【凶星】編IV 富豪の節約
時牢獄から脱出したアンナは近くの村を目指していた。
「それにしても、遠いな。」
身体を動かすのは何百年ぶりであり、それでいて靴が無い。脚にはかなりの負担がかかっていた。
整備もされていない土だらけの道。
「というか…外に出ても誰もいないし、ホントに何にも支援してくれないのだな…。」
横は草と木のみ。偶に飛び出す獣が気を紛らわせたが、アンナは取り敢えず人を見つけたかった。
「む。」
開けたところにでる。
整備された石の道がある所に出た。
しかし、喜ぶのも束の間だった。
少し先の階段から、人が転げ落ちてきた。
ボロボロの男に歩み寄る。
「何があった、大丈夫か。」
「に、逃げ…離れ…。」
男はそう言うと苦しそうにする。
「手を取れ、引っぱりあげてやる。」
そう言った時、アンナは違和感を感じた。
左を向いた。
高い金属音が真横で鳴った。
「…。」
「おや、驚いた。獣かと思ったら、年行かぬ女子とは。」
男が刀をアンナに振るっていた。
それはアンナの顔の横で止められているのだが。
「刀をどけろ…。」
そう言われると、男は刀を上に投げる。
回転して鞘に納まりきる前に、男は喋り出す。
「いやすまない。俺はムーリフ。稽古の相手が獣に喰われるかと思ったのだ。それにしても、視線一つで受け止めるとは、どんな魔法だ?」
「おい、稽古というのは本当か。」
アンナは足元の男に問う。
「あ、あぁ…。俺の師だ…」
「質問は無視か?」
「教えて欲しいなら教えてやる。」
そして、それより。と続ける。
「ん?何だ?」
「私とひと勝負どうだ?」
ムーリフはそれを聞いて驚く。
「お前が俺と、か?…それはまぁ良いが、剣の経験は?」
「皆無だ。しかし、剣士は打ち合いで分かり合うのだろう?私も、腕試しをしたいのだ。」
「おう、そうさ。まぁ手加減はしてやる。こいつを上に担いだ後にな。」
階段の上はムーリフの暮らしてる家だった。
厳密には別荘らしいのだが。
「肩を貸して頂くとはかたじけない。神無という。」
「別に良い、アンナだ。」
「ではアンナ、お前は剣を持っていないな。貸してやろう。」
「それは必要ない。」
アンナはそう言うと、手を虚空に伸ばし引き抜く。銀の剣が現れる。
「ほぉ、剣くらいは魔力で作れるか。余程魔法の才能があると見える。にしても、俺と神無は刀なのに、お前は剣なんだな。」
アンナは答えなかった。集中しているのである。
「ふむ…まぁ雰囲気は剣士の様だな、いや違うか。取り敢えずそっちから来るのだ。」
アンナは斬りこむ為の隙を探す。
勿論、ムーリフは隙など見せないのだが。
しびれを切らしてアンナは飛び込む。
全力で。
「…!」
ムーリフは驚く。
剣を受け止めた時の衝撃が、とてつもない物だったのだ。
いつもの刀によるいなしが効かない。
パワーとスピードで、刀が思い切り吹き飛ぶ。
「お…!」
「…え。」
驚くムーリフと反対に、アンナは自分のパワーを把握していないようだった。
「い、今の無しで…」
「俺の負けだな。」
ムーリフは座り込む。
「腹を割って話をしよう。お前と物を語れる土俵に立てていなかったという事だ。」
「いや、待て…!は、話すけどそんなにあらたまるな!」
◇ ◇ ◇
「…まぁつまり、時牢獄から出た久しぶりの自分の力を試してみたら想像以上だったからさっきのは勝負はやり直して欲しい、と。」
「…そうなる。良い勝負になればいいと思っていたんだが…。」
ムーリフは笑い出す。
「はっは!そんなに申し訳無さそうにするな!いやまさか、いなし切れない剣撃がこの世にまだ眠っていようとは。修行が必要だな、俺もお前も。」
「私も?」
「勿論だ。むやみやたらにその力を振るったら死人が出るだろ?」
それを聞いたアンナは顔を曇らせる。
「何かあったか?」
ムーリフは神無に何かを用意させる素振りをした後に聞く。
「私は、剣ではないが、自分の力を知らずに使って人を殺めてしまったのだ。それで時牢獄に…。」
「まぁ、人殺しに理由はつきものだ。そんな過去の事を気にするよりアンナ、お前はこれからどうする気でいる。」
その一言にアンナは怒りに顔を染める。
「復讐さ。許せない魔法士がいる。」
「ほう?」
「私の名前はアンナ、アンナ・リーゼロッテ。
カペラ・リーゼロッテの娘だ。私の父を殺したアイツを、私は許しておけない…!」
ムーリフの眉が動いた。
「ほぉ!今日は驚く事ばかりだ!あの人の娘があの人に復讐!こじれた話だな!」
「知り合いか。」
敵意を向けたアンナにムーリフは言う。
「おいおい、やめてくれ!俺はもうあの人とは関わってないし、どこにいるかもわからん。他の奴に情報を横流しする事はないぞ。」
「それは信用できん。」
「じゃあ俺が仲間を呼んだら斬って良いぞ。」
「おい、ムーリフ!」
神無が叫ぶ。
「良いだろう。暫く世話になって良いのか?」
「おう!本当の【斬り】を教えてやる!神無もそれで良いな!」
「あ、あぁ…。だが良いのか?」
「お前も似たようなモンだろ?文句言うな。よぅし!さっきの続きだ!」
ムーリフは立ち上がる。
「まだやるのか?…元々神無としていたんじゃ…。」
「お前が止めたが、あれは今日の家事当番の勝負だ。どう見てもアイツの負けだろ?仕事してる間に俺達はより強くなるのさ。時間を無駄にしてはいけない。」
ムーリフはそう言って刀を構える。
しかし、あ。と呟く。
「アンナ、お前着替えろ。動きやすいのをくれてやるから。着古した囚人服は流石にな、俺はかみさんがいるが神無はお前と歳は同じようなモンだし。あ、時牢獄だから心はもう若くないのか?お前。」
「いや、まだ捕まった時から私の時は止まったままだ。少しずつ動き始めているかもしれないが、若い方だと思うぞ。心も身体も。」
着替えを受け取って答えた。
魔法で早着替えして見せ、剣を構え直す。
「お前の技術をすべて奪って、私の復讐の糧にさせてもらう。」
「やってみろ!俺が防げない内になぁ!」
To be continued