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ドクターギネスの兎の研究  作者: 川嶋ケイ
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太陽が昇っている間の出来事2(ライフセーバーへの偏見)


豆と菓子を購入し、三度車を走らせる。

半周ほどで水路の向こう岸に架かる橋がある。

橋の門を警備員がご大層に守っているため、巨大な鉄柵の前で一時停止。

脇に添えられたプレハブの事務室から、見知らぬがっしりした肉体の青年が出てきた。


「すいません、通行証と、身分証の提示をお願いします」


ライフセーバーのような、濃いがさわやかな(ライフセーバーが濃くてさわやかというのは僕の偏見だ)笑顔だ。

「通行証ですか?」

「はい」

「そういうのは特にもらってないんですが、ドクターから直接呼ばれたので」

「あ、黒紙の方ですか?」

「はい」

「では封筒と便箋をお願いします」

「すみません、捨ててしまいました」

「え?捨てたんですか?」

「はい、勢いで、」海に。

「えーと、そうですか・・では身分証は?」

「それもちょっと・・」

小西康浩の身分証や交友を示す名刺類は、

すべて途中のサービスエリアで処分してきた。


「・・ないんですか?」


彼は困惑と疑惑の顔つきになった。

あんな暇なことをする余裕があるなら、こっちに話を通しておいてほしいものだ。


「えー、ではお名前を頂戴してもよろしいですか? 杉根に直接繋ぎますので」

「はい。ミヤタカズナリ。もと部下です」

「あ、左様ですか。そういうことでしたら、虹彩の記録があると思いますので、認証の手続きでも結構です」

「ああ、そうでしたね。お願いします。」


彼は小さなペンライトのような機器で僕の眼球を覗き込んだ。

僕の目が至近距離で彼の左手薬指のリングを捕らえる。

十秒もしないうちに、彼は懸念の取れた顔色に戻り、

「確認が取れました。念のため、荷台を改めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

とはにかんで言った。

てきぱきとした物言いと表情の機微からは人柄の良さが伝わってくる。

律義な好青年だ。きっと奥さんはいい娘だろう。こういう人間は、人並みに幸福を享受して欲しい。


「構いませんよ。だめと言っても見るんでしょう?」

「はい。すみません。規則ですので」

「でも、たいへんだと思うな」

「えー、これは、なにが?」

彼は車の荷台に視線を向けて言った。


「家具やら服やら、めちゃくちゃに詰め込んであります」

「そうですか、ご面倒おかけしますが、お付き合いください」


彼がそう言うので僕も降りて手伝うことにした。僕がバックドアを開けると、

「あ、では、まずボディチェックをいたします」

「え?」

「あ、えー、ミヤタ様は既に虹彩の照会で入庭が許可されていますので、杉根が信頼している方ということは承知しております。ですから、これも形式上です。あの、軽く服の上から触るだけですので、ご協力願えますか?」

「ああ、いやいや、こういうのは、きっちりやったほうがいいですよ」


僕は笑って言った。しかし、これ、めんどくさいことにならないだろうな、ドクターよ。


やけ気味に両手を挙げて無抵抗のポーズを取ると、ジャケットの内側で携帯が震えた。

「あ、電話ですね」

と彼から言ってくれた。

「取っていいかな?」

「はい、もちろんです」

電話を取り出して開くと、見たことも無い番号からの着信だった。066の市街局番てどこだっけ?


「はい」

「なにをもたもたしてるんだ。さっさと来いよ」

ふてくされた太い声が耳を突く。

「あの、いま、素晴らしい勤務態度のお兄さんの仕事に協力してるんで、」

「なにを言ってるんだ。やさしくなったなきみは。俺がミヤタだと言わんばかりに顔パスで通り抜けてただろう」


そんなミヤタは過去にもどこにもいません。


「通り抜け、そしてくり抜いてきただろう。行く手を阻む人間の両目をだいたいくり抜いてきただろうが」

「それ僕ではないミヤタさんですよ。どこかの狂人です」

「なにを言ってるんだ。あんなに触れるもの皆くり抜いていたきみはどこに行ってしまったんだ。きみが通ったあとの荒野は草木一本残らずくり抜かれているという伝説が、あるよ?」


あるよ?ってなんだよ。


「あるんだよぉー」


ねーよ。


「まったく、なにを言ってるんだよ、私は。ええ? 私はいったいさっきからなんの話をしてるんだよ」


ああ、ひさびさだな、この理不尽な言葉の嵐。ほんとなに言ってるんだこの男は。


「代わってくれ、ヒダカくんに」

「はあ、ヒダカくん?」

僕が視線を彼に向けると、

「はい、ヒダカは私ですが・・」

と言った。

「バカから」

僕は電話を差し出した。

「え?は、はい」


携帯を受け取り、「お電話代わりました、ヒダカです」と言ってから声のトーンが二つ上がった。

緊張している人というのはこういうふうになるのだ。

二、三言だけ交わし電話越しに礼をして、ハンカチでディスプレイの油脂を拭きとってから僕に返した。

それから、

「お引き留めして申し訳ありませんでした。ただちに開門いたします」

そう深々と頭を垂れた。

僕も同様に頭を垂れた。



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