動き始める文芸部
「おはよう、ニートの諸君!」
部室に部長が入ってきて、挨拶をする。一つ言っておくが、俺らはニートではない。一応、文芸部だ。読み専の割合の方が多いため、活動としては地味だが、それでもれっきとした部活なのだ。
「読み専のことをニートって呼ぶのはやめませんか?」
「実際に文章を書いているのは俺だけだし、俺からしたら、読み専は読んでブーブー文句言うだけにしか見えないんだがな」
「書き手からしたらそうかもしれないですね」
「秋君、部長はこんなこと言っているけど、どう思う?」
副部長はなんでこういう時に俺に話を振るんだ?他にそういうのを振りやすそうな人もいるというのに…。
「正直、うざいですね」
「ですってよ、部長?」
「そうか、ならばお前も書いてみたらどうだ?書き手には文句は言わないぞ」
「拒否。残念ながら、書く必要性が感じられません」
「香夏子には言っていない」
「了解。静かにしています」
「その二字熟語どうにかならないのか?」
「無理。これは癖です」
「どうやったら、そんな癖が…」
部長は苦虫を噛み潰したような表情をし、そのまま押し黙る。部長はせっせと文を書き、他のメンバーは読書する。これが、この文芸部の日常だ。
ホームルームも終わり、部室に向かうと部長以外の皆が揃っていた。とはいっても、副部長の北条さんと幼馴染の巡、それに後輩で部長の妹の香夏子ちゃんだけなのだが…。部長は生徒会での会議があるらしく、今はいない。机には大量の本が並んでいる。一番上に見覚えのある本が乗っかっていた。
「これ、去年の部誌だよな?」
「読書感想文だらけの飾り気のない部誌ね」
「じゃあ、お前も小説書けばいいんじゃないのか?」
「私は嫌よ」
「まあまあ、喧嘩はしちゃだめよ?」
「喧嘩じゃないです」
確かに去年の部誌には小説は一つしか載っていない。皆、書いたことのない小説を部誌にするのを渋ったため、その代りに読書感想文という形をとり、部誌にしたのだ。
「いきなり部誌なんて広げてどうしたんですか?」
「今度小説を書くときに参考になることがあるかなと思ってね…」
この学校には文芸部は開校当初からあり、四十二年の歴史がある。毎年部誌を作ることが伝統となっているため、本棚に四十二冊分並べてあったのだが、そのうちの半分…二十冊が机の上に並んでいる。どれも製本されており、保存状態も完璧だ。今年もこれを作ることになるのだろう。製本には多くの金がかかるはずだが、それ以外に部費を使う用途のない文芸部にはお構いなしだ。たまに、小説の書き方みたいな本を部長が買ってくることがあるが、それを気にしていては、この文芸部にはいられないだろう。
「北条さんって小説書いてましたっけ?」
「たまにね。とは言っても、最近は全然書いていなかったんだけど…」
「瑠海さんの書く小説は、緊迫感がすごくて、面白かったよ」
「なんだその、突然語彙力がなくなったオタクみたいな話し方は…」
「最低。その言い方はないんじゃないですか?」
「そうかもな。すまなかった」
「すまないじゃなくて、ごめんなさいでしょ?秋はいつもそうなんだから…」
「ただいま」
部長が静かに部屋に入ってくる。いつもは煩いくらいなのだが…。
「部長が静かに入ってくるなんて珍しいわね」
「そうか?」
「もしかして、会議でこってり絞られたとか?」
「正解だ。文芸部は文を書くためにあるんだとよ。元々書き手と読み専に分かれて批評しあう部活だったはずなんだがな…」
「とは言っても書き手が一人しかいないのでは、批評しあってはいないと思われてもしょうがないと思いますけど…」
「それで…だが、小説を書いてもらえればな…と」
「私たちが書かないとどうなるんですか?」
「最悪、文芸部は廃部になるかもな」
「あらら。私も書くつもりだったし、やらせてもらうわ」
「御意。やらせてください」
「しょうがないですね…」
この流れは俺も乗らなきゃいけないのか?俺自身、本を読むのは好きだが、書くのは不安しかないぞ…。でも、先輩には世話になってるしな…。
「俺もやりたいです。不安もありますけど、頑張ります」
「何を書けばいいんでしょうか…」
「自分が書きたいと思ったものを書けばいいと思うよ。短編でもいいし、長編でもいい。とりあえず、書きたいものを書けばいいんじゃないか?趣味なんだし」
書きたいものか。書きたいものって言われてもな…。
「そんなに難しく考えなくていいよ。読んだ小説の中で、自分が好きな物を選んで、それに似せて書いてもいいしね」
「似せるって…パクリじゃないんですか?」
「その作品とまるで同じにしなければ問題ないと思うしね。実際に俺も最初はそうしてた」
面白かった作品か…。そうだな…。
「部長。作品が完成しました!」
最初の作品はどうにか一週間で完成した。文章量としては短いが、それでも俺の今出せる全てを振り絞れているはずだ。
「思ったより、早かったな。読ませてくれないか?」
部室備え付けのパソコンにUSBメモリを差し、文章作成ソフトを立ち上げる。部長が目の前で俺の文章を読んでいく。正直、自分の文章が読まれるのは恥ずかしい。
「文章力は問題なしか。内容はもう少し起承転結をしっかりとしたほうがいいかもしれないな。でも、これならば部誌に掲載しても問題なさそうだ」
「え?部誌作るんですか?」
「当たり前だろ?毎年作っているんだから」
こうして、俺の物書き人生が始まったのだった。