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第一話「七夕の夜、物語は動き出す。」

 七月七日夕方五時。僕は仕事の出張で訪れた大阪駅で一人寂しく新幹線のホームへ向かって歩いている。

 ホームにたどり着き、やって来た東京駅へと向かう新幹線に乗り込む。


 新幹線の中は案外空いており、快適だ。

 席について、カバンの中からハードカバーに包まれた本を取り出す。

 本を片手に、ふと窓の外に目をやると美しい夕焼け空が広がっていた。

 美しい景色を見ている内に、新幹線が発車時刻を迎えて動き出した。

 窓の外の景色が流れるように動き始める。

 

 景色の流れは、人の一生のように見えた。人生もこの景色のように、あっという間に流れていく。

 例えば、僕の恋だってそうだった。

 一人の女性に恋い焦がれ続けて、結局23歳の社会人になっても独り身である。

 読もうとしていた本をカバンの中に戻し、シートを緩やかにリクライニングさせた。

 そして目を閉じて、僕はその女性との出来事を思い出した。



 それは、桜舞い散る春の校庭でのこと。

 僕は校庭で一番大きい桜の木の下で、一人の女の子と向き合っていた。

 その女の子は、天川美月(あまかわみつき)。その日は小学校の卒業式の日だった。

 僕は小学校の入学式で美月ちゃんに一目惚れしたが、話しかけることが一度もできていなかった。

 だが、卒業式の日は誰もがテンションが上がっていて告白は絶対に失敗しないという今では嘘としか思えないような噂を聞き、美月ちゃんを呼び出したのだ。

 

 「話って、何?」

 美月ちゃんは首をかしげる。

 「だ、大事な話があって呼んだんだ。」

 僕は覚悟を決め、思いを伝えた。

 

「僕は……」



 


「君と結婚したいんだ!」



 


 ……訪れる静寂。

 それでも桜は舞い続けた。

 

 告白などしたことのなかった僕は、極度の緊張に見舞われて、血迷った()()()()()をしてしまった。

 


 美月ちゃんはいきなりのプロポーズに呆然としていた。

 ああ、これはもう完全に失敗したな、と心の中で泣いていたら美月ちゃんがクスッと笑った。

 恥ずかしさが増し、僕は心の中でさらに泣く。

 

「いいよ。結婚しても。」

 

「えっ!?ほ、ほんとに!?」


「でも、一つだけ条件があるわ。」

 美月ちゃんは僕をまっすぐ見ながら条件を言った。



「私を一生幸せにしてくれること。できる?」


 

 僕は迷わず返事を返した。

 

 

「うん!君を一生幸せにするよ!」


 


 返事をした瞬間全身に電撃が走り、僕はその場で地面に倒れた。


 意識が薄れていく中で顔を上げ、辺りを見渡した。

 

 さっきまで美月ちゃんがいたところには誰もいなかった。

 校舎も校庭も、一面火の海と化していた。

 まるで戦時中のように。

 

 ああ。僕のすぐそばまで炎が近づいて来ている。

 「僕は、死ぬのか?美月ちゃんの返事も聞けずに。この状況から脱することも出来ずに。」

 「…そんなの、いやだ!」

 体の痛みに耐えつつ立ち上がる。

 美月ちゃんを探しに校門を飛び出した。

「くそっ!」

 学校の外も辺り一面火の海。

「何が起きてるんだよっ!」

 

 僕は走った。

 好きな人のために。

 

「大通りなら誰かいるかも…!」

 僕は大通りへと向かった。

 しかし、そこにも人は一人いなかった。

「ぐはっ!」

「さっきの電撃の痛みが体に残ってる……?」


 僕は地面に横たわった。

 

 ガラガラという音が頭上から聞こえてくる。

 ビルの瓦礫が崩れ落ちてきていた。


「もう……だめ……だ……!」


 瓦礫が頭部にダイレクトに当たった。

 視界は真っ暗になり、僕の記憶はここで終わった。




 

 目が覚めると、僕は自宅のベッドの上で寝ていた。

「あ……れ……?」

 

「死んで……ない…?」

 僕は生きていた。ケガも、体の痛みも外傷も無く。

 壁にかかっているカレンダー機能付きのデジタル時計を見てみたが、目が覚める前とまったく同じ、卒業式の日だった。

「ってことは……あれは本当に夢だったのか?」

 そんなことを考えていたら、大事なことを思い出した。

「僕……!美月ちゃんに告白したじゃん……!!」

 正確にはプロポーズになったけど。

「あれが夢だったってことは……僕はもう美月ちゃんと付き合えないってこと!?」

 正確には結婚だ。言い間違えたから。

「う……そだろ?」



               ♦

 


