第6話
気持ちのいい朝。というか、異世界に来てから、はじめてベッドの上で迎えた朝である。
「うん。すげぇ早く起きちゃった」
あの施設での癖というか、キビシー生活に慣れてしまっていて、夜十時までに寝て。朝四時に起きるという、結構ハードな生活習慣が、俺に染み込んでいた。これもある意味生活習慣病だろ
二度寝する、という気分にもなれないので、少し散歩でもしようと思い、玄関まで行くと。
「あんた誰よ?」
知らない人とでくわした。
きりりとした目付きに白銀の髪を左右で揃えているついんてーるっ子。
白銀のツインテールとか初めて見たぞ? 属性があやふやすぎやしないか。
まさか天然で清楚なツンデレの線も捨てきれない新たなヒロイン候補であろうか! だが、そんな俺の想いを裏切り、ツンデレも天然も清楚なんてとんでもないと言わせるような人の話を聞かないやつ、馬だ馬。
「だぁーかぁーら! 俺は昨日からここでお世話になってるシーだっつってんだろ!」
「どこにそんな証拠があるわけ?」
これと同じような会話を、もう何回繰り返しただろう。2桁を軽く超えて飽きを通り越してくせになりそうだが……こんな状況を打開する策を思いついた。
「三十六計逃げるに如かず!」
「あっ、にげたっ!!」
「へっ、ばーか! 俺は最初からマトモに受け答えしなくてもよかったんだよ! バーカバーカ」
とにかく、この窮地を脱出すればそれでいい! その後でゆっくりまったりリサやラルクに紹介してもらえばいいじゃないか!
「誰がバカですってー!?」
そんなふうに考えていたのだが、何かに強く反応して馬っ子は怒っているようだった。
何か嫌な予感がして、一目散に馬っ子の隣を走り抜ける。
怖いわ、めちゃくちゃ怖いわぁ!
「ハァハァ、こ……ここまで来れば――」
「待てゴラァ!」
まだ追ってきてらっしゃる!?
そこからはもう、我武者羅に走り続けた。
そして走っている途中で、元引きこもりだった俺が、普通に走って逃げ切れることなどないことを悟って立ち止まった。
「そうだっ! 覚えたてホヤホヤの魔法を使うんだ!」
粗削りな部分が多々あるし、呪いのことも心配だったが、仕方ない。ここでは仕方ない。他に生きる道が無いんだから、残されている道が薄氷の道だとしても、走り抜けるしかないんだ!
「風魔法! 空飛べるようになるやーつ!」
魔法っていうのは形ない物質だ。
世界各地に存在している微量な形あるモノを崩し、作り変える。
覚えりゃ楽勝だぜ!
そこらに吹き荒れる風を足元に集中させて――乗る!
んで飛ぶ! 人類の夢の一つ叶えてやったぜ!
「逃げるなコラァー!!!」
「ハハハッ言っただろ!? 『三十六計逃げるに如かず!』あれこれ考えるより、逃げたら勝ちなんだよ! バーカバーカ!!」
はっ! 顔真っ赤にしてるぜアイツ! ざまーみろぉ!!
ここで俺は少しだけ調子に乗った。完全に逃げ切ったわけでもないのに。
そしてその調子に乗った俺を叩き落とす鉄槌が、
「……距離10メートル。ギリギリだけど――『エアグラビティ』」
「バー――っっ!?」
突然俺の体が重くなる。いや、違う。何かに押し潰されようとしていた。
そしてそのまま地面にめり込み、なす術もなく、
「あはっ、つかまえた♡」
「つ、つかまっちゃった♥」
捕獲された。
つかまったとはいえ、なんだかんだ言いながらも直で警察に届けずに、一度エフギウムに寄ってくれるとのこと。
あぶねえ、あぶねえ。また牢獄に入れられるなんてゴメンだからな。
「リサ姉ーー!!! 泥棒つかまえたー!」
「だから泥棒じゃねえっつってんだろ!」
一応、用心のためか俺は縄で縛られてる。
しかし、これしきの縄、ほどけないとでも?
「その縄私の魔力通ってるから、ほどいたらスグわかるのよー」
「へー、すごいっすねー」
くそぅ! 確かにこのままリサを待てば身の潔白は認められるわけなのだが、それじゃ気がすまん! 何とかしてコイツに一泡吹かせてやりたい!
「あー! 空飛ぶブタがッ!!」
「何言ってんの?」
チョットずつ心が削られる。くっ、しかし。
「あっはっはっ、これぐらいの嘘見抜いてくるかー、どんな馬鹿でも見抜いてくるよなー!!」
こいつは『馬鹿』という単語に過剰に反応する。と思う! 俺の運が無いのは重々承知だけど、ここぐらいは俺の思い通りにハマれ、歯車!
「なんですってぇ〜!?」
キタッ、怒髪天を衝く! しかし、怒りがメーターを振り切った故に生まれた隙! 縄から手を離した今がチャンスだ!
風の刃で、縄を切る。
「これで、決める! 禁じ手、『ガチで逃げる』!!」
説明しよう! ガチで逃げるとは、脇目も振らず、『ただ助かるためだけに逃げる』ことである。
つまり、目指すところは――
「リサニャンヘルプミー!!」
ダサい? はっ、なんとでも言えばいいさ。みんなもあの顔を見れば俺と同じ感情が巻き起こる事だろうよ! ただひたすら『恐怖』する。
『怒髪天を衝く』の、本当の意味を理解した気がする。
「ん……? シーやんに、なっちゃん?」
「ああそうです、そのシーやんです!」
早く目を覚ましてくれないとアイツが――
ん? シーやんに、なっちゃん……?
