第二話「共に歩こう。満天の星空の下で。」
「君を一生幸せにする。」
僕は天の川の下でプロポーズをした。
相手は、天川美月。もう二度と会うことは無いと思っていた女性だ。
「これから……末永くよろしくね」
にこっと優しく笑いながら、彼女は僕の気持ちを受け取ってくれた。
気が付くと、僕らは大勢の人に見られていた。
ついさっきまで手を繋いだりしていたことを、唐突に恥ずかしく感じてくる。
彼女も恥ずかしそうに少し下を向いていた。
これは男として……いや、夫としてボクがしっかりしなくては!
「あのお店に行こう!」
「えっ!?」
突然の提案に驚いている彼女の手を引き、たまたま目に入った『スターナックス』という名のカフェへと駆け込んだ。
♦︎
「ご注文をどうぞ」
エプロンを身にまとった20代前半ぐらいの男性店員が注文を尋ねに来た。
「僕はコーヒーのブラックで。」
「じゃあ、私はカフェオレをお願いします。」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました」
店員が去っていくと、彼女は頬を赤らめながらボクに話しかけてきた。
「あの日の約束のこと、覚えてた?」
「もちろん。僕から告白をしたし、ずっと記憶にあるよ」
当時を思い出して恥ずかしくなり、僕も顔が熱くなってきた。
「私、こんな場所で再開できるとは思ってなかったよー。あの時から全く連絡が出来てなかったもんね」
「そうそう、美月ちゃんが中学校にいなくて驚いちゃった……」
僕はあの日のことを再び思い出した。
火の海の学校、突然いなくなってしまった美月ちゃん……。
今まで深く考えてこなかったことを見つめ直す。
今、僕の目の前にいる彼女は本当に美月ちゃんなのだろうか。
僕には本当のことがわからない。だけども、今が人生で1番楽しい気もしてしまうのだ。
「ねえねえ星野くん、本題に入りたいんだけど……」
美月ちゃんが思い出したように話を始め、考え込んでいた僕は現実に引き戻される。
「私たちもう夫婦、だよね」
彼女は恥ずかしげに“夫婦”という言葉を出す。
「うん」
「これから……どうする?」
「これから、か……」
確かに、プロポーズの後には何をすればいいのだろう?
恋愛経験が無いので全く分からない。
でも、こんな時は大抵男の家に行くものじゃないか……?きっとそうだ、間違いない!
「じゃあ、とりあえずぼk」
「おまたせいたしました。ココアとカフェオレです」
僕の考えはあっさりと店員に妨げられた。
「あの、頼んだものと違うんですが……」
「え!?申し訳ありません!すぐに確認してきます!」
「お願いします……」
店員さんが去っていったところで、ボクはコホンと軽く咳払いをして場を整える。
もう一度言うとなると恥ずかしさが増してしまうのだが、いつも通りの感じを装って僕は話す。
「とりあえず、僕の家に来る……?」
彼女は頬に指を当てながら少し悩んでいる。
「うん、もちろんいいよ」
おおお!女性ってこんなに簡単に家に誘えるものなのか!結婚ってすごいな……!
僕の家に女性が来たことなんて一度も無い。こんなことなら、普段からもっと部屋を片付けておくべきだった。
「ねえ、星野くん」
「なに?」
「私達、名字で呼び合ってるけど、ひとつ提案してもいいかしら」
「もちろん」
「お互いの名前の呼び方を変えたら昔みたいな仲になれると思うんだけども、どう?」
「呼び方……か。」
「例えば……マコトくんとか?」
「な、なんか恥ずかしい……!」
「じゃあ、まーくんとかは?」
「それは、もっと恥ずかしい!」
「じゃあ、マコトくん」
女性に名前で呼ばれるのは初めてだ。なんだか恥ずかしく、自然と顔が赤くなってくる。
「ボクも、君の呼び方を変えていいの?」
「もちろんよ」
「じゃあ、美月ちゃん。」
「ちゃん……!?」
彼女の顔が真っ赤になる。あれ、ダメだったかな……?
「だ、だめかな?」
「ううん、大丈夫。ちょっと恥ずかしかっただけ」
「じゃあ、美月ちゃんね」
「あう、慣れるまで時間がかかりそう……」
「でも、友達とかにそうやって呼ばれたりするでしょ?」
「まあそうだけど、男の人に呼ばれたのは初めだから……」
美月ちゃんの初めてをひとつ獲得できた。
ちょっぴり嬉しい。
♦︎
注文したドリンクを飲み終わり、「スターナックス」から僕の家へと向かう。
ここから僕の家へ行くには、大通りの先にある駅まで行く必要がある。
大通りには仕事帰りの人や周りの店で買い物をしている人など、多くの人がいて少し混んでいた。
「星が綺麗ね〜!」
「本当だ」
ボクたちは足を止めて、二人で肩を並べながら夜空を見上げた。
夜空に浮かぶいくつもの星たちは、僕達だけでなく、世界中を照らしている。
「実は、小さい頃から星を眺めるのが好きなんだ」
「実は私も、星を見るのが大好き……」
「部屋の窓からたくさんの星を眺めるのが好きだった。嫌なことがあった日も、嬉しいことがあった日も、いつでも優しく照らしてくれているような気がして。小学生のときには、宇宙飛行士になって宇宙から星を間近に見てみたいとか言ってたなぁ」
「夢、か。夢がある人って、かっこいいから憧れちゃう」
「僕の持ってた夢は叶うわけが無いようなものだったから、カッコ悪かったかも……」
僕はなんだか恥ずかしくなってしまい、星をまた眺める。
1分ほど黙って星を眺めていた。
視線を感じ、美月ちゃんが僕を見ていることに気づいた。
「カッコ悪くなんかないよ……」
「えっ?」
「夢があるから頑張れる。目指す未来があるから頑張れる。夢はいつでも自分のそばに寄り添ってくれているものだよ」
「いつでも、そばに……」
「私、覚えてる。小学生の時、マコトくんがお昼休みに宇宙関連の本をいつも読んでいたこと。」
美月ちゃんは、僕を真っ直ぐ見つめながらニコッと笑った。
確かに読んでいた。そして、本気で宇宙に行きたいと思っていた。
「私は、そんな風に夢を追いかけるかっこいい君が好きなのよ」
「……ありがとう」
今まで夢をバカにされてきたことの悔しさや恥ずかしさが全部吹き飛んだ。
夢を持つことは、恥ずかしくなんかないのか。
「行こ!」
美月ちゃんは手を差し伸べてきた。
「うん!」
僕はその手を握る。
僕らは肩を並べてまた歩き出す。
夜空に輝く星たちに照らされながら、僕の家、いや、夫婦円満という夢へと続く道を。
いつまでも一緒に過ごせますように、と願いながら。