出会い - a
『・・・・・・・・であるからして・・・・である』
また大学の教授がつまらない講義をしている。
「高い金を(親が)払っているんだからもうちょっと興味を持たせるような話をしてくれよ………」
『私はこの事象に疑問を抱いていて・・・・・』
つまらない……大学ってのはこういうものだったのか……
「あのときしっかり勉強していればなぁ……」
学力が高すぎず低すぎずの進学校にいた僕は、周りが進学だなんだと騒いでいたからなんとなくその流れに乗って就職に有利だろうという浅はかな考えで理系の学部に進学した。
その結果がこれ。つまらない授業につまらない教授。女子の絶対数は圧倒的に少ない。
「どうせだったら文転して女子のいっぱいいる楽園……もといハーレム……またの名をヘブンに行っていればモテること間違いなしなのになぁ」
こんなにポジティブでも普段はネガティブだ。そのくせすぐに調子に乗る。容姿も普通で生まれてこのかたモテたためしなど一度もない。
加えて人見知り。さらに加えてかなりのコミュ障である。負のバーゲンセールかよ。我輩はツライのである。
仲の良い友達とは普通に話せるし、そういう友達も少しはいた。だがしかしそいつには僕の他にも仲の良い友達はいるわけで。つまりなにかって。ただいま絶賛独りボッチ……………………………
そんなはずない。一人でいることが好きなこの僕を、ボッチで惨めなやつだと自分で肯定してしまうところだった。そんなわけないんだ……認めない……僕は絶対に認めないからな!!じっちゃんの名に誓って!!
大学生となってから一年が過ぎた。今年もジトジトして鬱陶しい梅雨が終わり、季節は夏色に染まり始めている。
夏休みが近いなぁ。友達と海とか行ってワイワイやったり、浴衣着た女の子とお祭りに行ってみたかったなぁ。部屋で悲しくゲーム三昧かな。悪くない。一人だって楽しいゾ。寂しくなんかないゾ。サビシクナンカ……………
暑いなぁ。寒くなんかないゾ。サムクナンテ………………
「去年は部活の人たちとも仲良くしてたのになぁ……」
一瞬僕に視線が注がれたような気がした。
なんだビックリさせるなよ。独り言をつぶやいてしまった気がしたが、そうではないらしい。講義中に独り言なんてボッチとしてのランクが上がってしまうじゃないか。ランク上げなんて終盤まで進めてしまってランク上げしかすることがなくなったゲームだけで十分だ。
「ねぇここの席座ってもいい?」
突然背後からかわいらしい声をかけられビックリして一瞬ひるんでしまった。だがここで焦ってはボッチの恥、そして男の恥だ。焦るな、焦るな僕。
声の主に気づかれないようにそっと息を吐き出し、コンディションを整えて何事もなかったかのように振り向こうとした。
しかし自分の高度な一瞬の駆け引きも意味をなさず、すぐ背後で
「いいよ、詰めるから座って」と男の声がした。
「ありがとう!今日目覚ましが鳴らなくて電車に乗り遅れちゃってさぁ」
「そうなんだ、それは残念だね。さっきまでこんな感じのことしていて、ここが今日のポイントで・・・・」
と男女の何気ない会話が聞こえ始めた。
嘘だろ…………。そこは僕に声をかけろよ!話しかけられる準備したじゃん!なんでそいつなんだよ!