なっちゃん? な、なっちゃん?
そーっと後ろを振り返ってみると、
「誰が、馬鹿。だって?」
ウギャゥァァァァァァァァ!!!?
「じゃ、しょーかいします!」
兎にも角にも、話し合い出来る状態に持ってきた。ここまで来るのに数々の代償を払うことになったが。まだ全身痛い。
「えーと、なっちゃん? いい加減機嫌直してあげないと……シーやんが蛇に睨まれたカエルみたいに……」
どうどう、とリサはその少女をなだめる。
すると、彼女はこちらを一瞥し、一息つくと、
「リサ姉! わたしは認めないわよ!? こんなやつ家に入れるなんて!」
「え、えぇぇ!?」
そこは、仲直りするんじゃねえのかよ!
「ははっ、俺だってゴメンだね! こんな女のいる家なんて!」
「ちょ、シーやん!?」
あははは! こうなったらヤケだ! いけるとこまで行ってやるよ!!
「んで、ナツにやられたのか」
「おかしいよあの人……俺人間が信じられねぇよ」
あの後俺は、どちらが野宿するか決闘を申し込まれ、外に出ようとした瞬間。後ろからフルボッコにされ外に放りだされた。
「まぁ、なんていうかドンマイだな」
「おかしいよーなんのためのほうりつだよー俺みたいな弱者を救うもんじゃねーのかよー」
まあ、不意をつかれたとはいえ、対応しようと思えば出来たんだが、どうしても脳裏をよぎる『アノ顔』。きっと一生俺はあの人に歯向かうことは出来ないだろう。
「んで結局野宿すんのか」
「それしか手なくない? 家にいるとこ見つかったら一発でおじゃんやで?」
もし見つかったら、と考えると体が震える。
そんなこんなで、野宿するしかないと諦めかけていたその時、ラルクが手を叩きこんなことを言い出した。
「そうだ、家に入れないなら、作ればいいんだろ」
……ん?
「なんて言った?」
「作ればいいじゃん」
「何を」
「家を」
これは……出たな、妙案!
「いや無理に決まってんだろ」
言いくるめられた。と訴えればいいのか。
朝五時からなんでこんな重労働しなくちゃいけないんですかね。
俺は、リサから魔法とは物質を操る術だと教わった。だから、少し工夫すれば家を建てることは簡単だとラルクは言うのだが……
どういうこっちゃ。
とりあえず、ただ突っ立っているだけじゃ何も変わらないので、ラルクに教わった通り、魔法を使ってみる。
この世界の魔法の範囲が広過ぎて混乱するぜ。
見えない手をイメージする。
その手は斧にも剣にも盾にもなる。
それを使って家づくり、頑張りましょう。
むりじゃない?
しかし、この世界は、土地の概念がややこしいことになっている。自由に家を建ててもいい場所があったり、その土地に踏み入るだけで死刑になるなんて場所もある。
なんのこっちゃわからんが、この世界には五つの大陸があって、その大陸一つに一つの大国が存在している。
内訳は、今俺がいる大陸『ラックノス』この世界の一番北側に位置する大陸で、魔法の研究が盛んだとかなんとか。
んでこっから海を渡って南に少し行った世界の中心から東側の大陸が『ルースト』別名『遊び人のメッカ』と呼ばれている大陸である。詳しくは知らん。
そのメッカから更に南に進んだところにあるのが、この世界の一番南側に位置する大陸『サウッド』ここは異世界とは名ばかりの日本だ。
何故かこんな便利な魔法があるにも関わらず、竹のフィラメントを作り、電線をはり、工業スモッグにより大地を汚す猿人……というのが世論らしいのだが、エフギウムにも電球があったし、IHだったりするから、世界中の人々はなんだかんだ言いつつも便利だと思ってるに違いない。
世界規模のツンデレ……か。
そしてそこから北西に進んで行くと『ワイウェスト』という太古の大陸が存在している。太古の大陸という呼ばれ方から分かるように、あそこにはマサイ族みたいな身体能力のパワーバランスがぐちゃぐちゃなヤツらが住んでいるらしい。
それと生きて帰ってきた探検隊が言うには恐竜がいたとかいなかったとか。
最後は、いま紹介した四つの大陸に囲まれている大陸。『セントレイシン』
今までその大地に足を踏み入れ生きて帰ってきた者はいない……今でも天国か地獄かの議論が白熱するらしい。
まぁ、俺は容易に足を踏み入れ無いことを推奨する。絶対やだね。そんなの100%全員死んでるだろ
と、話が脱線し過ぎた気もするが。
この世界はさっき説明した四つの大国がそれぞれ決めた範囲を国としてる。
それ以外はフリーな土地だ。誰が何しようと誰も文句言えないらしい。だから、俺が家を作ることに、なんら法律的には不可能じゃないらしいのだが……物理的に不可能だろう。ねぇ?
うだうだ言ってても仕方ないし、作業に取り掛かることにした。
もう、これ以上完成するはずのない家の話をするのは気が引けるのだが、一つだけ言わせてもらおう。
なんの知識も技術もない少年が快適に過ごせる一軒家を建てられるだろうか? そう、最初から答えが分かりきってる問題だった。
すげー時間の無駄だった。
このあと、恥も外聞もなく土下座でもしに行こうかと思ってたら、ナツは既に朝のことを忘れているようだった。
「そんな泥だらけになってなにしてんの?」とか言われた俺は……どうしたらいいと思う?
本当に無駄な一日だったぜ!!