プロローグ
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季節は冬の真っ最中、ここ最近雲がなく、透き通った晴天が大地に蓋をしていた。
太陽が絶え間なく黄色い体温を飛ばしていても、冬特有の肌寒さは消えない。
それを身近に感じながら、学校帰りの少年は衣服で隙間なく固めた身体を外の冷たい空気に晒しながらも、速歩きで自宅へと向かっていた。
日が沈むにはまだまだ時間がありそうだったが、一刻も早くゲームの続きがしたかった少年は足にさらなる負荷を加える。
今の少年にとって、例のゲームにいくら時間を投資しても足りないのだ。
夜空を思わせる黒髪に、幼い顔立ち、中性的な見た目をした少年の容姿は人の目を惹き付ける何かがあった。
一昨日16歳になったばかりの少年は足速く校門を潜り抜けた。
周囲からの視線が刺さるが、少年は気にしない。
そんな彼は学校ではちょっとした有名人なのだが、本人はそのことを知らない。
少年の通っている高校にいる人達は優しかった。
たとえいつも仏頂面をしていて、たまに独り言をつぶやく少年でも、周りからの好意が途切れることはなかった。
そんな少年は駆け足で家の前に着くなり、小動物のように素早く玄関に駆け込み、3階の自分の部屋へと猛ダッシュを決めて見せる。
走り過ぎてじんじん疼く両足の感触を確かめながら、少年は息切れをうまく整いつつ、さっそくパソコンに電源を入れ、1年前から始めたゲーム
"リライト・エレメンタル"
ー通称『RE』ー
発売前から人々の注目を集めていたRPGに分類されるそのゲームを少年はコンティニューした。
データが読み込まれるとディスプレイ一面に
『1年間ご利用頂きありがとうございます。』
と激しいエフェクトとともにログイン画面に移った。
特別ログインボーナスをもらい、少しばかりの達成感を味わいながらも、急に何かを思い出したかのように少年はさっきまでの喜びをどぶに捨てたかのように顔を歪めた。
「そういえば...」
不機嫌一杯独り言をこぼす少年はどうやら3日後に行われるであろう期末試験のことを思い出してしまったようだ。
望んでもいない期末試験に毒づきながらも、惰性に任せて5年間愛用している椅子に身体を沈めると、足元に置いたバッグから参考書を取り出してペラペラとめくった。
成績は平凡。
勉強しなくとも赤点は取るまいと意気込む少年は優等生とは言えなかったが、中の上ぐらいの順位はキープするように心がけていた。
参考書を黙々とめくり、しばし時間が経つと、少年はもう勉強は大丈夫そうだと教材を床に無造作に投げ捨てて、待機させていたゲームを再開させると画面に目を凝らせた。
「ついにできたか。」
テンションが上がることを自覚した少年は右下に点滅しているクラフトメニューからそれを受け取った。
少年が受け取ったのは一昨日武器職人にフル強化を依頼しておいた片手剣だった。
少年好みの派手に炎が剣身に纏うタイプの無骨なデザインをしたものだった。刀身は少年の髪のように澄み通った黒色をしていた。
さっそく性能を試したくなって、受け取った片手剣を装備させると、少年は両手でキーボードとマウスを器用に使いながら、攻略しようとするダンジョンにアバターを移動させた。
攻撃力がかなり強化されたため期待していただけに、どうやら少年の思った通り、炎を纏う愛剣は使い勝手がよく、いつもよりもサクサクッと気持ちいい技を連発させながら雑魚を蹴散らしていった。
高速に敵を仕留めていく自分のアバターに満足げな少年はしばし雑魚を狩り続けていたが、今度は新しくアップデートで追加されたスキルを見極めようとスキル画面をいじりはじめた。
色々ためしてみた結果、いくつか新しく習得したスキルに納得した少年さらに早いペースでダンジョンを進めていき、一際大きい部屋の前にたどりつくと、部屋の前に立ち止まった。
どうやら中ボスの部屋の前まで来たみたいだ。
心の準備をするまでもなく、少年はためらうことなく中ボス部屋に一歩踏み込むと、何か肩幅が異常に大きい人型のシルエットが見受けられた。
「ゴーレムかよ、」
脱力する少年。
どうやら中ボスとして屈指の硬さを誇るゴーレムと鉢合わせてしまったらしい。
ゴーレムというものは中ボスという位置づけがほとんどのくせしてなかなか倒れてくれない。
それもそうと、HPが高い上に防御力が馬鹿みたいに高いのだから。
