1.始動
『..成功...したのかな?』
複雑な術式の詠唱を終えた少年は周囲を見回した。
魂がまだ体に馴染めていないせいか、少し体が痺れて感じる。
『まぶしい。』
周囲は薄暗かった。
だというのにもかかわらず、少年はまぶしそうに目を細め、現状の確認を行った。
『これは転生というよりも憑依だね。まったく、誰の体に入り込んちゃったものやら。』
例の本に書かれた転生の術式を使ったのはいいとして、どうやら予想とは違った形で現世に来てしまったようだ。
見知らぬ体に違和感を覚えながらも、徐々に全身に感覚が芽生え、やっと思い通りに動いてくれた両手で顔を触ってみる。
「え、硬っ、えぇえ!?硬っ!?」
人間の体にらしからぬ、金属にも似た感触に少年は驚きながらも原因を探ろうとした。
「...これ、たぶん人の体ではないね。んでもって生き物って感じもしないな。」
一切の温もりを感じさせない体に少年は頭をひねた。
「魔法生物で、体温がなく、硬いもの、それに人型っぽいし、これってたぶん...」
察しがついた少年は答えを口にした。
「ゴーレムだな...」
人ならざるものになってしまったことに少しがっかりするや否や、少年は素直に喜ぶことにした。
やっとあの陰湿なところから抜け出せたのだから。
「まさか、輪廻の道に落ちちゃって異世界に来ちゃうとはね。つうか異世界ってあったんだな。」
細い橋と金色の湖のことを思い出しながら、新大陸を発見した偉人たちもこんな気持ちだったんだろうかと思う少年はさらに独り言を続けた。
「冥王様でも寿命で死ぬとは、ここはなんでもありだね。」
この世界の知識の集大成とも思える少年が読破した例の本こそ、今や滅んだこの世界においての冥王が亡くなる前に書き残したものだった。
その知識を完璧に頭にコピペした少年は今冥王と同次元の存在になっているはずなのだが、少年はそれには気づかない。
それもそうと、少年がそれを手にしたのはただの偶然に過ぎないのだから。
「さて、ゴーレムぐらいなら、...形を変えられそうかな。」
最終的にやっぱり人間として生活を営みたい少年はゴーレムの巨大な図体じゃ生活しにくいだろうと考え、人の形を好ましく思い、なんとかできないかと考えた。
前世の自分の体ならばと、細部まで覚えているのだから再現しやすかろう。
とりあえず人の姿を手に入れることを目標とした少年は、まず、魔法に分類される精霊術というものを試しに発動しようとする。
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この世界は当然というべきか、魔法と呼べるものが存在している。
一般生活にも欠かせないそれはこの世界の常識と呼べるものだった。のだが...
通常、魔力というものは、多くの場合、外から体内に取り組み、体内で蓄積されるとされている。
無意識に行われるそれは魔術を行使するのに大前提とされるのだが、少年の場合、生命の源を取り混んだ少年の魂がどうやら外からくる魔力をどうしても拒んでしまうらしい。
魂の強度が常人よりはるかに強いせいで生じる障害のようなものだ。
そのせいで少年の魔力の回復は魂によるものを期待できない。
それでも大気中の魔力を運用して使う精霊術はどうやら難なく発動できるようだ。
転生の術式も精霊術のおかげでなんとか活性化させて発動できたようだった。
「えっと、...『ライト』」
そう唱えると、周囲の空気が少しざわめくのを感じ、小さな光が少年の右斜め前に発生した。
その成果に小さくガッツポーズをする少年はさらに自分の体を鑑定するように魔法をかける。
冥王が残したあらゆることが書いてある本には、この世界の魔術の大半が書かれていた。
それでも聖職者だけが扱える神聖術などは記述だけで、術式は書かれていない。
それもそうと、死を司る冥王だった人物が神聖術を習得しようとはしないだろう。
ゴーレムになった今、自力で修復できるんじゃないか、魔力さえ残っていれば無敵なのではなどと考えていると鑑定結果が出た。
「 オ、リ、ハル、ゴン??
オリハルゴン!!?
伝説の素材じゃないか!!」
かの大錬金術士が作り出したという伝説の金属がどうやら自分の体らしい。
一瞬信憑性を疑ったが、魔法による鑑定は間違うことが滅多にないらしい。
それも物質の種類においては確実だと本の中にあったのを思い出す。
とんでもないものになったなと思いつつ、確か伝説の錬金術士がそんなもの作ってたな、とぼんやり本の中の記述を思い返していくと、オリハルゴンの特性の一つを思い出す。
「これはすげぇ... 確かオリハルゴンは加工しやすいんだったな。」
最も硬い反面、銅よりも加工しやすいというオリハルゴン。
少年は昔の自分の体を思い描くようにゴーレムの体に形態変化の魔術を使ってみる。
周りの空気が激しく騒めくと、みるみる壁のように大きかった人型のゴーレムが元の世界において生きていた少年の形になって、不要な部分はスライムのようになって少年の周囲で待機している。
昔の少年と比べ、少し背が高くなったのはご愛嬌。余った部分を服とアクセサリーに変えていく。
それでも余ってしまったオリハルゴンを少年は複雑な気持ちで見つめていた。
「きっとゴーレムが大きすぎたんだ、うん」
そう自分自身に言い訳をつけて、少し冒険者を意識した少年は残ったオリハルゴンを凝ったデザインの片手剣と鞘に変えて、腰からぶら下げた。
「さーて、どうしようかな。
魔獣とかいそうな雰囲気やけど、まず冒険 者らしい人と出会って、どっか大きな街にでも行ってみようかな?」
うっすらと思い描くこれからのことを考えて、とりあえず少年は今いるところから脱出しようとした。
自分の背丈の3倍はあるドアを見つけて通り、しめじめとした洞窟のような場所を進み、空気中に流れる風を表皮で感じて、どうやら小さくなったことで、自分は繊細な感覚をも感じ取れるようになったことに驚きつつ、気持ちのいい風を堪能していると、いつの間にか洞窟の出口にまでたどり着いた。
久々にみる太陽に目を焼かれながらも、少年はやっとの思いで外へ力強く一歩を踏み出した。
人らしく生きようとする人の魂入りゴーレムはその一歩がどんな意味を持つのかも知らないで。
次回、第一異世界人(?)登場
そして少年の名前が明らかに(なりませんでした)