第7話
血の滴る音。
それは次第に近づいて来て――
「ウワァァァァァァ!!」
ここ最近、悪夢を見る。そのせいか、叫ながら起き上がるので、近隣住民との仲が悪くなりつつある。
「うるさい!!」
やれやれ、今日もまた騒がしい朝を迎えることになるらしいな。
「あ、謝るから! ごめんなさい!! だ、だから、その、首が絞まってるのよ!? ナツサマ!?」
「あははっ、絞めてんのよ」
うわ、この目マジなやつだ。
まっ、待って、これ、意識が完全に――助けて、リサニャン………………
「おい、マジで気絶したじゃねえか」
いつの間にか自分の部屋ではない場所に立っていた。
ナツもかなり苛立ってたらしい。まさか本気で絞めてくるとは思ってもなかったし。
ま、まあそれはいいとして? 今はこの状況をどうするべきなのか――だ。
既に十回ほど体験したことある悪夢の世界だから、感覚で分かる。アイツが来てる。
茶色の身体で、2mぐらいあって、常に何かを食い漁ってる……正体不明の怪物が! 今まで、幾度となくその正体を見破ろうとして失敗したが……今日こそ決着の時だ!
血の滴る音。キタッ! 奴だ。
二時の方向、距離10メートル。その曲がり角から姿を現す。ここまでは、いつも通り。
このあと、俺の姿を確認すると、突然飛びかかってきたり、ずっと俺の近くをぐるぐる回ってたり……様々な方法で苦しめられたが、ここで決着をつける。
今まで、恐怖心が接着剤の代わりをつとめ、一歩も進め無かったが、何周もしたホラーゲーム。ビビる奴が、どこにいるってんだよ!!
ただひたすらに走ること! 運が良ければアイツの攻撃を躱すことが出来るし、これでアイツの正体を見に行く。この目で直接!
曲がり角まで、あと、3m。
チェックだ。
曲がり角から現れた影。
次第に光が差し込み正体をあらわにしていく。
…………茶色の身体。2m。肉食。後ろ二つの要素は要らないと思うが……
「ただの馬鹿でかいこけしじゃねーか!!」
はっ!! ここは……?
どうやら、夢から覚めたらしい。見覚えのある畳の部屋に寝かされていた体を起こしながら辺りを見回す。
右にこけし
左にこけし
足元にこけし
布団の中にこけし
こけしだらけの部屋で、目が覚めた。
「だからだよッ!!」
拝啓、お袋様。
僕は現在、同居人から呪われているみたいです。
〇※〇※〇※〇※〇※〇※〇
「なっ、このカワイイこけしちゃんを捨てろと!?」
「す、捨てろなんて言ってないだろ? ちゃんとした所に持ってって供養してもらおうって……」
原因が分かったら、次は解決策を模索するだけだ。と意気込んでいたものの、突然現れたラスボスにただ呆然と言い訳を連ねることしか出来なかった。
とりあえず、俺としてはこけしなんて恐ろしいものは即刻捨てていただきたいのだが、リサがこけしを抱えたまま動かない。こけしにどんな思い入れがあるというのだろうか。
「てか、俺が呪いのせいで(ナツに)殺されてもいいのか!?」
「もちろん!!」
「即答!?」
マジに本気でこけしになにがあるんだよ!?
「まぁ、落ち着けよ二人とも」
そんな掴み合い殴り合い一歩手前の俺らを止めたのは、ラルクの一言だった。コイツ今まで傍観決め込んでたくせに何様のつもりだよ。
「そんな捨てる捨てないの水掛け論続けても意味無いだろ」
……ちっ、わかったよ。
「こけしをすてるなんてとんでもない!」
「そいつらがいると俺が殺されるんだよ(ナツに)」
「そんなの、このこけしが原因かわかんないじゃん!」
「いーや、そのこけしが夢に出てきたんだから絶対そうだよ!!」
「嘘だ!」
「嘘じゃねえ!」
「じゃあ、どの子が夢に出てきたって言うんだい? かやこ? それともさだこかい!?」
「名前とか知らね――いや待て、そいつら全員に名前つけてんの?」
もちろん、とリサは声を張り上げていたが、俺の耳にあまり聞こえてこなかった。
一体一体に名前……そういえば、こけしは茶色なんて色じゃなくね? 服の絵が書かれていたりするし、完璧な茶色なんてリサが持っているこけしの中には"無い"
「……リサ、もしかしたらこけしを捨てなくてもよくなるかも――」
しかしリサは相も変わらず後ろで「捨てないし!」と叫んでいる。
とりあえず、落ち着けとなだめて話を続ける。
「これ以外にこけし持ってるだろ? ちょっとそれを見せてくれ」
そう言うと、なんだか不満そうな顔で、リサは畳の部屋に案内してくれた。
「違う……これも違う……」
畳の部屋の奥底から出てきた、木箱いっぱいに詰め込まれたこけしを一つづつ吟味していく。
探しているのは未完成のこけし。あの茶色は木を削っている途中の色だったと思う。
しかしまあ、よくもここまでこけしを集めたもんだ。
だいたい500体程度……それ以上かも。そんな大量のこけしの中から特定の一つを見つけるなんて……ん?