僕だって話しかけられていたらな、お前より楽しい会話をしてそのかわいい声の女の子を楽しませて連絡先を聞いて遊びに行ってそのままいい感じになって女の子を落としていっぱいデートしてムフフ………
そんなモテない男子にありがちな妄想劇を繰り広げていたら授業終了のチャイムが鳴った。
おっと、女の子と遊ぶのもこれくらいにしといてあげよう。今日も妄想で忙しいし一人でも楽しいゾ。寂しくなんてないゾ。サビシクナンテ…………
次の講義に行かないと。ボッチだって忙しいんだからな。席を取っておいてくれるような人はいないし、早めに教室に向かって自分で席は取らないとだし、教室に着いたらなるべく隅の方で空気と化し授業の間己の存在を消す。匠の技だ。こんな芸当なかなかできないぞ。褒めてくれていいんだよ?できればそのままチヤホヤしてくれて楽しくて明るいところに僕を連れ出してください。
まぁいきなり明るいところに出たところで焦ってオドオドして疎まれて一人に戻るんだろうな。暗いな。僕はダメなやつだ。
授業で使ったものを片付けていただけなのに悲しくなってきた。次の教室に向かうか。次の教室まではけっこう遠い。疲れるし歩くのだるいなぁ。
僕の通っている大学は電車とバスを乗り継いでやっと到着する山奥の私立だ。設備自体はいろいろと綺麗なところが多いし、学内にエレベーターやエスカレーターだってある。
ただし文系と理系でキャンパスを分けていないから学生はうじゃうじゃいるし、留学生だってちらほらいる。留学生と一緒に授業を受けることだってある。あと敷地がやたら広い。だから授業によってはキャンパス内の端から端まで歩かないといけなくなったりする。今の僕がそうだ。
しかも山を切り開いて作ったような大学だからキャンパス内のアップダウンは激しい。入学したての頃はまだ若くて元気があってバリバリ階段を使っていたっけな。最近は文明の利器を当たり前のように使うようになってきたし、1年経って老けたような気がする。まぁ使えるものを有効活用するくらい賢くなっただけだよな。
僕以外の学生も大半がエレベーターやエスカレーターを使うせいで、普通に歩く方が早いんじゃないかってくらいにゆっくりと進むことになる。おかげで次の教室に着くまで10分もかかってしまった。授業開始まであと少し。
時間がかかった原因の半分以上は歩かずに来たせいだけど、楽に来れたから気にしない。こんなに器がでかいときっと将来大器晩成に違いない。将来有望な若者を所望する企業の人は、ぜひ僕をスカウトすると良いですよ。
教室に着いたはいいが、少しゆっくり来すぎたらしい。どこの席に座ろうか迷っている学生が通路のそばで溜まり始めている。
こいつらに付き合っていたら自分の座る席がなくなってしまう。席が無くなって誰かの隣にわざわざ座るなんてごめんだ。
僕は大きくなりつつあるその群れををうまくすり抜けて一人になれる端の席を素早く確保した。これが匠の技だ。ボッチになって不覚にも獲得してしまった僕の能力と言えよう。ふっ……………。
掃除のおばさんが教授が立つところと黒板を掃除している。さすが仕事なだけあってキレイに片付けている。
このまま僕の存在も片付けてくれないかな。ボッチはやっぱりツライよ…………。そう思っていたら突然意識が遠のいてきた。薄れゆく意識の中で僕は何かを期待していた。
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんだ……?誰かが何かを囁いているのか?いや、それにしては少し遠いような………
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
まったくわからない……。知らない言語のような気がする………。僕は頭も良くないし、頼りないし、力になれそうに無いな……。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネ」
最後だけ日本語のような………なんだ?
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ふと目を覚ますと講義は終わっていた。教室に着いてそのまま寝ていたらしい。残念だ。あの声の主もなんとなく察しがつく。たぶん留学生が聞き取れなかったところを聞いていたんだろう。そうに違いない。だから言語だって理解できなかったんだ。現実はつまらないな。
もしあの時の声の主がこの世のものじゃなくて、そいつに連れられてどこか知らない世界にワープしていたらどれだけ楽しかっただろうか。
でも……どこにだっている平凡な僕が急にどこか知らないところに飛ばされるなんて夢物語、あるわけないよなぁ。
だってこんな僕を召喚したってろくに働きもしないだろうし、そのくせブツブツ文句を言い続ける粗大ゴミでしかない。
そんなうっとおしいやつをわざわざ召喚する奴がいればそれは、物好きかバカの二択しかないな。前者だったら実験やらなんやらでこき使われてめんどうだろう。後者ならそいつはきっと相当バカなやつで、いろいろ失敗して困っている姿を見せつけられて、良心を刺激されて手伝うことになるはずだ。相場は決まっている。どっちにしろめんどうなことになるだろうな。
