蜻蛉
陽が暮れかかっていた。
目の前に一人の翁がいて、こう言った。
「足元を見てみるがよい」
見ると蜻蛉が三匹ばかり、草叢のなかにいた。
だがいやに目玉が大きい。巨峰の粒ほどもある。
そしてそのなかに空の虹がそっくり映し取られていて、ひとりでに球体のなかで揺れている。
ゆらゆらと。くるくると。
虹の玉ふたつを、金細工のような肢体が支えていた。
そこに、水の膜のような翅が二対。ちらちらと瞬いて、きらきらと陽光の粉を散らせた。
まるで見たことも聞いたこともない蜻蛉だった。
そう思っていると翁が、
「古代の蜻蛉だ」
と言った。
なるほど古代にはこんな蜻蛉がいたのか。
この目玉を取って飾り玉にしたら、どんなにか奇麗だろうか。
「そうしていなくなったのだ」
翁が言った。
陽が、瞑目した。
薄藍の世界。
蜻蛉はみるみる色彩を失い、終いにはカラカラと音を立てて崩れた。
氷の風に、土塊色の粉が吹き散らされる。
「秋が終わった。冬が来るのだ」