【凶星】編 Ⅴ 変わり果てた大地の国
道を歩くのは二人。
どちらも剣士、手練れかどうかは斬り合わなくてもわかる。
「で、なぜお前がついてくるのだ。」
アンナは口を開く。
「別に良いだろう、旅は道連れと言う。次の街までの道は他にないのだ。」
神無は言う。
「それに、ムーリフを《圧倒》した剣をまた見たいのだ。」
「あんな物をまた見たいとは、趣味が悪いな。」
修行を終え、二人は目的地一致から行動を共にしていた。
「ここはどこなのだ?そういえば。」
「んー、どこだったか。たしか街の名前は《大地の国》だったと思うが、街なのに国とは…中央で領主がいるからなのか…?にしてもアンナ、お前は地図を読め。渡しただろう。」
「女性は地図を見るのが不得手と聞く。私が読んでも理解すら出来まい。」
「最初から諦めるな、頑張って読むのだ。」
「わかったよ。」
二人が話しながら歩く先に分かれた道が見える。
「道は一つでは無かったか?」
アンナが訊く。
「片方は使われていない塔らしいぞ。」
神無が言ったが、アンナは首を横に振った。
「確かに塔だが、人が集まっている気がするぞ、私は行く。」
「なら俺も行こう。」
見えてきたのはとても大きな塔。
離れた所に見える城の辺りが街なのだろう。
「人がいた時に顔を見られるとまずかったりするか?」
神無が訊くと、隣には黒い鎧が立っていた。
「っ!?」
飛び退く。
「私だ。」
アンナの声に構えを解く。
魔力で鎧を作り出したのだ。一国の騎士に見える程美しい模様が彫られ、何も見ずに魔力で創り出す難易度はかなり高い。
「ふぅ、びっくりさせるな。それにしてもアンナよ。お前、声も相まってかなり怖いぞ。」
アンナは首を傾げる。
「そうか?」
「鎧の化け物だな。」
「傷付くな…。」
肩を落としているようだが、鎧でわからない。
「俺はお前のように鎧を魔力で作るような器用さはない、仮面だけにさせてもらう。」
そう言って面が神無の顔に貼りつく。
「何の面なのだ?…それ。」
「翁、と言うらしい。まぁざっくり言うと老人だ。苦手な者を身につけるのは一興だよ。」
「よくわからないが…年寄りが嫌いなのか。」
仮面で表情が見えない神無が重い声で言う。
「歳を重ねた曲者は何をしてくるかわからん…確実に殺らなきゃ、死ぬより恐ろしい事になるのさ。」
その後。人が変わったように、
お、ついたみたいだぞ。
と、神無は言う。
「傷付いていた時はあまり思わなかったが…ムーリフは歳で丸くなった雰囲気だが…お前は斬ること以外の物事を中々に楽観視しているな。寡黙な雰囲気の癖によく喋るし。」
アンナは呆れて言った。
それを聞くと、神無は顎を手で触れた後、言う。
「お前も、普段はいろいろ抜けた雰囲気だけどな。」
「馬鹿っぽいと?」
「ドジっ娘、というらしいぞ。」
「興味がない。」
一日前。
「お前には三日間やる。その間に力を使えるようになれ。今日は基本だ。」
「あ、あぁ。」
ムーリフは剣を構えて続ける。
「お前は勝手に魔力を使っちまう。自分で流れを感じてさっきの百分の一くらいにしろ。んで、俺も軽く打ち合って覚えたら夜中は神無に教えてもらえ。」
アンナは頷いた。
剣を構えた。
謎の塔
「な、何だお前達は!」
「お前こそ、使われていない塔で何をしている。」
槍を持った男が二人に震えながら叫んだが、アンナの問いに更に顔を恐怖に歪ませる。
「(おい神無…私達はそんなに怖いだろうか。)」
「(まぁ確かに誰もいない所にこんなのが出て来たら怖いんじゃないか。)」
小声で話す二人に、男は叫ぶ。
「クソ…領主様の為に、ここは死守する!」
「…去れ。」
低い声でアンナは言うと、その手に剣を出現させる。
「こ、来い…!」
アンナは剣を一振りして、ありえない距離から彼の槍を斬って見せる。
「!!??」
「最後の忠告だ…去れ。」
「あ…あ…」
腰を抜かした男を二人は気にせず、扉を開け奥へ進んで行く。
その光景に、二人は言葉を一瞬失う。
宝石を底に散りばめたような水面が映る天井、真っ黒な床と壁は。
「驚いたな…。」
神無の声に、アンナは恨めしい声で返す。