召喚するやつをランダムに選んでいてたまたま僕を選んでしまっていたら……疎まれるだけじゃすまなくてイジメられて迫害されるかも。いっそ殺されてしまうのかな。
もしそうなったら仕方ないな。その時は潔く死のう。別に悔いとかは無い。・・はもっと欲しかったけど……。いや、なんでもない。
潔く死のうとするなんて日本男児らしい良い心がけだよな。切腹でもしてみるか。痛そう………できるのかな……死ぬ勇気すら持ち合わせているのか怪しいな。
いつもこうだ。すぐに意見が変わってしまう。僕はやっぱり中途半端でつまらないやつだ。虚しい。
帰ろう。家に帰って課題をして、ご飯を食べて、お風呂に入って、だらだらして、そして寝よう。家族以外の誰とも関わりを持たない、いや持てない、大学生らしい華やかさとかそう言ったイベントは一切無い、一人で完結してしまう計画。他人に一切干渉されない完璧なボッチ。乾いた笑いが止まらない。
教室のドアの付近には講義が終わって出ていくところであろう学生と次の講義を受けに来たらしい学生でごった返している。立ち上がって帰ろうにもあの人混みにぶち当たってイライラするだけだろう。少し時間を置いて人混みが落ち着いてから帰った方が賢い。
そう思い帰る準備を済まして机に突っ伏していると、再び意識が薄れてきていることに気づく。
まだ寝足りないのか。普段夜更かしだってそんなにしないし、そのおかげで講義でもほとんど寝たことなんてない。しかもさっきは珍しく講義を丸々寝てしまったのに。
おかしい。一体僕の体はどうしてしまったのか。考える余地などないままに僕は再び意識を失った。
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
よう、また会ったな。いや実際には会えてはいないわけだけど。
「・・・・・・・・・・・・・・!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
前よりいっぱい喋ってるな。いいかげん僕のトーク術で楽しませてやりたいよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
本当に何を言っているのか理解できない。残念に思ってくれ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アゲル」
アゲル?なにをくれるんだ?甘いものでもくれるのか?甘いものなら大歓迎だ。それとも未知の出来事でも起こしてくれるっていうのか?でも何か変だ………
そこでふと、何かが僕の中に流れ込んできてるような気がした。それがなんなのかを僕が知るのはずっと後の事だった……
的なナレーションでも入らないかなぁ。それにしても寝ているはずなのにいやに意識がはっきりしているような……まぁいいや。僕は眠たいんだ………
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誰かが僕の体を揺さぶっているような気がする………。誰だよ、人が気持ちよく寝てるっていうのに邪魔する奴は……。あまり怒るタイプじゃないけど怒ってみようか。僕の睡眠を妨げた罰だ。
そう思いあやふやの意識の中で僕は勢いよく自分の体を起こそうとした。
しかし、ゴツンという鈍い音とともに後頭部にひどい痛みを与えてくれたせいでやめた。痛ってぇ。すごく痛い。頭を抱えないとこの痛みは我慢できそうにない。でもこうなった原因を確かめずにはいられない。
しぶしぶ顔を上げてみると、誰だか全く知らない女の子が僕と同じ格好でうずくまっていた。あぁそうだよな。この痛みはやっぱりそんな格好にならないと我慢できないよな。まぁあんたが僕の体をユサユサする位置を考えなかったから悪いんだからな。僕は悪くない。でも痛いのはよくわかるしかわいそうだから痛み分けってことで水に流してあげよう。僕の寛大な心遣いに感謝するんだね。
調子に乗るのはここまでにしないと。だから一人なんだぞ。せっかく起こしてくれたんだから声をかけないとダメだよな。女の子と話すなんて久しぶりだ。なんて声をかけよう。
声のかけ方を迷いながらも女の子のことを少し観察してみた。
顔は見えないが、もしかしてこの子はかわいいんじゃないか?髪は長くてキレイなブロンドヘアだ。服装もかわいい。青のショートパンツに白のシャツをうまく合わせている。とくに靴がかわいいな。きっとそこそこの値段はするはず。
ファッションには疎い方だが、センスが良いのはわかる。服装からすでにかわいい。しかも夏が近いせいか肌の露出も多めだ。
露出の多い服なんてある程度顔面偏差値の高い人しか着ないよな。ちょっと偏見かもしれない。
でもこれはまず間違いなくかわいいはずだ。第一印象でキモいと思われないように言葉を選んで注意しないとな。
「あの、急に頭を上げちゃってすみません。頭は大丈夫ですか?」
「はぁ?頭大丈夫かって、私のことをバカにしてるの?!」
そう言って少し怒りながら彼女は立ち上がった。ちょっと日本語がお留守なのかもしれない。そう思っていたけど、
「かわいい」「はぁ???」
しまった、声に出てしまったようだ。これが僕と彼女の出会いだった。