 中学校の入学式の日。

 中学校の校庭には、ほぼ花びらが散ってしまった桜の木が並んでいた。

 入学式とか、桜の木とかはもうどうでもよかった。

 入学式が終わった後、全く知らない校舎を僕は駆け巡った。

 美月ちゃんもう一度会う、ただそのためだけに。校庭、教室、体育館、理科室……。


「いないなぁ……。」

 どこを探しても美月ちゃんはいなかった。

「もしかしたら、もう帰ってるだけかもしれないな……。」

「職員室で聞いてみるか。危ない奴だと思われるかもしれないけども。」


「えー。あ・ま・か・わ……と。」

 担任の先生に名簿から探してもらう。ちなみにこの学校は完全デジタル化されてるらしく、授業はタブレットなんかで行うらしい。

「先生、どうですか。いますかね。」

「うーん。あまかわって生徒はいないっぽいな。」

 先生は生徒検索ソフトの画面に表示された、0件の文字を指さす。

「そ、そうですか……。すみませんでした。お手数をお掛けして。」

「ああ。」


               

 


 「もう、本当に会えないのか。…もう、どうしようもないな…、美月ちゃんのことはもう忘れよう……。



                 ♦

 


 月日は流れ、こうして現に僕は23歳になった。

 中学校にはしっかり登校し、小中学校9年間の義務教育を終え、高校は中堅的なところに通い、大学は高校時代にしっかり勉強したこともあって、国立大学に入学することができた。

 そして先日、大学も卒業し、僕はインターネットショッピングサービスを運営する大手企業「Amezon」に入社した。

 天川美月のことは……。今日、この場で思い出している通り、忘れられなかった。10年前に忘れると誓ったのに。



 七月七日、午後七時。新幹線が東京駅にたどり着いた。

 赤煉瓦の駅舎を背に、改札口を抜ける。

 ふと空に目を向けると、空一面に天の川が光り輝いている。東京駅の周りはビルやタワーマンションの光に包まれている。

「カフェにでも寄っていこうかな……。」

 

 素直に誰も待っていない家へ帰る気にもなれず、そんなことをつぶやきながらたまたま目に入ったカフェに入ろうとした。


 財布を取り出そうと、スーツのポケットに手を突っ込んだ。

 すると、手には覚えのない感触が。

「あれ……?」

 取り出して見ると、一枚の写真が出てきた。

 とても綺麗な星空の写真。

「なんだこれ……?」

 写真を眺めていたら、突然強い風が吹いた。

 写真が高く舞い上がる。天の川へ、満点の星空へ帰るように。

 無限に広がる星空を、一枚の写真にギュッと納めたような、この宇宙の全てが詰まっているような一枚の写真。確かに美しい。だが、得体の知れない写真なんか、風で飛ばされたりなんかしても普通なら追いかけたりしない。

 しかし、僕は写真を追いかけた。

 無くしてはいけない。そう、本能が告げたのだろうか。

 やがて風が止み、写真は僕からほんの少し離れたところにひらひらと舞い降りた。

 


 僕が写真に向けて手を伸ばした先に、別の手が伸びた。

 細めな腕。おそらく女性だろう。

 

「はい、どうぞ」

 写真を優しく掴んだ女性が、丁寧に手渡してくれた。

 お礼をしなくては、と思って顔を上げる。

「ありがとうござ……」



 その時、奇跡が起きた。


「えっ!?」


 つい驚きの声を上げてしまった。

 なぜなら、そこにいたのは僕の初恋の相手、天川美月だったのだ。

 僕の元同級生なので、相手も23歳のはずだ。

 昔から変わらない可愛さに、大人の美人さも加わって……


 そんなことを考えている場合ではない。

 

「天川美月……!?」


 天川美月は驚きの声を上げた。

星野誠(ほしのまこと)、君……!?」


 あの日の告白は……、プロポーズは……もう忘れられているかもしれない。

 

 それでもいい。


 今しか……無いんだ……!


 ここで彼女とまた離れたら、もう二度と会えないかもしれない。


 僕は、小学校の卒業式からこの日までずっと止まっていた思いを伝える。


「僕は、君が好きです!」


「結婚してくれませんか!」


 僕の思いを聞いた天川美月はまず驚いた表情を見せ、笑顔を見せた。


「ずっと、覚えてたよ。あの日の告白だって……私、ずっと覚えてるよ。嬉しかった」


 彼女は僕の想いを、優しく受け止めてくれたのだ。

 

 そして、彼女はあの日交わした条件をもう一度口にする。


「私を、一生幸せにしてくれる?」


 僕は迷うことなく、あの日のように返事をする。


「うん!君を一生幸せにする。誓うよ。」


 そう言って、彼女の手に収まっているあの星空の写真を手に取る。

 

 僕らはちょっぴり恥ずかしくなって、一緒に笑い出した。

 


 僕らの手の中にも

 頭上に広がる夜空にも

 星空がある



 お星様は、僕らを再び結んでくれた。




 天の川輝く七夕の日。

 僕は織姫に出会い、永遠の愛を誓った。



 織姫と彦星。

 僕らの物語はこの夜から始まった。


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