仲違い
「あんたなにキモいこと言ってんの?死にたいの?私に蹴り殺されたいの??」
「待ってくれ頼む!今のは口が滑ったというか正直すぎたというか……」
「私のことをかわいいと褒めたのは良しとするけど、それが初対面の女性に言うこと?そんな平均顔で私にナンパでもしようっての?頭どうかしてるんじゃない?私の蹴りでそのイかれた頭を治療してあげるわ、さぁ頭を出しなさい」
露骨に嫌な顔をしながら物騒な事を言っているが、こちらも初対面で顔のことをバカにされて少し頭にきた。
「頭は正常だしなんならこの状況をどう打開するかフル回転中でいつも以上に冴えてるよ!それにお前こそいきなり初対面の無垢な男の子のことを罵倒した上に蹴ろうとするなんて頭おかしいんじゃねぇの!」
「頭冴えてるならいきなり変なこと言って困惑させないでくれる?キモいんだけど。私だってあんたが出会い頭にナンパじみた台詞なんて言わなかったら蹴ろうとしないわよ!これだから自分で無垢とか言っちゃう童貞はキモいのよね。あと頭おかしいとかさらっと言ってんじゃないわよ!!」
「だからかわいいは間違いだって言ってるだろ!そこは理解してくれよ!!あと、女の子がいきなり人を蹴ろうとするなんてどう考えても頭おかしいだろ!あと童貞は関係ねぇ!」
「うっさいわよ童貞!女の子が正当防衛しちゃ悪いって言うの?男尊女卑もはなはだしいわね。ムカつくしキモいから死ね」
そう言って彼女は僕の顔面めがけておそろしくキレのいい蹴りを放ってきた。僕は驚いて「うわっっ」と情けない声をあげながらもなんとか躱したが、顔を少し掠めた。ひゅっと空を切る音がする。
「っっぶねぇな!本気で顔面に蹴りを入れにくるとかマジで頭おかしいだろ!別に僕が襲おうとしたわけでもないから正当防衛にはならないからな!」
「あんた今のをよく避けたわね、雑魚にしてはやるじゃない。お望み通り、次はその顔面にぶち当ててあげるわ童貞くん♡」
もうこちらの言葉など1ミリも耳に入っていないらしい。かわいらしい声とは裏腹に彼女は、殺意剥き出しで次は外さんとばかりに集中している。
ここにいたらまずい。逃げなければ顔が歪んでしまう。ただでさえ平均を体現したようなレベルの顔なのに、これ以上手を加えたらしばらくモテなくなるじゃないか(まぁモテたこともないんだけどな)。
僕は自分のリュックを素早く拾い、その場から立ち去ろうとした。しかしチャックがうまく閉まっていなかったらしく、中の教科書やペットボトルをそこら中にぶちまけてしまった。
「しまった…」と思って立ち止まってしまったのは完全に失敗だった。
「あら〜?逃亡失敗ね♪そのまま大人しくして、お姉さんと楽しいことしよ♡」
甘い誘惑をしている彼女に身の危険を感じながらも、体は再び逃げる体制に入る。教科書なんてこの場をやり過ごした後に取りに帰ってくればいい。
そう思ったのも束の間、僕は目の前になにかが飛んできたのがかろうじて見えた。そして猛烈な痛みとともに地面に倒れこむことになった。
「…ぅぅ…………」
「ごめんね?あなたが気持ちの悪いことを言わなければそんなことにはならなかったのにね。これからは女性にはちゃんと礼儀正しく行動するのよ?わかった?
それと、血が出てるからしっかりと後始末はしなさいよ?そのまま放置されても困るからティッシュくらいは置いていくわ。感謝して使いなさい。じゃあね、もう二度と会いたくないわ。」
そう言うと彼女は僕の方を一度も振り向かずに立ち去って行った。鼻の辺りの痛さが半端じゃない。折れてないか疑うレベルだ。顔を押さえている手から腕へ生温かかい鼻血がツーっと伝ってきた。いつぶりだろ。小学校の時にした喧嘩以来か?
