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ドクターギネスの兎の研究  作者: 川嶋ケイ
1/7

前口上と、一つ目のプロローグのような文章

兎は寂しいと死んでしまう。という俗説。

でももし、それが真実だとしたら?


と、なんとなく考えたのが、本作を書いたきっかけです。

テーマは重めですが、気軽に読めると思います。

どうぞよろしくお願いします。


と、ここまでが前書きです。


以下、前口上が一つ、続けてプロローグのようなものが一つ。

よろしければ、どうぞ。




情動を持つまでに進化した我々にまで、斯様な手を用いて間引きを行わなくてはならないのならば、

あなたはなぜ連鎖の頂上にヒトを置いた?


我々は痛い、悲しい、寂しい、苦しい、空しい。

そしてそれらはすべて個の負債だ。

種族としてのマクロの本能など、数万年前に落としてきた。

正確に云えば、前者はあなたに持たされ、後者はあなたに奪われた。

争いも自死も、あなたが仕組んだことだろう。


あなたの鎖を私は外してみせよう。

この惑星を傾けるほどの混沌のあとで、我々は真の平和を手に入れる。


ドナルド・J・サニーシュール

(電話台の上に置かれていた手記より)





眠気の取れない朝、いつもならば呪われているかのようにひっかかる踏切を

スルーできたときは少し驚いた。

なにが違ったのかはわからないが、まあ、幸か不幸かでいえば幸だ。

気にするほうが正しくない。

幸運を考えてはいけない。幸運だと感じられなくなるからだ。

一昨日から奇跡的に晴れが続いていることもあり、

路面の状態と僕のハンドルさばきが快調だったのだろう。

野菜ジュースを飲みつつ、惰性で勤務地を目指す。

ウミネコがここまで来るということは産卵の時期だ。

空は青、潮風は春、光は希望、

一年でもっともすばらしい季節の晴天。

まるで名画のエピローグのような朝だ。

天然の芝のうねりの隙間を縫うように、アスファルトは続いていく。

窓を全開にして、ラジオからのポップソングの音量を上げ、僕は海沿いの県道をひた走る。


砂利で整えられた駐車場には、朝礼の二十分ほど前に着いた。

いつもより五分は早い。うん、やはり今朝はなにかいいエナジーが付いていた。

窓を閉め、キーを回し引き抜いてドアを開ける。

さらさら、ざらざらとした潮騒が身体に心地いい。

白亜の灯台は澄み切った朝日の逆光を受け、普段よりさらに画になっていた。

僕はその影のなかを歩く。

右手では早朝の淡い空を背景に断崖の海岸線が続き、

裾の岩場は水と光の飛沫をやわらかく跳ね返していた。

足首を潮にひたした陰気な鳥居も、今日は本来の神々しさを取り戻しているようだ。


エントランスホールにまで光は射し込んでいた。

目をしかめながらスチール製の螺旋階段で吹き抜けの二階へあがる。

ロッカールームに向かう途中、事務室の窓を覗くと、

楠本ちゃんが自分のデスクに座り、湯気の立つ青いカップを両手で持っていた。

カップの中はきっとカフェオレだろう。

「おはよ」

そう僕が言うと、

「おはようございまーす」

と彼女は気のない返事を返す。

「あれ、髪切った?」

「いえ」

「そう、アップにしてるからかな。その髪型いいね。彼でもできた?」

「いえ」

「まだできないの?やっぱ眼鏡はやめたほうがいいんじゃない?胸も大きいしさ」

「ニシさん、セクハラです、」

あははは、

「そろそろ訴えますよ」

「いいよ。早く訴えてよ、この三年、びくびくしながら待ってるんだから」

「ざーっす!コニシさん!」

と後ろから聞こえ振り返ると、トイレの前で玉岡が細い面で笑っていた。

「おはよ。ちゃんと閉めてから出てこいよ」

彼はツナギのジッパーをあげながら、

「すんません」

と悪びれる様子なく言った。

「あ、ニシさん宛てに封書届いてましたよ」

そう楠本ちゃんに言われまたそちらへ向き直すと、

彼女はカップを手にしたまま立ち上がって、こちらへ来た。

「すこし変なんですけど・・・えー、あ、あった」

窓の死角から、黒の封筒を取り出す。


「あ・・・」

しばし言葉を失った。


「差出人も書いてないし、切手も消印もないんですが・・」

「今朝?」

「はい、ポストに」

僕は彼女からその封筒を受け取った。小西康浩殿と白でくり抜かれている。

「どしたんすか?」

背後から覗きこんでいた玉岡が不信に問う。

「ん、ちょっとな」

 不幸を感じてはいけない。本当に不幸になってしまうからだ。

かといって考えるのもよくない。自身に呪いをかけることになるからだ。

そもそも、凶報であると決まったわけではない。

単なる近況報告かもしれない。なんて、あり得ないな。黒紙は召集令状だ。

「タマ、悪いんだけど俺は今日休む」

僕は作り笑顔で言った。

「ええ?」

「楠本ちゃん、今日、俺いなくてもまわるよね?」

彼女は事務室に据えられた雑事の書きこんであるボードを眺めた。

「あっ、と、はい。晴れてますし、ハカリとヅメはないので」

「おっけ、船長に言っといて。身内に不幸があったらしい」

「それ、訃報なんですか?」

「まあ、そんな感じだ、」俺のな。

そう言って再び螺旋階段に向かう。

「え、え、ニシさん、マジすか?」

「帰って来れたら詳しいことは説明する」

「来れたらって・・・」

そう玉岡に言われ僕は振り返る。

楠本ちゃんも窓から顔を突き出して僕を見ていた。間違った、

「『帰って来てから』、説明する。楠本ちゃんも、帰って来てから訴えてね」

「はい」

「はい」

「またね」


階段を下りて後光を浴びながら、かわいい同僚達の影に「さよなら」と言った。

ちいさな胸の痛みを感じた。

どこか懐かしい心地よさだったが、それが僕のどこなのかはわからなかった。


二分前に辿った道を戻りながら、封筒ののりしろ部分を横に裂いた。

中には新札の紙幣が十枚と、三つ折りの黒い紙が一枚。

白文字で浮き出ている伝言を、朝日に照らして僕は読んだ。


『ちょっと世界を救いたいと思うんだが、珈琲買ってきてくれないか?』


その場で指で細切れに千切り、潮風に乗せて海へ還した。

かもめが鳴いた。僕は十万をジーンズのポケットに押し込み、不幸について考え始めた。


読んでいただき、ありがとうございました。

次に二つ目のプロローグのような文章。

それ以降が本編です。

どうかよろしくお願いします。

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