第2話
拝啓、お袋様。
私は今、筋肉痛levelMAXの体に鞭打って働いています! 前世引きこもりだったツケが驚くほど残っていましたが、今ではそれも日常の一部になっています。なんていうか、限界が近いです。
すでに時は一週間と過ぎ、朝も昼も夜もプライベートなど一切存在しない部屋にも、砂埃舞う職場にも、パワハラモラハラにも慣れ果てた今日この頃。昼休憩時に配られる水道水を飲みながら考え事をしていた。
この強制労働施設にいる老若男女。その八割が男で、さらにその男の中でもさらに九割が筋肉質で、みるからに頭の中まで筋肉の塊のような男たちなのだ。きっと、いや絶対に、全員で謀反でも起こそうものなら、数時間足らずでこの強制労働施設の役員共を一掃できると思うのだ。しかし誰も実行しようとしなぁい。
なぜだ? 家族を人質にとられているのか? もしかしてこの労働に誇りを持ってでもいるのか?
とまあ、こんな感じでだべっているとすぐに時間が経ち、昼休憩は終わりを告げた。
昼休憩が終わっても、特に何かあるわけでもなく、チクタクと時間は過ぎていった。
そして待ちに待った夕食タイム。別に豪華なものがでたり、特別おいしかったりするわけじゃないが、なんだが仕事終了後の食事は金曜日と引けを取らない解放感があると感じる。まあ一生感じたくない感情なんだけどな。
なにはともあれ、今日はもう寝るだけなのだ。というのもこの強制労働施設にはテレビはおろか、古新聞、雑誌、娯楽もなーんにもありゃしない。布団もなけりゃベッドもない。地べたに直寝である。本当にドラクエの主人公になっちまった気分だ。
拝啓、親父様。
私事ではありますが、一つご報告したいことがあります。ここで生まれた奇妙な友情を持ち合う友人に問うてみたところ。なんとこの世界には魔法という概念が存在しているらしいのです。どーりで鞭でひっぱたかれたとき痺れると思ったんだ。なんか魔法でも使われたんだと思います。だからここにいる奴隷たちも暴動とか起こす気がなくなるんですね。魔法って強いんだなぁ。
そろそろ、限界かもしれません。
春眠暁を覚えず。意味を適当に言うと、暖かい春の日はお布団の誘惑に負けることが多々ある、という意味だと思う。
何故、何の脈略もなく自分の知識をおっぴろげたのかというと、『春眠暁を覚えず』この言葉の対義語は、さぞかし今の俺の心境そのものだろうと思ったからである。昨日も言ったとおり、地べたに直寝するわけで……朝起きたら背中が痛いのなんの。さらに明かりもなにもないこの空間は、春の日差しなど一片たりとも差し込まない。差し込むとすれば、所々に空いた小さな穴から冷たい空気がバンバン入ってくる。これも目覚めを悪くする一因だろう。
さらにさらに、この部屋は24人部屋なのだが、両隣、いやこの部屋全員のいびきがうるせぇ。親父様を思い出すぜ。
とーーここまでの劣悪な環境下で一日中働いたところで、一銭も俺たちの懐には入ってこねえ。奴隷だから! なので、そろそろ俺の秘密兵器を使うときが来たようだ! いざ異世界の裕福な生活を手に入れようじゃないか!!
まあ、なんだ。こんな地獄にいてもそれなりの夢は見るようで、あのあと他の奴らを巻き込み強制労働施設を脱走した俺たちは奴隷のための国を造り、俺は運命の恋人と結婚ーーというところで目が覚めた。今日も一日、がんばりまっしょうー。目覚めは最悪だ。夢を見ることがこんなに辛いことなんて無かったのにな。
拝啓、姉上様。
僕が新人だったこともあり、雑用を押しつけられていましたが、新しく人が入ってきました。これで僕の苦労が減るぜー! と喜んでいたのもつかの間。彼は結構なきかんぼうだったのです。誰のいうことも聞かず、働きもせず、反抗的な少年だったのです。いやー苦労が減るどころか増えそうですわー。
俺の予想通り新人君の奇っ怪な行動は止まるところを知らず、俺の苦労は増えた。
そしてアンラッキーか不幸か、一番下っ端だった俺が彼の教育係を任命されることとなった。最悪なことに。
こうして、俺の新たな奴隷生活『尻拭い編』が始まったのである。
拝啓、うちのマスコットポチ。
元気にしているでしょうか。俺は今現在大変なことになってます。誰か助けて。
私の目の前では、『棟梁』と呼ばれている大男と『新人君』が闘ってます。ヤベェヨ。また俺にとばっちりがくるだろ絶対。
奴隷の下克上。そんなものは創作上の産物であり、こんなピラミッドの最底辺、地下の地下で起こり得ることは万に一つもない。新人君は轟沈した。
でる杭は打たれる、新人君轟沈事件の夜のことだった。俺は少々の尿意を催し、便所へと足を運んでいた時。どこからか謎の音。それも何かを掘っているような音が聞こえてきた。
「なんだ? こんな夜中に……」
音のする方へ歩を進める。
「……っそ……っっ…………』
「誰だ? 何をしている?」
音を出している犯人に声をかける。そして、その先にいたのはーー
「新人……君? こんな所で何してるんだ?」
あの傍若無人で自分勝手で俺の人生史上ゆとりランキング一位の新人君こと『ヤズヤ』君だった。
ちなみにヤズヤとは俺が勝手に呼んでいるだけである。囚人番号373だったらそう呼びたくなるのも仕方ないよね。
「…………っ」
ヤズヤ君は、ばつが悪そうな顔でこちらをじっと見つめていた。俺はといえば、この状況に少し気圧されていた。
なにしてるんだと聞いたものの、一目見ればわかる、脱走だ。穴を掘りこの強制労働施設からの脱走を試みているのだろう。
しかし、ここから出られたとしてどこに逃げる気だろう? この強制労働施設がどこにあるかも分からないのに、そもそもそこを掘って外にでるかすら定かではないわけで……無為に危険度を増させるだけだと思うんだが……。
ただ目の前のことに硬直し立ち尽くすしかなかった俺を見定め終わったヤズヤ君は、堅く閉ざしていた口を開き、
「黙ってないで、何か言ったらどうだ?」
冷たく、そう言い放った。
そしてその言葉に違和感を感じたのは、それから数十秒たったあとのことだった。
あれ、コイツ開き直ってない?
「いや、そこで、何してるのかな〜って思ってさ」
言い訳程度に、そう返してみたものの、ヤズヤ君は、状況を見て察しろと言わんばかりのため息をつくと、そのままの口で話し出した。
「何……って逃げるんだよ。ここから」
堂々と、告白した。
やっぱりコイツ、開き直っている!
なんちゅーやつだ。最初からやばいやつだと思っていたが、ここまで危険なやつだったとは――!
いやいや待て待て、だからコイツはここから出てどうするつもりなんだ?
「えーっと、どこか逃げるあてでもあるの?」
「無い」
oh…………アンビリーバボー。
一体全体そんなノープランでどうしようというのか。
「ま、まあさ? 俺もこれは見なかったことにするし、とりあえず寝よう――」
会話が何故か途切れる。その理由としては、俺が背後に危険な気配を察知したのと、ヤズヤ君が俺の頭の上に目線を向けていたからである。なんというか、その、この二つの事象から導き出される答えは……
「何やってんだお前ら」
俺の後ろには、看守長と呼ばれる、この強制労働施設のボスが立っていた。
てかなんでこんなじかんにこんなところにいるんですかー!!?
オワタ。俺の人生まじオワタ。
一週間ほど、サボってました。
ごめんなさい。