「あぁ…。まだ使われている時牢獄があるとはな…!」
時間を越え囚人を捕らえる、時牢獄。
生き地獄で罪を贖わせる悍ましい技術が、そこにはあった。
「とりあえず、全員解放するとしよう。向こうを頼む、神無。」
「わかった、どうやって開けるんだ?」
「三段仕掛け魔法陣の扉を開ける要領で開く、手をかざして右、上、下だ。」
「ありがとよ、ここが広場の様だから、ここで集合で良いか?」
そうしてくれ。と聞こえた気がしたが、アンナは既に走り出していた。
「全員、広場に!ここを出るぞ!」
神無と違ってアンナは声をかけながら走るだけ。だが、鍵は開いていく。仕組みはわからないが、開けと念じるだけで開いていく。
一番奥まで行くと、誰もいない牢の部屋に出る。
「…誰…?」
声が聞こえ走って部屋の真ん中へ。
「あぁ…ガシャガシャうるさいわ。騎士さん?もしかして領主の悪行がバレた?」
右奥の部屋から、女性の声。
「すまないが騎士なんて柄じゃない。立てるか?」
アンナは女の前まで行き、ヘルムのバイザーを上げて顔を少し見せる。
揺らぐ影の様なモヤで見えなくなっていたアンナの顔が見えると、女性は。
「あら、女の子。どうして怒ってるの?」
「時牢獄に良い思い出が無くてな。」
「そう。」
「ここにいてどれ位だ?」
「私は五年目。でも…」
「五年だと…!?」
アンナは怒りを爆発させる。
「ここを管理しているのは誰だ…!?」
「お、教えてあげるわ…。」
「広場で頼む…連れがいるのでな…。」
アンナは鍵を開けると、手を差し伸べる。
「名前は。」
「ミクス、と名乗っておきましょうか。街を救う為に、力を貸して。」
立ち上がって手を取る。
「アンナだ。その願いは私が請け負わせてもらう。」
今朝。
「さぁて、基本の型は覚えたかアンナ!今日も元気に行くぞ。メニューは…」
「少し良いか?」
ムーリフの言葉を遮り、剣を取る。
「なんだ急に。」
「本気で、私と勝負してくれ。」
アンナは剣をムーリフへ向ける。
「おいおい、まだまだ入り口に立ったばっかりだぞ。もう少し弁えて…」
「そう思うならそう思うで、一勝負しようではないか。」
「…いいぜ…!」
剣を正面に構えるムーリフ。
アンナは剣を身体より後ろにし、剣を持たない方を胸の前に。
間合いを測る。
両者が見つめ合う。
ムーリフは笑みを浮かべ。
アンナはただ真剣な眼差しで。
二秒程、時間が経った所で、アンナが少し笑う。
「…ふ。」
「どうした?にらめっこじゃないんだぞ?早く来い。」
ムーリフがそう言うと、アンナは構えを解く。
「いや…うまく行き過ぎて、笑ってしまっただけだ。」
「…?」
「ムーリフ、私はここを出て行く。」
ムーリフは驚く。
「いや、お前何言って…!?」
「…!」
アンナが剣を上に振る。
「っ!?せやぁっ!」
気付いたムーリフが剣を縦に振るが、アンナは、そしてムーリフ本人も、呟く。
『それ(これ)じゃあ遅過ぎる…!」
ムーリフに紅い花が咲く。
監獄塔
「ここに入れられた人間のほとんどは、二十年かそこいらしかここにいないの。」
ミクスの言葉に神無は不思議がる。
「ん?という事は、最近になって罪を犯したのか?」
ミクスは答えて続ける。
「いいえ、ここに来るのは領主に見限られた者よ。」
「見限られた?」
アンナは訊く。
「えぇ。自分の理想に従わない、自分の思い通りにいかない、邪魔な者…なんだけどね。」
「じゃあ、私欲で民をここに?」
神無の言葉にミクスは頷く。
「領主は確かに良い政治をしていた。でも、文句を言う民は即座にここへ送る暴君だったの。私はそれに抗議して、ここに…。」
そういうミクスに続いて、
「俺は土地を取られた!」
「俺は子供を憲兵に…。」
など、囚人の溜まっていた物が溢れた時。
「わかった。」
アンナが言った。
「わかったが、作戦を考えようではないか。とりあえず、食糧は調達すべきか?入り口のは戦意を喪失していると思うが他の見張りは?その辺りを教えてくれ。」
「鎧の嬢ちゃん、考えがあるのか…?」
囚人が言う。
「勿論。皆、手を貸してくれるか。」
歓喜の雄叫びが塔に響く。
To be continued