そんな不安に駆られている俺の手に、こけしが転がってきた。しかも、それが探していた未完成のこけしだった。
「あった」
いとも簡単に見つけてしまって拍子抜けするが、俺は知らない。なんの斜面もないこの部屋でどうやって転がってきたのか、とか。全然知らない。
さて。このこけしをどうしようか? 焼いてしまおうか、塩漬けにして捨てようか……それとも。
「シーやん、見つけた?」
こけしの処分の方法を考えていると、何かを察知したのかリサがやってきた。
「ああ、見っけた」
そう言いながら見つけたこけしを掲げると、
「あー! 懐かしぃー!」
リサが黄色い声をあげ駆け寄ってきた。
「これどこにあったの? 失くしたと思ってたのになぁ」
「どこって…………」
あれ? これ、どこにあったんだ? あっちの方から転がってきたけど、あっちにこけしは置いてなかっ――
「とにかく! 俺はこいつを燃やす!!」
「駄目だよ」
そう叫び立ちあがった俺に、リサが声を張り上げて言う。
意外と本気の『駄目』っぽくて驚いていしまったが、俺の生死に関わりそうなのでこのこけしは捨てないまでもお祓いはしに行きます。
「とにかく、コイツはお祓いにでも――!?」
突然、目眩がした。
また倒れるのか? いい加減にしないとわざと気絶してんじゃないかと疑われるじゃないか――
うん、ここまでいくとわざとだって疑われても言い返せないな。
ここはどこだろうか……ああー、そういうことね。なんとなく理解した。
俺は呼び出されたのだろう、あの未完成のこけしに。
俺がいた空間は、いつもの悪夢のようなどす黒い空間とは違い、無機質で質素な空白の空間だった。
そしてそこに、未完成のこけしが人の形に変わりつつ存在していた。
「それで? なんで俺をこんな目に遭わせたのか聞きたいんだけど?」
「何を言う、妾は何もしておらん。貴様が平坦な地面で転んだだけのことよ」
こけしはそう言って引き笑い、完全な人の形へと変わる。
「って、ちょっと待て! なんだその姿は!!」
なんとそこに現れたのは、小学生低学年程の背丈に、腰まで伸びている長い髪を携えた全裸の幼女だった。
なぜ全裸!? あ、そうか未完成だから『幼女』で『全裸』なのね。そんなんで納得したくないけどな。
「うん?……なぜ目を閉じているんだ」
「普通は閉じるだろ。世間一般論なら!」
そう、目の前には全裸の幼女がいる。そんなものをまじまじと見つめる勇気はないし。別にロリコンじゃねえし。
「……しかし、この姿は貴様の深層心理を忠実に再現したのだが?」
ロリコンじゃねえし。絶対目は開かないし。なんも見えねえ。
「……おおそうか、そういうことならなんら問題無いぞ」
そういうことってなんだよ。てかなんも見えねえ。
「心配するとはない、妾は数千年の時を経験している。いわゆる『合法ロリ』と言うやつじゃ」
「だ、だからどーした……!? 俺は別にロリコンじゃないから!」
まだなんも見えねえ。しかし、アイツが近づいて来ていることは何故か分かる!
「……しかし、貴様の体は不思議な構造になっとるの」
足音が消えたと思えば、今度はアイツの両手が俺の体中に這わされる。何度でも言う、ロリコンでは無い、なんも見えねえ。
「な、何するんだ!」
体をブンブン振り回して抵抗するものの、効果はイマイチのようだ。
そして俺はなされるがままに……これ以上はレフェリーストップだ!!
「……あぁ、そうか」
すると、こけしは突然なにかに納得したようで俺の体から離れていった。
そして、それと同時に俺の意識が揺れて覚醒しようとして、立て続けにこけしが口を開く。
「くくくっ、そうかそうか。まさかあの程度の呪詛に引っかかることになるとは……いや、それが必然だったのかもしれぬ……まぁ、今の貴様の状態ではまたここに来ることだろう。その時を楽しみに待っているぞ――――」
何を、言っているんだ。
てか、なにもみえねぇぇぇぇぇぇ――
〇※〇※〇※〇※〇
「目が、覚めたら、夜だった」
何が起きたのか、よく分からない。
しかし寝た。おやすみ。
ここらで、今日のまとめをしようと思う! 結論から言うと、こけしの言った『また来ることになる』というのは大正解だった。
「早いご帰還となったものだな、はっはっはっ」
「知らない、そして何も見えない……」
どうやら俺は寝ると絶対にあの悪夢を見るらしい。そしてそんな悪夢の先には、こけしがいるんだ。
やっぱり捨てよう。それか燃やそう。
「ちなみに、妾の本体のこけしは捨てたら戻ってくるし、焼いたら犯人を呪殺す」
「…………えーっと」
きっとこけしの言ったことは嘘なんかじゃないのだろう。ならば俺は明日こけしに落書きしてやろうと誓うのだった。
「ん、そうだ。ここは妾の制御下にあり、ここに足を踏み入れた以上、神だろうと悪魔だろうと妾の操り人形となる……それを踏まえた上で、行動することじゃな」
…………はい