間にシワを寄せ、殺気すら漂わせそうな目付きをしながら真剣に爪に何かを塗っている。
「何してるんじゃ?」
「ネイル」
「いや、その、ネイルって……今は、あの社を今年誰が担当するか決めてるんじゃけど……」
ミヨコばあさんは特に返事もせずマニキュアを塗っており、老人は小さくため息をついた。
視線の先にあるのは、遥か下界に見えた崩れかけの小さな社。山の中にぽつんとあるだけでそれが社とは呼べないほどに古く、壊れかけていた。
「せっかく社があるんじゃから、やっぱり神様がおらんとダメじゃと思うけどのぉ」
老人が困り果てたのを察してか、ミヨコばあさんの隣にいた別の老人がハサミの手を止め、顔をあげた。
「シロジイ、今さらあんなおんぼろ社におったって腰が痛いだけじゃで?」
「じゃから、わしの名前ヒロシ」
そんなことお構いなしと、またハサミを動かし始めたのを眺めながら老人ヒロシは頭を掻いた。
「わしらも神様やって何年目よ。どうせ誰もこんよ。もうポイしよポイ」
「ポイって、そんな簡単にポイできんじゃろ。せっかくの社じゃのに。そういうリュウじいこそ何しとるんじゃ。さっきから自分の服ちょん切ってしもて」
リュウじいがこれ見よがしに服を広げる。裾はギザギザになり、所々穴が開き、厳かな雰囲気は何一つ無くなってしまっている。
「今下界でだめーじ加工がはやっとるらしいぞ」
「お前がやったらただの事故じゃ。ほれほれ、タツオじいさんはどうじゃ?」
ヒロシは他の老人に話を振るが、やはり顔を会わせようとはしない。
「やだってわし。これからミヨコばあさんとでぇとじゃもん」
「え?違うぞい。これからわしとでぇとじゃよ?」
「おめーそいつは昨日のタヌキの話じゃ」
「タヌキとでぇとしとんのかいな」
「ちゃうちゃう。タヌキはタヌキとでぇとしとったんじゃ」
「ええわ、今年もわしが行くわ」
ヒロシは痛む腰をさすりながらゆっくり立ち上がり、崩れかけた社へと向かった。
いざ来てみると、社は小さく老人が腰かけるのがやっとの上、屋根は崩れかけているせいで前屈みにならないと座れもしない。なんとか賽銭箱に腰掛けたが、頭にはクモの巣が引っ掛かる。
「やっぱり手入れくらいして欲しいのぉ」
そう言いながらふと地面に目をやると、そこにはまだ新しいよもぎ団子が2つ置かれていた。側にはノートをちぎったような紙が置いてあり、老人はそっと拾い上げた。お世辞にも綺麗とは言えない字で、
「来年大学合格よろしく!」
と殴り書きされていた。
「まだポイできんのぉ」
と、言いながら、老人は嬉しそうにふぉっふぉと笑った。