coda
俺は優希と小説を書く時間に夢中だった。
とにかく俺たちはアイディアを出し合って、これ面白そう、というものをかき集めていった。そして俺が主導して書き進めていく。
時には作品の構成について優希が意見し、大幅な修正をかけたこともあった。彼女のその意見はいつも説得力があって、俺が反論を仕掛けたとしても代案を一緒に考えてくれた。
「なんか作家と編集者みたいだね、君たち」
そう漏らした巡に、何故か部長が得意げだった。
ちなみにその部長はというと、とうに作品を書き上げてしまっているのか、暇そうに夏目漱の小説を読み漁っていた。
「たまにはニートになってみてもと良いだろう思ってな」
と言っていたが、単に部誌の編集作業を手伝いたくないだけだろう。
結局その編集は香夏子が頑張ってくれた……作品を書かないことを条件に。一応俺らが心配して手伝いを申し出ると、
「不要。これは私の仕事」
ときっぱり断られてしまった。
部誌の頒布状況は、良かったと思う。
夏目漱と文芸部がバトるという噂はクラスでも話題に上っており、クラスの皆んなに心配されたものだ。確かに俺なんかが夏目漱に適おうなどとはおこがましいが、部長の期待に応えるしかない。
隣で一緒に配布していた副部長が、
「好調」
と香夏子みたいに漏らしていた。
文化祭を終えた数日後。部室に一同が集結した。ただし部長はアンケートの集計中だ。
「大丈夫かな……」
巡は不安げに漏らす。
「勝算はあるわ、きっと大丈夫よ」
そう副部長が言うが、不安なものは不安だ。
「諸君! 我が文芸部は勝利した! わっはっは!」
あまりの唐突さに部室は沈黙に包まれたが、その一瞬の後、それは歓声に変わった
「歓喜。よかったです」
「すげぇ、やったな」
香夏子も巡も、嬉しそうだ。
部長が黒板に得票数の内訳を記した。
夏目漱……32票
秋&優希……18票
俺様……16票
瑠海……3票
巡……2票
さすが夏目漱。貫禄の得票数だ。
そして優希との共作がこれほどの評価をしてもらえたということに嬉しくなった。隣にいる優希と目を合わせると机の下で小さく手を叩き合った。
そんな俺たちに続く部長も流石と言えるだろう。
しかし結果が出るというのは残酷なもので、下の二人は複雑な表情を浮かべていた。
「私たちいなくてよかったのかしら」
「さすがにちょっと凹みますね」
そこへ夏目漱がやってきた。
「結果はこうなりましたよ」
部長は黒板に手を仰ぐ。夏目漱の舌打ちが明瞭に聞こえた。
すると夏目漱は持っていた部誌の真ん中あたりを開いた。
「なんなんだこれは」
部誌を思い切り顔に突きつけられた部長は、ニヤリと笑い、
「ただのペンネームですよ、何か問題でも?」
「私を愚弄したのか」
「いいえ、ただのエンターテイメントです。面白いでしょう? 『夏目漱』と『夏日漱』の対決。見物じゃないですか、父子対決に良いエッセンスになったと思いません?」
「何ですかそれ」
俺と優希は顔を見合わせる。
「注視」
そう言って香夏子が部誌を手渡した。そういえば俺たちは完成した部誌をしっかり見たことがない。目次を見てみると、確かに『夏目漱』とは別に『夏日漱』がいる。これが部長の作品なのか。
「真似ることは何事においても初歩ですから。しかし思いの外好評だったみたいですね。いやはや、もちろんあなたには到底敵いませんでしたが、面白がってくれる読者がいてくれて良かったですよ」
部長は満面の笑みだ。
「勝負は勝負です。優希さんの在部を許可してくださいますね?」
*****
飛び出した夏目漱を追って、部長は廊下へ走り出た。
「何なんだ、負け犬の面でも拝みに来たか」
負け犬だななんてそんなことはない、現に部長の票数をゆうに超えているのだ。だから、
「これ、どうぞ」
「父もだいぶ大人しくなりました」
後日、優希は嬉しそうに語った。
「ただ稽古は今まで通り付けると言ってきました。どんなものでもいいから持ってきなさいと」
なるほどそうきたか、部長は一人ごちに頷く。
「そういえば、『良い品』くださいよ」
秋にねだられる部長。もちろんそれは用意している。
「ふふふ……これだ!」
そうして二人に手渡した、『文芸部X代部長 作品集』と表に印字された小冊子。二人の「えー」という反応がこだまする。
ちなみに夏目漱に渡した『良い品』も同じく作品集だ、もちろん私のではないが。
こうして文芸部の騒動は収まった。
香夏子、巡、副部長は結局ニートとなった。確かに自信を失わせることとなってしまったのは否めない。だがいつかまた書いてもらおう。
一番大きく変わったのは、秋と優希だ。二人は依然、合作スタイルで作品を書き続けている。アイディアは二人で出し合い、秋が書いて優希が添削する。この書き方が心地よいのだろう。
そういえば優希は編集者になりたいと漏らしていた。確かに彼女にはその方が向いていそうだ。
出来上がった作品はニート共に品評される。書く側と書かない側がはっきり二分されてきたが、この関係は良好と言えよう。
書かない文芸部は、書く者を応援する。
まあ、ニートなのだが。