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ドクターギネスの兎の研究  作者: 川嶋ケイ
2/7

二つ目のプロローグのような文章

少女が、慣れない眩しさに目を覚ましたのは、見知らぬ黒い絨毯の上でした。

大きな、茶色の靴が見えて、首を上にひねると、

白い服を着た大きな人が、横に長い椅子に座っていました。

大きな人は、右手を彼女のほうに伸ばして言いました。


「おはよう。ここが、きみのあたらしいおうちだよ」


彼女は、寝起きのぽわぽわした世界のなかで、大きな人の言った意味を考えました。

しかしすぐに、この長い立派な椅子はなんと呼ぶものだったか、それが気になってしまいました。

気になりながらも、すぐ目の前の空中に差し出された、

そのぶ厚い手のひらまで、自分の左手を届かせてみました。


自分の指も手のひらも、大きな手ですっぽりと隠れてしまったことに彼女は驚きました。

しかし、本当の衝撃は、その高熱でした。

信じられないくらい、あたたかかったのです。

大きな人の血が、手のひらから自分の中に流れてくるかのような感覚に襲われて、

彼女は手をふり払いました。


大きな人は微笑んで言いました。

「こわいか?」

「こわくないです」

彼女はすぐに返事をしましたが、自分がなぜそう言えたのか不思議でした。こわいと思わないのは、

きっと、この人が、いい人だからだ。きっとそうだ。そう思いました。

そして彼女は大きな人の膝の上に、白い毛のボールが乗っていることに気が付きました。おそらく、うさぎ、という白い動物が一匹、乗っているのでした。


「どうしてこわくない?」

大きな人は尋ねました。

「いいひとです」

彼女は答えました。

「そんなことがわかるのか?」

彼女はうなずきました。


大きな人は、動物の首を片手で持ち、彼女の前にぶらりと下げました。

「両手を出して」

言われるまま、彼女が両腕を差し出すと、

大きな人はその動物を彼女の腕の中に放しました。

彼女はまた驚いて、そのふかふかしてるのに、重たい、あったかさにびっくりして、

そのまま、ぽいっと、してしまいました。

白い動物も、ぽいっとされたのに驚いて、彼女から逃げるように、

長い椅子の下に入ってしまいました。

大きい人は笑っていました。その顔は、これまで見てきた人の笑い顔とは、違う気がしました。

こっちのほうが、いい気がして、彼女も笑いました。


「名前は?」

名前とは、呼ばれ方のことです。

大きな人が、自分がどう呼ばれているのか聞いているのだと、彼女にはすぐにわかりました。

「ケエセ」

「ケエセエ?」

「はい」

「ずっと前から?」

「ずっとまえから?」

「何日も何カ月も、何年も前から?昔からかい?」

「はい」

「たいした自信だな。獲る前から呼んでいたのか。まあ、きみを見ればわからんでもないが・・」


大きい人の言っていることは、よくわかりません。


「んー、でもね、それは名前ではないんだよ」

そう言われたので、彼女は困りました。

自分が名前だと思っていたのは、なんだったのだろう。呼ばれていても、名前じゃない。

そんなことってあるのかな?


「他には?」

「ほかには?」

「それじゃない、呼ばれ方は?」

彼女はますます困りましたが、思い出そうとがんばります。

「オジョウ」

「それも違う」

「ガール」

「もっと違う」

「あんぱん」

「ふふふ、わけがわからないな」


彼女は目をくしゅくしゅとさせて悩みました。その仕草を見て大きい人は

「ああ、ごめんごめん。そんなに思い詰めることではないよ」

と言いました。

彼女は目を見開き、また困惑しました。

大きな人は、なにかわるいことをしたのでしょうか。

よくわかりませんが、ごめんと言われたので、

「はい、ゆるします」

彼女はそう言いました。大きな人はまた笑いました。

大きな人の笑い声は、とても大きいのでした。


「ああ、ゆるしてくれてありがとう。うーんと、そうだな、何色が好きだい?」

まだ少し笑いながら、大きな人は言いました。


「なにいろ?」

「うん、色だよ。絵具とか、」

「えのぐとか」

「クレヨンとか、」

「くれよんとか」

「しんちゃんとかね。」

「しんちゃん?」

「ああ、ごめんね、私は、適当に喋る癖があるんだ」

また謝った。大きい人は、よく謝るのだと彼女は思いました。

「たくさんのことが、わからないだろ。まだ、わからなくていいんだよ。」

彼女は、ほっとしました。そうなんだ、わからなくてもいいんだ。

でも、はやく、わかるようになりたいな。そう思いました。


「それで、きみの好きな色は?」

大きい人のその質問には、もう決まった答えが彼女の中にあるのです。

「これです」

彼女は自分に巻かれている毛布を指でさしました。

「そうか、じゃあ、君の名前はア・・・・うーん、君がアイというのは出来過ぎかな・・ではコ

「くしっ」

前触れもなく、くしゃみが出てしまいました。くしゃみをしたら、長い鼻水が出てしまいました。

「ああ、その格好では寒いだろうな。服は着たことあるかい?」

彼女は鼻水を垂らしたまま首を横に振りました。着てみたいとは思っていました。

とくにワンピースという服を、一度着てみたいと思っていました。


大きい人は、小さな灰色の布をポケットから取り出して彼女に手渡そうとしました。

彼女はすこし考えてから、大きな人の指に触れないようにそれを掴み取り、

自分の太ももに落ちた水をごしごしと拭きとりました。

「まずはオフロに入るといい。いままでの君の部屋くらい広いところに、

お湯が溜まっているんだ。広いのはオフロだけじゃない。

自由に、この建物の中を、歩き回っていいからね」


大きい人にそう言われたので、あたまから毛布をかぶったまま彼女は立ち上がり、

歩いてみました。歩いて、それを数えてみました。十まで数えたところで、こんどはもっとはやく歩いてみました。どんどんはやくできそうでした。どんどんはやくできました。

これがきっと、走るということなのでし


ビタン!

「へぷっ!」


毛布の端を踏んで、前のめりに転びました。

後ろで大きい人はまた笑っていました。

ひざと右手が痛いのですが、彼女は楽しくなってきて、好きな色の毛布にくるまりながら、

いままで出したこともない、大きな声で、笑いました。

ごろごろと転がって上を見ると、なんと空がありました。


「きゃわー!」


彼女はその青に叫びました。好きな色は、この色でもいいなと、

目一杯、天高く鳴き声をあげました。


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