というか、人を罵倒しまくった挙句に正当防衛を唱えて先に手(正確には足だな)を出してとっとと去っていくなんて、なんてひどいやつだ。外道だ。その見た目は野蛮な性格を隠す衣かよ……。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。すぐさま彼女がおいていったティッシュを手に取り、鼻を押さえて止血を開始する。服にもちょっと飛び散ってるなぁ。取れるのかなこれ……。取れるだけ取っておかないと母さんになんて言われるか……。
痛い。もうむちゃくちゃ痛い。今までこんなに強く顔面にダメージを受けたことなんてないぞ。あの女本気で人の顔を蹴りやがって……普通の女の子だったら絶対しないだろ……しかも恐ろしくキレのいい蹴り……何か格闘術に違いない……じゃなきゃかよわい(?)女の子があんなに鋭いキレと威力を兼ね備えた蹴りなんてできないよな。
それよりも痛い、尋常じゃないくらい痛い。いくら初対面の女の子に変なことを言ってしまったとはいえこの制裁は割りに合わない。次に会ったら絶対にやり返してやる。
でもあいつのことだから、仕返しをしたら倍以上の何かが返ってくるよな……。またあの恐ろしい威力で蹴られるのだけはごめんだ……。どうやり返そう……。
そもそも暴力女にやり返そうってのがそもそも間違いなのか?だからって一方的に蹂躙されるのはどう考えても理不尽だろ……。
鼻血のやつ、ドクドクと流れ続けて固まるのを嫌っているらしい。家に帰る前になんでこんなことになるんだよ……。止まったらすぐに帰ろう。
鼻を押さえながら教科書を拾い、軽く振って埃を落としてからリュックにしまい込んだ。幸いにも教科書には鼻血が付いていなくて安心したけど、まだお茶の入っているペットボトルには血が飛んでいた。帰る前にどこかで捨ててこないと、帰った時に母さんに何か言われるはず。
いつもの帰り道の途中には自動販売機なんてものは無く、ゴミ箱なんてものももちろん無い。コンビニはあるにはあるが、家とは真逆の方向にあって距離もちょっとだけ遠い。
ちなみにどうして学校のゴミ箱で捨てないのかと言うと、誰かが大学中のゴミ箱に生ゴミを捨てるという事件が多発し、犯人の特定が未だできていないため大学側が学校中のゴミ箱をしばらく使用停止にしているからだ。そのためゴミは自宅に持ち帰るか、その道中で捨てなければいけない。
じゃあ駅で捨てればいいじゃないかと言われるかもしれないが、最寄駅には不自由にもゴミ箱を設置してくれていない。途中のゴミ箱が置いてある駅で降りれば確かに捨てられるのだが、それはめんどくさい。
だから最近は学校で買った昼飯も飲み物も持って帰っているのに、今日はダメだ。めんどくさいけどコンビニまで歩かないといけない。
「なんか今日は散々だなぁ。変な夢見たいなのは見るし、せっかく可愛い女の子が善意で声をかけてくれたのに喧嘩になっちゃったし、その上蹴りももらっちゃうし……。でもよく考えて見たらわざわざ起こしに来てくれたんだよな。こんな蹴りができる子とはいえ、見ず知らずの寝ている僕を起こしてくれるような優しい一面もあるんだ。多分……。次にまた会ったら謝ることにしよう。こんな風に人を蹴るようなやつだけど、一応女の子だもんな」
僕は痛む鼻を押さえながらぶつぶつとつぶやいていた。鼻の痛みはなかなか取れない。やっぱり痛いから謝罪だけじゃなくて文句も言おう。
彼女への不満を募らせて色々文句を考えながら席に座っていたが、鼻血は思っていたよりも早く止まってくれた。鼻にティッシュを突っ込んだ、絵面の悪い状態で帰らなくてすむ。さっさと帰ろう。
今日は疲れたから課題なんて無視して帰ったらすぐに寝てやる。コンビニに寄って帰るのめんどくさいなぁ。
