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第8話


「ところで! 俺はいつまでここにいればいい!?」


 水性ペンで落書きした翌日。こけしに三時間土下座させられたことを除けば比較的平凡な日常だった日の、真夜中のことである。


 俺はまたもやあの悪夢を見ている。毎晩必ず見る悪夢。正直毎晩コイツに会うというのは嫌じゃない。話はだいたい合うし、気が向いた時には魔法の受講など受けたりする。

 そういう訳で悪い空間じゃないんだ……だけど、だからって。


「起きてる判定にするのは酷いぞォ!!」


 そう、今の俺は何らかの秘密結社の陰謀のせいか『起きている判定』を食らってる。もっと簡単に言えば、朝起きると眠い。八時間以上は寝たというのに朝起きると眠いのだ。

 つまり、朝日が登ると同時に布団に入る――前世と似たような生活に陥っているのだ。

 それなら、この悪夢の中で寝ればいいのではないか!? という所に、一度は辿り着いた。しかし、その先が見えていなかったのだ。

 この悪夢の中には絶対神が存在する。つまり、寝ようとすれば……ありとあらゆる責めによって起こされる。そんな生活を一日、二日、と続け。まぁ、こんな生活も悪くないか――と隙を見せたのが、悪かったのだろう。


『リアルアシダカグモ百匹ぶっかけるドッキリ』

の犠牲者になり、本気でこの悪夢から抜け出すことを思案中である。



「おーい、どうしたんじゃ? いきなり大声を出したと思ったら固まって」


 無視だ。ひたすら無視するんだ。アイツは幼女の仮面を被った悪魔だ。アシダカグモはないわ、ゴキブリならまだしも。なんでそれ選んだんだよ。アシダカグモは好き嫌いハッキリ分かれる蜘蛛だから、大嫌いな人と大好きな人しかいない虫だから。もちろん俺は前者である。


「……そうか、そうじゃな。確かにやりすぎたかもしれぬ。すまんな、久方振りの来訪者であったため、少し浮かれすぎてしまったようだ……」


 こけし……! いや待て! これはコイツの作戦かもしれない。一回上げといて一気に落とす。俺は何度もこの罠にかかってきた……今更そんなちゃちなトラップに引っかかるかよ! ここは無視一択だッッ!


「もう、話してすらくれぬのか……しかし、この悪夢も終わりじゃ。よかったの」


 …………


「前も話した通り、妾の本体(こけし)には微弱ながら呪詛がかけられている。目に付いたものを片っ端から妾のこの空間に呼び込むという呪詛が……しかしそれは単なる子供だまし、たまたま迷い込むような運の無い人間を弄ぶ暇つぶし用に組み込んだモノじゃ」


 ……今回は、少し凝った作り……だ。


「何百年に一回かかるかどうか……そんな下らない玩具じゃったのに……あろうことか毎晩毎晩律義に妾の呪詛で迷い込んでくる者があらわれたではないか。……本当に、楽しかったんじゃ。一人はとてつもなくつまらないのに、そんなつまらない存在がもう一人いるだけで、ここまで楽しくなるのか……と」


 こけし……?


「しかし、それも妾ただ一人の自己満足でしか無かったのだろう……すまぬな、シー。さよならじゃ」


 こけし、何……してるんだ? 俺に向けたその手で何する? 

 俺の体に、紫の煙が集まってくる。次第にそれは形を成し、俺を現世に返そうとしていることがすぐ分かった。

 

「待て! な、なんだよこれ!」

「もう、ここに来ることもないじゃろう。妾の本体にかかっているのは微弱な呪詛。少しの教養を身につければいとも容易く跳ね返せる。妾が今まで教えて……いた…のも、その類の…もの……だ」


 次第に、紫の煙が体中を覆い尽くす。意識が半分持ってかれてる……けど、待てよ。


「待てって!!」


 我武者羅に腕を振り回すと、奇跡か偶然か、紫の煙は俺の体から消え去った。


「――なぜ、妾の……」

「なんでっ……て! そんなの」


 意識が半分ない状態でも、良く見えたんだ。


「お前が泣いてるのにほっとけるかよ!」


 その綺麗な紫色の瞳には似合いそうもない水滴が、一つ二つと流れ出ていた。


「悪かったよ。本当はそこまで怒ってないよ!」

「ほ、本当か……?」


 少し赤くなっている双眸が、上目遣いでこちらの様子を伺っている。あるぇ? コイツってこんなに可愛かったっけ?


「……まぁ、なんだ、俺が言うのもお門違いかも知れんが、あの程度で決別を決心するのは……大袈裟だろ。もっと、そうだな……人と話して色々と養っていかなきゃいけないと思うぞ?」


 とりあえず、とこけしには離れてもらい。どうしたもんかと首を捻る。こっからどうしよう。

 もちろん、気の利いた言葉などこれ以上続かず、普通よりは少し永い静寂のあと、


「くっ、ははははははっ! そうか、そうかそうか」


 なにか吹っ切れたように笑うこけし、を眺めている俺は、何かしらの不安を感じていた。


「いやぁ、まさか貴様があそこまでちょろい男だとは思ってもなかったぞ」


 皆の衆。解散である。


「ちちちちげぇし!? チョットのっかってやっただけだし!?」

 

 色々と言いたいことはある。しかしそれももうぜーんぶどっかにとんでいった気がする。あの時感じた可愛らしさもぜーんぶ一緒にぶっとんだ!



 さて、ここまでが茶番だったわけだ。けどさ、子役の子達が涙ぐむシーンを演じる時は、悲しい時のことを想像して涙するわけなんだよ。

 こけしの、あの涙だって、なにか悲しみの中から生まれているのかもしれない。それこそ、あの時語ったながったるいことと関係しているかも知れない。そう思わないとやってらんねーぜちくしょう!!







 あの悪夢から目覚め、俺は現世に帰ってきた。依然眠いままだけどなぁ〜。

 とにかく、アイツに会えたことは俺にとっても多分アイツにとってもプラスになったと思いたい。

 そのお礼として、こけしだとかアイツだとか呼ぶのはやめにして、この名で呼ぶことにする。『KOKESI』からKKIを取り、『AITU』からはAITを取る。そしてこれを組み合わせ、『嘉吉(かきち)』と名付けることにする。適当だとかセンスがないってのは慣れてもらうしかないぞ。


「これからもよろしくな、嘉吉!」


 あの未完成こけしに二礼二拍手一礼する。

どこかから、『ふふふっ、おかしな名前じゃ……』なんて聞えるように感じたが、最近よく聞く幻聴だろう。そうだろう。



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