少し前の話、ランキングイベントでゴーレムしか出ない特殊マップのダンジョンに1日こもりっぱなしで、もうすぐ規定数のゴーレムを討ち取れると思ったら不意打ちのPOPでノックバックをくらってしまい、スタンになったところで複数のゴーレムに袋叩きにされてリタイアさせられた時のトラウマはもう二度と思い出したくない
「ゴーレムってほんっと硬いよね。」
攻撃するたびに出るダメージ1を眺めつつ少年は独りごちた。
何か大技でも打ち込まない限り、大してダメージが入らないゴーレムに、どうもさっきまでのテンションが台無しになったようだ。
嫌気がさしたか、少年はゲームをオートプレイに切り替えてベッドに横たわった。
横目で自分のアバターが執拗にゴーレムに斬撃を加えている絵面を見ていると不意にケータイが鳴り始めた。
「もしもし?今からみんなでご飯食べに行くんだけど、一緒に来ない?」
電話の向こうからいかにも優しそうな女の声がした。
どうやらクラス委員長から直々のお呼びらしい。
呼び出されそうになった少年は引きこもりではないがインドア派ではあった。
そんなわけで外には出たくないインドア教徒は少し悩んで上手く断る言い訳を考え始めた。
「...えっと...今日...ちょっと調子悪くて....ちょっと行けそうにないや。」
「何それ...また言い訳して....もしかして勉強でもしてるの??」
「まぁ、そんなとこかな」
少年は今まさに勉強していますよ、と、床から参考書を拾いあげて、故意にペラペラと音が立つようにページをめくった。
「へぇ〜、勉強してるんだ..ちょっと意外かも...
...少し残念だけど試験勉強頑張ってね。今度暇ができたらまた誘うね!...じゃっ」
「..うん、また明日な。」
少し聞き苦しい言い訳になったが、相手は少年の行きたくない心情を察してかあっさり諦めてくれた。
とはいえ、調子が悪いのはいつものことだと、
心でそう付け加えながら、次に少年は明日早起きのためのアラームを設定して、先程オートプレイに設定した対ゴーレム戦をながめ、明日の提出物はどうしようかなんて考えていると
「!!!?」
頭の中から轟音がした。
急に地面が揺れたと思ったら、体中から一気に血が抜かれるような錯覚を覚え、だんだんと動悸が激しくなり少年はベッドから転落した。
少年は転落しても痛覚は働かなかった、それも一切の触覚は機能しなくなっていた。
起き上がれない。
だんだん視界が白くなって、嘔吐しそうになりながらも吐く気力がない。
胸が苦しい。
呼吸しにくい。
気が付けば少年は大の字になって床に張り付いて動かなくなっていた。
必死に声を出そうとするも声が出ない。
ようやく少し冷静になった頭でやばい、これはやばい、などと考えているうちに猛烈な睡眠欲に駆られた。
少年は睡魔に抗おうと全身に力を入れるも、ふと、自分の意識が遠のいて行くのを感じた。
少年は死の鎌が自分の首に迫りつつあることを悟った。
『嘘だろ!?まだ死にたくない!!』
『まだやりたいことがいっぱいあるのに!』
少年は夢中になってもがいた。
ひんやりとした床とキスしながら声を上げようと奮闘するも、少年はとうに限界を超えているらしく、
......ぽつん....ぽつん....
まどろみの中 、不意に何かが滴る音が聞こえたような気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冬の風にも似た冷たい空気が死の匂いを運び、少年は流動する空気に当てられて、激しく全身が揺れた。
少しして、漆黒と呼ぶにふさわしい何もない空間から、それは現れた。
人を愛し、人を管理し、常に人の形をしていたそれは、とても人と形容するにはいろいろかけ離れすぎていた。
彼は天に手をかざすと、黒い粘り気がある液体が空から少しずつバタバタと落ちてきた。
それを器の中に溜め込むと、意識があれば断固拒絶するであろう少年の口の中に一気に流し込んで、何かを思い出したかのように少年の前から姿を消した。
...世界は再び動き出す。
投稿は不定期ですが
早くできるように心がけます。(タブンネ)
よろしくお願いします。
作者は誤字とか文法ミスが気になるような者でして、たまーに(であることを祈る)修正が入るかもしれませんが、大きく物語がぶれることはありませんのでご了承ください。