そう思いながらフラフラと立ち上がり、服の汚れを落としにトイレに向かった。鏡で自分の顔を確認したが、少し赤いだけでいつも通りの顔がそこにはあった。いつものモテない顔。異常なし……。
少し時間が経ってしまったせいか、服についた血はしつこくこびりついて全部は取りきれず、諦めてバス停に向かった。
普段しない授業中の居眠りのせいでいつもより遅い時間になってしまったことと鼻血事件もあり、バス停には人影などほとんど消えていた。バスを待つ間も鼻はズキズキと痛み、待ち時間は少し長く感じた。バスが来て乗り込むなり目を瞑り、疲れたせいか駅まですっかり寝てしまった。
駅に着いても眠気は取れず、電車に乗り込んで席に座るなり目を閉じ、次第にウトウトし始めそのまま眠りに落ちた。不思議と最寄り駅に着くと目が覚めて乗り過ごすことも無かった。
最寄り駅に着くと勝手に目が覚めるこの能力に何か能力をつけてやりたい。そう思いながら改札を通り、いつも当たり前のように通っている道とは真逆の方向に足を進める。
僕の住んでいる所は市の南方に位置し、マンションが多く建てられていて所謂ベッドタウンになっている。街灯も等間隔に並んでいて、夜も変質者が歩きにくいくらいに整備されている。
それと比べるとこっちの北地区は一軒家が多く、道並みに連なる家から漏れる光が道路を照らす手助けをしている。街灯は無いわけではないが、夜に1人で出歩くには少々心許ない。
蹴りをお見舞いしてくれたあの子でも不安になりそうだ。ふとそう思ったが、一体どうしてあの子のことを考えているんだろう。寝ていたおかげで今の今まで忘れていた鼻がまたジンジンと痛みだした。今度会うときまであの子の存在は抹消してやる。
季節は夏に差し掛かってきているが、今日はなんだか冷える。Tシャツと上着を一枚着ているが、それでも肌寒く感じる。ゴミなんて早く捨てて帰ろう。そう思い足を早める。
寒さに負けて走ったりしたおかげで目的のコンビニには思っていたよりも早く到着できた。駅の近くは少し寒かったのに、今はなんだか少し暑い。
コンビニの外にはゴミ箱が設置されていたが、ゴミだけ捨てて帰るのは店側からすれば迷惑だよな……。外のゴミ箱にゴミを捨て、何が欲しいわけでもないが仕方なく入店することにした。
「いらっしゃいませ」とやる気のなくダルそうな店員の声が聞こえる。お客様が入店してきたってのになんだよその態度……。もっと働いていることを自覚しながら接客しろよな……。
まぁいいか。店員のことなんてどうでもいい。何かいいものあるかなぁ。
店内には立ち読みをしている学生や社会人、手に惣菜を持っていて晩御飯を買いにきているであろうOLらしい人がいた。
中に入ったのはいいけど特に欲しいものもないんだよなぁ。店内を物色した後になんとなくお菓子を売っているところで立ち止まる。
普段お菓子なんて買わないから何がいいのかわからないしこのまま帰りたい。でもせっかく入店したからこのまま何も買わずに出るのも嫌だ。
どうしようか。もうじき二十歳になろうという人間がお菓子売り場でずっと悩んでいるって変だよなぁ。誰かに見られたらどうしよう。まぁ僕の友達はこっちの方面にはいないはずだからその辺は大丈夫か。
グミなら好きな時にたべられるしこれにしようかな。そう思いぶどう味のグミに手を伸ばしている最中、突然誰かにお尻を蹴られてよろめいてしまう。
「いてっっ」
「何してんのよあんた、そこどいてくれる?」と聞き覚えのあるツンとした声が背後で聞こえる。
「べつになにもしてねぇよ。」僕はそう言いながら振り返る。
そこには僕が鼻血を流す原因となった女の子が、不機嫌そうな顔で僕を見つめていた。